高世仁の作品一覧
「高世仁」の「拉致 封印された真実」「ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか――取材現場からの自己検証」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「高世仁」の「拉致 封印された真実」「ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか――取材現場からの自己検証」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
小説・文芸
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Posted by ブクログ
あらためてかの国は恐ろしい国んだと思い知る。自国の国民の人権を尊重できない国が他国の人の人権を尊重できるわけがない。それを見破ることができなかった日本社会党が拉致被害者を家族の元に返すことを、結果として「妨害」していたことはショックだった。自民党政権も相手側が生存を認めた拉致被害者を有名ではないから、家族がいないから、その報告書を受け取ることを拒否していたり。
無知で申し訳ない。
「おわりに」には筆者の思いがぶつけられている。「諦めてはいけない」と。
多くの人が関心を持ち続け、政府の対応を注視していくことが大切なのかもしれない。
Posted by ブクログ
2015年年初にフリージャーナリストの後藤健二氏らがISに拘束・殺害されたことをきっかけに高まった、危険地域の取材・報道に否定的な世論に対し、危険地域報道を主たる仕事とする現役のジャーナリスト10名が、その意義や自らの体験、更に今後の在り方などを語ったもの。
執筆者は、2014年にジャーナリストとして世界で初めてISの拠点ラッカを取材した(同時に、拘束されかけた)報道カメラマン・横田徹、世界的な映像ジャーナリスト・綿井健陽、フリージャーナリスト・土井敏邦、アジアプレス大阪オフィス代表・石丸次郎らである。
まず、「なぜ、ジャーナリストが危険地域へ行く必要があるのか?」については、「(紛争における)ジャーナリズムの使命は、紛争当事者(国)の発表ではわからない、現地で起こっている真実を世界中の人々に伝えることである。それにより、当該紛争にどのように対応するべきかを、人々が客観的に判断する材料を提供することである」という主張で全員がほぼ一致する。
そして、当然ながら次には、「なぜ、“日本人”ジャーナリストが行く必要があるのか?なぜ、世界的な巨大メディア(ロイター、AP、CNN、NYタイムズ等)の取材・報道ではダメなのか?」という疑問が湧いてくるが、これに対する答えは、いくつかに分れる。大勢は、「イラク戦争後の自衛隊のサマワでの活動のような事象は、他国のメディアで取り上げられることはほとんどなく、日本の関心事については日本のメディアが取材・報道することが必要」というものである。
しかし、私が印象に残ったのは、もう一つの少数派の主張で、それは、世界各地で起こる戦争や大惨事も “日本人絡み”でないとメディアは詳細に伝えず、国民も関心を示さない日本の現状に問題を提起し、「日本人が他国の出来事を“同じ人間のこと”として捉えられるようにするために、日本のメディアが日本人に共感できる感覚・切り口で“同じ人間のこと”を伝えることが必要」というものである。私は常々、他国で起こった事故などの報道の際に、日本人の死傷者の有無を殊更に伝える日本のメディアに違和感を覚えており(もちろん、自分の知人が巻き込まれていないかを知る上で大事な情報ではあるが)、この主張には強く共感する。
更に、ジャーナリストの取材中の死について、そのリスクをどのように引き受けるべきなのか、メディアはその事実をどのように報道するべきなのか、残ったジャーナリストはその事象をどのように検証してその後に活かすべきなのかなどについて、それぞれの執筆者が語っている。
ジャーナリストのほかにも、本書でも取り上げられている国境なき医師団などの医療関係者、外務省スタッフ、インフラ関連企業・商社の社員など様々な人々が危険地域で活動する現在、日本人として為すべきことは何か、そのためにどのような対策をとり、どこまでのリスクを引き受けるのかを考えさせる一冊である。
(2016年1月了)
Posted by ブクログ
戦場やテロ、災害地など危険な場所に自ら深くまで入り込み、最前線の実態を見続けるジャーナリスト達。日本でも稀にニュースで彼らが拘束されたり、殺害されると大きなニュースになる。一時期イスラム過激派に拘束されて殺害されたジャーナリストの報道では、多額の身代金が要求され、世論は自己責任で行う行為に、何故国民の血税で彼らを救わなければならないのか、といった風潮が沸き起こった。私も心のうちでは何処かそうした想いがあった様に記憶している。本書を読んで果たして同じ気持ちのままいる事ができるだろうか。
世界各地で未だ止まない紛争や自然災害。誰もがその実態がどうなっているのか、今現場で人々がどの様な状況に陥っているか知りたがっている。大半は欧米メディアの伝える報道や、現地のテレビ、ニュースメディアの流す映像を、時には邦人カメラマンの撮った映像・写真などから想像している。それらは画像という意味では真実に限りなく近いであろうが、一緒に掲載される文章はそのまま真実として受け入れてしまって良いものだろうか。実際にイスラム世界が流す報道と欧米メディア、ロシアとウクライナでは同じ映像でも違った見方、表現で流しているのを、インターネットで繋がれた世界で同時に見ることができている。
流す側、報道する側の立場によって、映像や写真は如何様にでも変わる。真実は自分の目で見て話を聞く以外に無いのが現実だ。危険地域に飛び込むジャーナリスト達は何を目的に死の危険を伴う現場を訪れるのか。歴史的な現場を収めれば確かに巨額の金にはなる。だがそれだけで死地に飛び込むことができるのだろうか。
本書はそうした危険を犯しながらも、真実を伝えようとするジャーナリスト達の何故に迫る一冊だ。だが確かに本書すらも真実であるかはわからない。本の売れ行きにも利益がつきまとうからである。だが読み終わった瞬間に、彼らがそれぞれ様々な使命感やリアルな感情によって動かされていることを知る。表面に見えている映像だけでなく、その背景にある「構造」を知るために彼らは危険を顧みず現場にいる。そこに至るまでには国家権力との戦い、言葉の壁、現地の真の情報、ゲリラが構える武器、そして必要となる資金、様々な困難を乗り越えてようやく目にすることが出来ても、そこで命を落とす者も多い。
それでも尚追い続ける姿勢には、感動や衝撃以上の何か特別な感情を抱く。自分には無い何かが彼らを支配し突き動かしているという事実。
私にそこまでして相対する物事が、取り組む仕事があるだろうか。自分に対する疑問が湧き起こる中、いつしか彼らに対する尊敬の念すら起こっている。理由はどうあれ、彼らの生き方、考え方に触れて刺激を受ける事は無駄では無い。