宮井正彌の検索結果
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-20歳の頃から関わり続けたキリスト教理解が70歳を越えた今までどのように変遷してきたのか、また後になって仏教と向かい合いそれがどうであったのかを記した。 辿り着いたのはキリスト教では上村静であり、イエスによる神の支配とは、すでに現実のなかに、日常生活のなかに立ち現れていて、人間の思い煩いにもかかわらず、すでに生かされてしまっている人間存在という現実を指し示す、ということであった。 仏教では宮元啓一であり、ゴータマの悟りというのは、この世に生きることに何の意味も見出すことがないということであり、生存欲を滅ぼした人にとって、世界のいかなるものも意味をなさず、生きようとは思わなくなることであるということであった。
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-『生きる意味を求めて』(2016.8)や『わたしのキリスト教と仏教』(2018.3)で、自らの思索遍歴を書き記してきた著者が、その後に考えてきたことをまとめたのが本書になった。 われわれ日本人はどこから来たのか(1章)、日本語というものはどうやってできたのか(2章)。学生時代からの課題であった日本の戦争責任(3章)。丸山眞男が記していた、日本の思想にもっとも大きな影響をもたらしたマルクス主義について(4章)。また、テーラワーダという南伝仏教との出会い(5章)、さらに袴谷憲昭の「批判仏教」に関連して出てきた八木誠一他の「キリスト教と仏教」(6章)、さらに30歳の頃から関心のあった史的イエスと復活というテーマ(7章)、そこからイエスの歩いた道とゴータマの歩いた道へと展開している(8章)。前半は人文・社会的で、後半は宗教的な内容となっている。