【感想・ネタバレ】本の読み方 スロー・リーディングの実践(PHP文庫)のレビュー

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2023年08月23日

これまでレビューを書いたことはありませんでしたが、「人に説明することを前提に読む」(93頁以下)ことを意識し、1冊読み通した今感じたことを卑見ながら公にしたいと思いました。

法学部の教授で、問題演習などは一度もせず、基本書一冊だけで司法試験に合格をしたという天才の話を聞いたことがあります。単に「問...続きを読む題集を何冊をやるな」というような話ではなく、一文一文に疑問を持ち、それを解消するためにほかの本にあたるということを繰り返し、そうした読み方をしたために1冊読み切るのに何年もかかり、それだけで終わってしまった、という事情です。

そのような天才には到底なれないことは承知の上で、ここで重要なのは、「どうしてその言葉を選択したのか」「突然この発言をさせたのはなぜだろうか」という違和感をキャッチできるような余裕を持つことだと思います。少なくとも名著として残り続けている文章を残した著者は、言葉の選択、文章のつながり、全体の構造に推敲に推敲を重ねたものだと推測されます。それを読む私は、言葉一つ読み飛ばしてよいはずがありません。人並みに文字を読んできた自負はありましたが、「実践編」で平野氏の感じた違和感には気づけませんでした。

「より「先に」ではなく、より「奥に」」(82頁)は理想的な読み手の姿勢を端的に表した言葉だと感じました。いま隣にある本棚には多くの書籍が並んでいますが、読んだ実績を並べたものではなく、背後の広がりを持った奥行きのある世界となるかは私次第であると確信しました。

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Posted by ブクログ 2024年01月10日

速読が推奨されていることをよく見かけるのもあり、読むのが遅いことが悪いことかと思っていました。
紹介されているスローリーディングのテクニックをすぐに習得することは難しいが、本を自分のペースで楽しんでいこうと前向きになれました。

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Posted by ブクログ 2023年12月12日

数年前、某書評サイトに参加していた時期がありました。そこではみなさん競うように書評を上げていて、中には毎日3冊から4冊もの本の書評を上げる人も。私はそのスピードにまったくついていけず、大好きなはずの読書がちっとも楽しくなくなってきてしまい、これはいかんもうここにはいられない、と一年足らずで退会しまし...続きを読むた。

そんな私にとってこの本は、天から差し込まれたひと筋の光、「大丈夫だよ」とやさしく手を差し伸べてくれる、救世本です。まさに我が意を得たりな一冊で、読みながら「そうそうそうなんですよ!」、「ほんっとまさしくこれ!」と心の中で叫びどおし。

本書は、徹底的に〈アンチ速読〉。〈一年間に何冊読んだ、といった類の大食い競争のような読書量の誇示にも辟易していた〉著者は、速読はもはや〈読書ではなく、情報処理〉であると喝破し、〈読書は何よりも楽しみであり、慌てることはない〉、〈本くらいはゆっくり、時間をかけて読みたいものだ〉と述べています。

そこで提唱されているのが、スロー・リーディング。ゆっくり時間をかけて、〈味わい、考え、深く感じる豊かな読書〉を楽しもう、というもの。それにはやはりコツがある、ということで、そのコツをこの本で教えてくれています。「基礎編」と「テクニック編」でその理論を解説、「実践編」で、夏目漱石の『こころ』やカフカの『橋』、金原ひとみ『蛇にピアス』など、古今の作品をスロー・リーディングしていきます。

すごく本を読みたくなるし、読むのが楽しみになりますね。これからは自信を持って、焦らずゆっくり読書を楽しんでいけそう。〈「ページを捲りたくない、いつまでもこの世界に浸っていたい。」と感じてもらえるような作品を書きたいといつも思ってい〉るという著者の作品も、ぜひこれからゆっくり読ませていただこうと思っております。

最後に、ここに宣言いたします。わたしは、スロー・リーダーです!

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Posted by ブクログ 2023年09月03日

自分は本を読むスピードが遅い方なのでこの本を読んで、今までは読むスピードを早くして色々な本を読みたいと思っていたが、それよりも本の理解度や深く考える時間に費やしたほうが、より読書を楽しめて為になると思えた。

再読について書かれていたが、これは小説に限った話じゃなくて漫画、ドラマ、映画、アニメにも当...続きを読むてはまることだと思ったので、基本的に1回しか見ないので試してみたいと思う。
この本も再読しようと思う。

「自分だったらどうするだろう」と考えるのは元々、自然とやっていたので良い事だと知って嬉しかった。

「辞書癖」をつける、と書かれているがこれは前から実践してはいるが難しい言葉や読めない漢字が続くと調べることに一生懸命になり、話の内容が入ってこないということがあるので、今後の課題。

後半の実践編は全部を理解するのは難しかったが、できる事から実践しようと思う。

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Posted by ブクログ 2023年08月09日

著者の本は「マチネの終わりに」を読みましたが、とても魅力的な本だったので本作品も読んでみました。
この本は「本の読み方」の本ですが、本を書く作家さんの視点から、どのように本を読むべきかを丁寧に考察してあり、とても理解が深まり、益々好きな作家さんになりました。
本が読みたくなる本です!!

