小学生でも許されないだろ
まずもって、個人的にはいじめの主犯の三村(いじめっ子と私は断ずる。所謂キョロ充でもいじめっ子、大人になれば立派なモラハラ・セクハラの非常識野郎です。そんなだから健常者のくせに35ちゃい独身なのです。健常者のくせに!)への制裁がもっと欲しかった……!同類廣田からの廣田パンチでは甘い!なんなら主人公からのパンチとか、めいちゃんに正論パンチかまされるのでも良かった。
それだけの事を、彼らはしている。
この本に関してはやれ主人公の顔は実際そこそこだの、見た目で判断して何が悪いだの(それ言うたらあんたの顔が火事で焼けたら差別してええんか?と言うね)主人公が引きずりすぎだの言う無神経極まりない輩がいるが、正直これは発想の貧困な人間や傷ついたことの無い人間にはわからないだろう。
「そうぞうりょくが たりないよ!」だ。
或いは出し抜かれた経験のない幸せな人なのかもしれないな!
見た目という先天性でどうしようもないもので差別され、傷つけられ割れた心は貼り直しても元の心には戻らない。割れた鏡を貼り直しても綺麗な景色を移すことは二度とない。そしてそんな人間不信な環境で愛嬌のある人格(三村氏にとって都合のいい人格の間違いでは?)とやらが育つ訳もなく。汚い土壌で美しい花が開くことは無い。
そんな当然を、小学生のお小猿様達(ブチ切れ表現)が理解しないのは分かりますが、大人の廣田と三村が理解しないのはさすがに理解力低下が過ぎますね。自分は「人の心が察せない」と悪名高い所謂アスペですが、少なくとも委員長などを率先する主人公に対して「頑張ってるアピールがウザイお前より愛嬌のあるあの子が~」と言ってのける三村には「それそれ、そういうとこで結婚でけへんのや。35ちゃいならもう愛嬌のある子も捕まらへんで。お前が末代」と野次を飛ばすところであります。
とかく、この漫画は多分男の人が読んでも分からないでしょう。読んだとしても三村のように言い訳をするだけの気がします。
個人的には、「愛嬌」というあやふやなもので評価されたお姫様方に読んで頂きたい。そして、知って頂きたい。
あなたがたの幸せは怨嗟や嘲笑の上に成立している、美醜というそれこそあやふや極まりない基準で作られた砂上の楼閣のようなものなのだと。