あらすじ
日本の叙景歌は,偽装された恋歌であったのか.和歌の核心にはいかなる自然観が存在していたのか.和歌と漢詩の本質的な相違とは? 勅撰和歌集の編纂を貫く理念とは? 日本詩歌の流れ,特徴のみならず,日本文化のにおいや感触までをも伝える卓抜な日本文化芸術論.コレージュ・ド・フランスにおける,全五回の講義録.(解説=池澤夏樹)
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Posted by ブクログ
この本は、日本の詩歌についてフランスの高等教育機関コレージュ・ド・フランスで5回にわたって講義した本である。日本の和歌をフランス人に説明するのは至難の業であるのに違いないのに、この著者の素晴らしいのは、まず第一回の講義で菅原道真の詩歌を取り上げたことである。
我々日本人だって、菅原道真が卓越した詩人であったことを知らない人が殆どである。というのも道真が生きた時代は、インテリ層は漢文で文章を書いており、詩も漢詩だったのだ。
万葉集では7世紀から8世紀の和歌が、4,500首も編纂されたにもかかわらず、それから古今和歌集が1100首の和歌を編纂するのに150年もかかっているのは、その間の9世紀においては中国文明を吸収するために費やされていた期間だったようだ。
日本の詩歌を論理的な思考を好むフランス人に説明するためにはその「骨組みと素肌」にまで解明しているのは素晴らしい。第二回は「紀貫之と古今和歌集の本質」、第三回は「奈良・平安時代の一流女性歌人たち」、第四回は「叙景の歌…なぜ日本の詩は主観の表現においてかくも控えめなのか」というテーマ設定がしびれる。
この講義が1994、5年に行われたものなのだが、全く古いと思えず、現代日本人が知らなければならない日本人の心の原点だと思います。
読んで良かったと思う本でした。
Posted by ブクログ
重税への怒りを詠う
平安時代の学者で政治家、菅原道真といえば、学問の神様として名高い。毎年正月になると、道真をまつる福岡県の太宰府天満宮は初詣の受験生でにぎわう。学者として異例の出世を遂げたが中傷のため太宰府に左遷され、失意のうちに死んだことから、死後、祟りをなしたという伝説もある。
しかし菅原道真がそれだけのエピソードで有名なことは、はなはだ残念だと著者は嘆く。道真は偉大な詩人でもあったからだ。それは単に多くの詩を残したとか、宮廷内で称賛される詩を書いたとかいう意味ではない。
道真は漢詩人として、重税に苦しむ庶民に同情・共感する詩を多く書き、為政者の不正・腐敗を弾劾する詩を残した。近代以前の日本において、このような政治的・社会的主題の詩は、道真の詩を除いてはまったく書かれなかったという。
道真がこれらの詩を書くきっかけとなったのは、讃岐国(現香川県)知事として送った4年間の地方生活だ。生まれて初めて、庶民の生活の苦難に満ちた実態に触れ、その見聞を詩にとどめた。
重税を逃れようと他国に逃れたが、どうにもならず舞い戻ってきた男。冬になっても薄い衣服で輸送に従事する馬丁。いつ釣れるかわからない魚を釣って租税を払おうとする漁師。「寒早十首」と題する連作で、重税に苦しむ貧しい人々を描いた。
高い地位にいる役人は、原理的に言って、ほとんどまったく、税に苦しむ貧者への同情・共感を持ちえなかった。なぜなら、まさにその税を取り立てる側の人間だからだ。その意味で道真は「ほとんど類例を見出せない役人であり、そしてまた詩人」だったと著者は記す。
テレビや雑誌で戦前の政治家が作った漢詩を見せ、「教養があった」などと感心して見せる企画がよくある。しかしそれらの詩の中に、菅原道真のように、税への怒りを詠ったものが果たしてどれだけあるだろうか。
真の教養とは、単に芸術の表面をなぞることにあるのではなく、そこで何を表現するかにある。そんなことも考えさせられる一冊だ。
Posted by ブクログ
自身も優れた詩人である著者の
漢詩、和歌、中世歌謡を論じた日本詩歌論。
海外講演のために、日本的な感覚(現代日本人には理解にかなり努力が必要)を、論理的な文章にまとめているのがさすが。
日本文化論としても興味深い記述が多数。