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Posted by ブクログ 2023年08月08日

読書について、今までの自分は活字を追って、本を読み終わる毎に満足感や達成感を抱いてました。
この本を読んで、読書とは、速く読むことではなく、1文1文丁寧に深く読み、自分の想像力や思考力を使って楽しむことが読書の醍醐味であり、正しい読書であるということを学びました。

この本もそうですが、1回限りでは...続きを読むなく、時間を於いてまた読んで、そこで新しい発見や過去の想像とは違ったイメージが浮かんでくるかもしれない。

1冊1冊丁寧に読書をしていこうと思いました。

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Posted by ブクログ 2023年07月17日

 再読・遅読推奨派の私には、とても頷ける内容。ここ最近の読み方はサブスク料金と読書アプリによる可視化のせいで速読寄りになってきていたな、と反省。選本もタイパ重視になりがちだった。速読が悪い訳ではないけれど、せっかく読んだからにはきちんと内容を理解して読みたい。読メの謎の棒グラフや連続読書日数など気に...続きを読むしてないつもりが、知らずに意識していたり、さほど読みたくもない本も無料だからと読んだり、もっと楽しく主体的に読まなければ。

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Posted by ブクログ 2023年02月05日

スローリーディングを訴える、今の時代にこそ必要な良書。自分自身、早く読まないとと焦って読んでしまったことが何度もあった。それは、速読とか多読といった情報をいかに早く要点だけに絞って取り入れるかという観点のもの。一方で、スローリーディング、とりわけなぜ作者はこの一文を入れたんだろうか、なぜこんな表現な...続きを読むんだろうか、と立ち止まって自分なりの考えと照らし合わせてみたり、思考をさらに深めてみたりしてみてはどうだろうか?というススメである。長い時間をかけてじっくりと読んでいく、量ではなく質こそ大事、その人となりを大きく、豊かにしてくれる。そんな読書をしたいものだと思うから、じっくり腰を据えて本と向き合う。特に内容を、センテンスを選び、色々仕掛けている小説においては。
自分自身、忙しい日々だから、この行為がいかに贅沢で、幸せなんだろうかと思いながら読んでいるのだけれど、改めて平野氏の速読へのアンチテーゼはグッとくるものがあった。読書を無駄にしない、時間の浪費にしない、これは逆をいうと早く読めば読むほど、無駄だと感じてより速読しなければならなくなるのかもしれない。どんなフレーズが、どんな風に感じたが、それは何を意味するのか、筆者の意図を考えながら読み進めていくことが作者との対話そのものなんだという考え方であり、本を先に進めるのではなく奥に進んでいくことで、人生を豊かにしてくれるはずだと説く。
カフカの橋、川端康成、三島由紀夫の作品を通して、スローリーディングを実践していく。5W1Hに気をつけながら、なぜ筆者がこの話を出してきているのかを考えると、橋が示すのは官僚だったりする訳だけど、そして高瀬舟が高い関心を今でも集めるテーマを含むのは、殺人と自殺の正しさか、悪かという問いだからである。これをすっ飛ばして読んで、理解できるのか、それがどういう構成で導かれているか、じっくり読まずして、その奥深さがわかるわけがないではないか、という筆者からのメッセージである。

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Posted by ブクログ 2022年06月05日

スローリディングのススメ。量より質。おっしゃる通りだと思いながら、感覚的に読みたい時もある。しかし、それだけではもったいないことが理解できた。再読をしていこう。ただここでもまず自分がよかった、面白かったと思った本からになるだろう。ここの意識を変えると、見えてないことがよくわかるのだろうけど。

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Posted by ブクログ 2022年01月20日

スローリーディングの指南書。
メリットとテクニックについて具体的に説明があり、目から鱗の部分もあった。

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Posted by ブクログ 2021年03月01日

スロー・リーディングの本を、1時間で速読。
速読は、”るるぶ”を見て旅行の予定を立てること。
行ってみたい観光名所やグルメのように、じっくりと読んでみたい箇所を見つけたら、スロー・リーディングでじっくりと味わう。読書好きの、最高の贅沢!

