哲学・宗教・心理 - 平川博達作品一覧
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-「わたしのほかに神としてはならない」といったという「一神教」の神の「ことば」を、ユダヤ教徒もイスラム教徒も、そしてキリスト教徒も、その天地創造の神を無視してきた民族には、罰を与えよ、と受け取ってきたのですが、キリストは、その天地創造の神を父と呼び、「その神は愛そのものである」から、「わたしのほかに神としてはならない」という「ことば」は、天地創造の神は、愛という神であるから、武器をつかって国民も他国も脅してはならない。勤労の愛によって、隣人隣国のために働いて世界の平和をつくるべきだ、という意味である、といいます。 果たして真実はどうか。その選択によって、世界は戦争になるか、平和になるか、つまり天と地ほどに変わってしまうのです。 そのあたりのことを検証しています。参考にしてみてください。
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-いよいよ家庭崩壊が、激しくなってきました。「引きこもり」のいる家庭では、いつ悲劇が起きるか、という不安の日々が続き、ついに、親が中年となったわが子を殺した事件もおきました。 もはや「いじめ」も「ひきこもり」も特定な家庭だけの状況ではなくなっています。自殺するひとは、そういうことを知って、親でさえ救えないことを確かめて自殺しているわけです。 日本人そのものが、魂の自立を失って久しいのです。永遠を生きる権利と歓びに生きる幸いなどが、ユメのまた夢となっているようです。 そういう家庭崩壊。地域崩壊、国家崩壊を食い止める道を、この本では紹介しています。参考にしてみてください。
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-キリストの「ことば」はすべて、約束の「ことば」でした。その「約束」とは、生きる試練に遭遇したときには、いつでも魂の底から「助けてくれる」。そういう「助け主」を、もっとも弱いときに贈る、という「約束」のことばでした。同時にその「ことば」とは、人間関係の「平和のつくり方」を教えてくれる「助け主」という「聖霊」の「ことば」を意味していました。 私イエスが死んで天国にいったなら、その天国から、ひとりひとりに魂の成長に必要な聖霊を贈るから、待っていなさい、という「遺言のことば」でした。そういう、新しく生まれ変わる方法を、この本は紹介しています。参考にしてみてください。
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-サッカーワールドカップで、対ポーランド戦では、いかにも日本的な、小さな愛国的な、勝つだけの、人間としてのエチケットさえ捨てた試合運びをしてくれました。国内ですでに、日大の監督の、スポーツ指導者とは思えないような、勝った方が正義だ、というような陰湿な部員の育て方を見てきたばかりでした。やはりスポーツ界では、閉鎖的な心しか造らないのではないかと、暗澹としたものです。そこで、日本人の未来のために、世界に開かれた愛国心、魂の成長に必要なエチケットを、キリストのメッセージから、紹介することにしました。参考にしてみて下さい。
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-知的障害者は、今も差別を受けています。しかし、最も哀しいことは、親でさえ、障碍のある我が子を「家の倉庫」に、あるいは、こっそり施設に入れる者がいる、という現実です。 また、継父にいじめられる子らも、後を絶ちません。これもまた、実父母に責任があります。しかし、真実は、日本人は、キリストのように聖霊を受けて自立する生き方を知らないから、こういう悲劇が起きているわけです。 魂の成長と自立がないところでは、どういう親子の間でも事件がおきます。それで、魂の成長と自立を助けてくれる「助け主」という聖霊をこの本で紹介しています。是非参考にしてみてください。
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-イエスという人の誕生を祝うクリスマスが近づいてきました。 イエスという名前の意味は、「天地創造の神の救い」という意味でした。 つまり、イエスというひとは、天地創造の神が、すべての「いきもの」を愛しているので、その愛によって、日本民族もまた造られたこと。 それゆえに、日本人もまた、「えこひいき」しない、天地創造の神によって愛されているので、イエスという人のように、日本人もまた、その神の愛を実践するために生まれてきたので、クリスマスをきっかに、ほんとうの世界の平和のつくり方を知ってほしい。 その平和も、武力とか核兵器によって作るのではなく、最も弱いもの、貧しいものの重荷を背負って、平和をつくってほしい。 武力によるのではなく、自分を愛するように、隣人と、隣国を愛することで、世界平和をつくってほしい。 ということで、この本では、クリスマスを心から祝うには、どうしたらいいか。武力によらないで、敵との間でさえ、平和をつくるための、キリストの愛、キリストの信仰、さらにキリストの希望の道を紹介しています。参考にしてみてください。
