馬場伸彦の作品一覧
「馬場伸彦」の「奥行きをなくした顔の時代―イメージ化する身体、コスメ・自撮り・SNS―」「「女子」の時代!」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「馬場伸彦」の「奥行きをなくした顔の時代―イメージ化する身体、コスメ・自撮り・SNS―」「「女子」の時代!」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
面白かった。日本の正面顔文化、面白い。
「変わりたい」願望に関する話も面白かった。変身の結果に対する願望ではなく変身そのものへの願望。「なりたい」は現在の自分に戻らないノーリターンの願望であり、「変わりたい」はイメチェンする身近な願望だという記述が印象に残った。
また、女性が自分の行き着く先にある顔を収集・好む傾向にあるというのもなるほど、確かに…と感じた。
作り込まれた顔を批判する声は今はほぼない、という話に実感があった。SNSに流れてくる提示された世界観にあっている、プロデュースされた顔を私は普通に楽しんでいたなと思った。また、あえて雑多で生活感のある背景の自撮りにどことなく二次元感を感じて好んでいることにも気づいた。
私は自撮りをSNSにアップすることに抵抗感を感じているのだが、案外楽しいもんなのかもなぁ〜と思った。
服のように簡単に顔を脱げなくて苦しい
当時の女性の顔に対する意識というか…美醜があまりに大きな価値を占めてたことが伺えて、とても印象に残る詩だった。
Posted by ブクログ
コロナウイルスが日本に広がって、変わったことはたくさんある。その中に顔も入る。マスクで顔を覆うようになり、表情を読み取りにくくなっている。目とマユ毛で読み取る必要が出た。女性の場合、メイクする部分が減った。
今回の本はクリーム、「イメージ化する身体、コスメ・自撮り・SNS」ということで、コロナ時代の顔について取り上げた珍しい本だ。
昔の顔に関する認識を言い表したものとして詩人の作品を取り上げている。それは井坂洋子が1979年に発表した「素顔」という作品だ。
服のように簡単に顔をぬげなくて苦しい
顔は服のように着せ替えできないのだからそうだ。しかし、SNSの発達で、自分の顔を変えるアプリの出現で顔を服のように着せ替えることができる時代がやって来た。
対談:アフターコロナ時代の身体で、ファッション雑誌の世界にも変化をもたらしていると述べている。今ではモデルというよりも、アイドルがファッション雑誌の表紙を飾ることが増えている。
ファッション雑誌はアイドルのファンに買ってもらうことで、何とかやって来ているという厳しい現実があった。
対談:アフターコロナ時代の身体で、ありのままでいいと言いながらも、必ずしもそうならないと指摘している。
例に出しているのが田中みな実の人気はありのままではなく、「現実的には、わりと一元的な価値観に基づいた美容資本がいまだに有効に働いているからではないでしょうか」と述べている。
キレイゴトだけでは生きていけない社会。キレイ、カワイイ、あるいはイケメン、カッコイイと言う言葉や価値観はなくなるものではない。
ただ、メディアで強調すると差別だとして叩かれるようにはなるだろうが。
コロナウイルスが収束したあとの人々の顔がどうなるのか。マスクを外して歩けるようになっても、見た目を気にして「ウイズマスク」で生活する人がどれだけいるのか気になる。
Posted by ブクログ
ここ数年における日本文化の大きな潮流となっている「女子」について、サブカルチャーの側から真面目に考察した、甲南女子大学の教員7名による論考集。「女子」という言葉が(「女性である子供」という本来の意味とは異なる意味で)使われ始めた時期と分野についての話題から始まり、ファッション、漫画、鉄道などの分野における「女子」の活動内容の特徴や従来との違いについて考察している。サブカルチャー(ポップカルチャー)系は動きが早いので、こういった論考を出してもあっという間に古臭くなってしまうのは避けられないが、2012年初頭までの動きをまとめたものとしては価値があると思う。私としては「男子の女子化」みたいな考察があると良かったと思うのだが、切り口がよく分からないし難しいか…。
Posted by ブクログ
甲南女子大の女子学研究会のメンバーによる、「○○女子」や「○○ガール」と呼称される「女子」についての論文集
こてこてのジェンダー論のような鼻につく筆致ではなく、扱うテーマのようにライトな書きぶり。ただ、論文としての水準はばらつきがあるというか踏み込みが足りず表層の部分の叙述にとどまっている印象がぬぐえない。
とはいえ、第1章・第2章で形取られる「女子」のイメージは、そういう知見が全く無い男性には衝撃と言っても過言ではないだろう。
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いくつになっても少女のように愛らしい-「大人カワイイ」ファッションの台頭とともに、それを着こなす大人「女子」が増殖してきたのであった。すぐさまファッション世界では「三十代女子」や「四十代女子」が当たり前の存在となった。そして、いまや、「大人女子」はファッションやメイクの流行の域を超える現象となりつつある。
「女子」という言葉の裏側には、何歳になっておも主役を降りたくない、脇役に回りたくない、という女性たちの願望が存在する。妻でもなく母でもなく、一人の「女子」として一生を生きていくという「四十代女子」の決意は、主役人生を全うすることの表明である。
(本書pp.54-55より引用)
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