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Posted by ブクログ 2023年11月25日

⚫︎受け取ったメッセージ
※引用
「一冊の本を価値あるものにするかどうかは、
 読み方次第」

「読者が本を選ぶように、本も読者を選ぶ」



⚫︎あらすじ(本概要より転載)

"本はどう読んだらいいのか? 速読は本当に効果があるのか?
闇雲に活字を追うだけの貧しい読書から、深く感じる豊か...続きを読むな読書へ。
『マチネの終わりに』の平野啓一郎が、自身も実践している、
「速読コンプレックス」から解放される、差がつく読書術を大公開。

「スロー・リーディング」でも、必要な本は十分に読めるし、
少なくとも、生きていく上で使える本が増えることは確かであり、
それは思考や会話に着実に反映される。
決して、私に特別な能力ではない。
ただ、本書で書いたようなことに気をつけながら、
ゆっくり読めば、誰でも自ずとそうなるのである。(中略)
読書は何よりも楽しみであり、慌てることはないのである。



⚫︎感想
夏目漱石のこころ、森鴎外の高瀬舟、三島由紀夫の金閣寺カフカの橋、金原ひとみの蛇にピアスなど、一部分を取り上げて、小説家がどのような工夫やテクニックを凝らして書いているか、いかに気付きながら読むことができるか、実践を交えて丁寧に解説してくれる。

・作中で登場人物が疑問を発した時、
 その答えは特に重要

・成功している比喩は重奏的

・作中の唐突に起きる違和感は注意喚起=主題に関わる
・「不自然さ」は場面転換の印

・「お茶を飲む」という何気ない動作→緊張しているから→この先重要な言葉が語られるかも

・ポリフォニー小説…登場人物がそれぞれに完全に独立した思想を持ち、彼らが対話を通じて対決するタイプの小説

・書き出しの一文に意味がある

・形容詞、形容動詞、副詞に着目する

・間を取るための風景描写や心理描写の挿入。
一般的に、こうした間の後には重要な発言が控えている。



など、たくさんの書く側の配慮を知ることができた。このようなタイプの本は初めて読んだので、このように書く側からのテクニックを知って、もっと深く小説を味わいたいと思った。

(以下引用)
小説というのは、マジックミラーのようなものである。しっかりと目を凝らせば、向こう側に作者が見えるかもしれない。しかし同時に、そこに映し出された自分自身を見てしまうのかもしれない。

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Posted by ブクログ 2023年09月02日

軽薄な「速読」テクニックへの痛烈な批判本。
本人も作家である立場から、物書きがいかに言葉選びを熟慮しているか、またそれを自分で読み取り感じることが著書に触れる喜びの一つであることが、作例を交えて書かれている。(勿論、本を読む目的は人それぞれだが。)「速読=脂肪。役に立たず、頭の回転を鈍らせる。知って...続きを読むることの補完でしかなく、何なら歪曲させて読み取ってしまう。」→すごく納得。

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Posted by ブクログ 2023年07月16日

作家による読書法の紹介本。
わかりやすく、理にかなっていて面白かった。本来、個人が楽しみながら進める読書を、国語の時間が妨害している面はたしかにあるよなぁと思う。試験における作者の意図は、出題者の意図なのだと割り切って説明されていて、少しすっきりした。

また、気持ちがいいほどのアンチ速読で、読んで...続きを読むいて楽しかった。もちろん、ただこき下ろしているわけではなく、速読の危険性や罠について論理的に説明しているので、内容は頷けるものばかりだった。

実践編では実際の小説の一部を取り上げながら、スローリーディングを進めていく。
私はこの職業についていながら『こころ』の中編にあまり価値を置いていなかったけれど、もう一度読み返すときには、ちゃんと中編の意味について考えながら読みたいと思った。
カフカも難解で面白そうなので、短編集を探してみようかな。

本の読み方のテクニックが詰まっているし、本を読む意義もたくさん載っている。比喩などもあってとてもわかりやすいので、本を読みたいけれど、どうしたらいいかわからない人におすすめしたい。

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Posted by ブクログ 2023年07月04日

作家が語る、スローリーディングを語った本。
書き手の視点で読む、精読し読んだものを自分のものにしていく、どちらかといえば速読気味な私には耳の痛い話も。
書き手の産み出す文章を、読者は一言一句、噛みしめるように糧にしていかなければと思った。

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Posted by ブクログ 2023年02月19日

【読もうと思った理由】
最近、一度読むだけだと難解で理解しにくい本を徐々に読むようになり、「もっと読解力があったらなぁ」と思うことが多くなっていた。そんな折、この本とたまたま出会い読むに至る。