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-ノアの箱舟に乗れたのはノアの家族の八人と、清い動物だけでした。 アダムとイブの罪によって、人類が罪人となったのですが、天地創造の神は、ノアの家族だけを、救うために、箱舟を造ったわけです。 しかし人類は、その時の箱舟生活によって、同性愛に目覚めたわけです。それえゆえに、同性愛を亡ぼすために、今度人類を滅ぼすときには、大洪水によるのではなく、聖霊と火という神の愛の力によって、人類の罪を消滅させることにした、と、もう一つの聖書」は言ってきました。果たして人類は、同性愛によって、救われるのでしょうか。それとも、世界を平和にするのは、神の愛でしょうか、それともキリストの信仰によって人類の目は開かれるのでしょうか。あるいは、また別の愛が必要となるのでしょうか。 そういうことを検証していきます。参考にしてみてください。
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-生きる歓び、生き甲斐というものは、個人の努力だけではどうにもなりません。心にしても、心の手助けがなければ、隣人への手助けもできません。 認知症の介護にしても、ひとりの努力だけではできません。介護する人の心が、ほかのひとの手助けと生きる歓びで充たされているときだけ、介護もできます。 ですから、老人ホームで介護をしている方には、とくに、だれかの心の手助けが必要です。ひとりで背負い込ませてはいけないのです。ムリが続けば殺したくなります。生きる歓びを生み出すものを、聖書では聖霊と言っています。そういう聖霊のお手伝いこそ、必要です。それゆえに、聖霊を知っているひとからの手助けが大事となります。 そういうことを紹介しています。是非参考にしてみてください。
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-認知症も増えていますが、そういう認知症のままで死ねば、どういう「あの世」が待っているでしょうか。 しかも、遺された子や孫のなかには、そういう親の年金をあてにした、いわゆる「ひきこもり」も増えています。 またごく普通のサラリーマンにしても、定年後は、生き甲斐もなく支えるよりは、支えられる人間になっていきます。 そういう日本人に、どういう夜明けがあるでしょうか。 そういうわけで、「日本人の夜明け」最終巻の第十巻では、「あの世」の使命を紹介しています。天国の造り方、天国の支え方。そういう仕事を覚えれば。あの世でも失業することはありません。ご参考にしてみて下さい。
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-一九人の知的障害者を殺した容疑者は、その殺人動機として、「国家のため、人類のために殺した」と言い、だから、今も後悔などしていない、といったそうです。しかし知的障害者を養っているのは、国家でも社会的指導者でもない。天地創造の神が、日本という国家も養っている、と聖書は言います。 そのことに気づいていない日本人があまりにも多いので、こうした殺人事件も起きてしまったようです。 そういうわけで、今回は、とくに、人を殺した者の魂の記録というものを紹介することにしました。また、人生の目的とは、障害があるひとも、ないひとも、天地創造の神の愛のなかで、助け合いながら、自分の魂の成長のために生きることである、ということも、改めて紹介しております。参考にしてみてください。
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-人間としての「生きた証し」とはどういうものでしょうか。生きているだけで歓びがあり、その歓びを分かち合うことではないでしょうか。 しかし認知症になればどうでしょうか。いじめを受けているときはどうでしょうか。ともに交わりを失っています。生きる歓びなどまったくなくなります。 そこでこの本では、「ひとりぼっち」の魂、「いじめられっ子」の魂。理不尽にも殺された魂の救いについて取り扱っています。 生きるにしても、死ぬにしても、この世にあっても、あの世にあっても、天国を造る道、そういう自由な魂について紹介しています。 是非、参考にしてみてください。
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-2018年3月26日更新 一部修正 ………………………… 昨今では、日本政府は、武力による平和を造ろうとしています。しかし日本はすでに、世界を相手に戦争を起こして、広島と長崎で原子爆弾を受けたのです。 ところが、現総理は、その時の戦争による悲惨さえ無視して、気楽に「お友達内閣」を造って、核廃絶を誓う国連の提案でさえ拒否して、それどころかアメリカの核兵器を利用して、武力によって世界の平和を造ろうとしています。 そこでこの本では、武力ではない、勤労と隣人愛によって、隣人、隣国の発展に努めることで平和を造る、そういう平和的な手順を紹介しています。参考にしてみてください。
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