【読後の感想】
プロの作家の方は、「ここまで考えて本を読んでいるのか」と脱帽し、恐れ入った。

(以下、...続きを読む感銘を受けた箇所を記載。)
読書を今よりも楽しいものにしたいと思うなら、書き手の仕掛けや工夫を見落とさないというところから始めなければいけない。
作家のタイプにもよるが、たとえば、三島由紀夫などは、様々な技巧に非常に自覚的な作家だったので、スロー・リーディングをすると、ここまで気を使うのか!というほど、細かな仕掛けがいくつも見えてくる。しかし、その多くは、実はほとんどの読者に気づかれないまま、埋蔵金のように今も小説の至るところに眠っているのである。
 
本当に読書を楽しむために、「量」の読書から「質」の読書へ、網羅的な読書から選択的な読書へと発想を転換してゆかなければならない。

文章の上手い人と下手な人との違いは、ボキャブラリーの多さというより、助詞、助動詞の使い方にかかっている。やたらとたくさんの単語が使われていても、ちっとも胸に響かない文章もあれば、「ボキャ貧」であっても、妙に説得力のある文章もある。動詞や名詞を生かすも殺すも、助詞、助動詞次第である。

人間のワーキングメモリは少しづつしか情報処理できないから、本を読むときに速読で大量に情報をインプットしようとしても、そもそも無理がある。スロー・リーディングによって、小分けにして、その都度長期記憶の間を往復しながら情報を処理していかないと、理解は進まないのである。ドストエフスキーの名前のややこしい登場人物が大勢出てくるような小説を読むときには、しょっちゅうページをさかのぼって、「なんだったけ?」と確認し直している。

(筆者が読書にハマったきっかけ)
筆者がそもそも読書にのめり込むようになったきっかけは、三島由紀夫の「金閣寺」だったそうだ。最初に読んだときは、「なんだこりゃ?」的な衝撃で、内容がどこまで理解できたか、怪しいものだったそうだが、だからこそ、ひどく興味をそそられたそうだ。
そこからは、しばらく三島の本ばかりを読みあさり、気づけばすっかり、ファンになっていたんだそうだ。今度は三島が好きだとエッセイで言っていた作家である、マン、ゲーテ、シラー、ドストエフスキー、ゴーゴリー等等、まさしく三島は、筆者にとって読書の正確なルートを示してくれた優秀なナビだったんだそうだ。そして三島が影響を受けた様々な作家の小説を読んだあと、もう一度金閣寺をはじめとする三島の作品を読むと、最初に読んだ時よりも、はるかに作品の内容を深く理解出来るようになったことが、嬉しかったとのこと。
そこから学んだことは、作家の作品の背後には、さらに途方もなく広大な言葉の世界が広がっているという事実。

【本書を読んで得た気づき】
本を読むことは、相手とコミュニケーションを取ることと、ある種似ているなぁと感じた。作者がその本の中で訴えたいことがある中で、極力読み飛ばされない様に、工夫を凝らして、何度も何度も推敲して、作品を作り上げているんだと。そこまで時間を掛けて作った作品を、数時間で、たった一回読んだだけで、すぐに全てを解るわけもないということが、肌身に染みてよく理解できた。
一回読んで理解できなかった作品は2度、3度と何回でも理解できるまで読もうと思った。
今後は今まで読んだことのない作家の作品を、極力読むよう意識をしていこうと思う。色々なタイプの作家を知ることで、読解力、理解力も上がっていくはずだと思うからだ。

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Posted by ブクログ 2022年12月01日

速く、一冊でも多く本を読みたいと思っていたが、自分がこれだ、と思った本をじっくりゆっくり読んでみたくなった。

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Posted by ブクログ 2022年11月13日

 読者は、ここまでずっと、この謎のような「先生」に対して疑問を抱き続けている。教師でもなければ、医者でもない。なんで、「先生」なのだろう?
 そうした読者の疑問は、作者も予感してたはずだ。そしてここでは、兄を通じて、その読者の声を作品内に引き込み、それに応じようとしているのである。
 小説を読む場合...続きを読むは、このように、登場人物が「疑問文」で問いを発する場面に出くわした時には要注意だ。作者には、自作に対する読者の疑問や反論に答えたいという欲求があるから、どこかでその場所を設けたいと考えている。会話の中の質疑応答は、その格好の場所であり、小説以外のたとえば、「対話篇」と言うようなジャンルは、ひたすらその質疑応答だけで作品が成立している。

 庄兵衛は、高瀬舟で護送している喜助が、罪人であるにもかかわらず、いかにも晴れやかな、「遊山船にでも乗ったような」顔をしていることをずっと不思議に感じている。大抵の罪人は、高瀬舟では「目も当てられぬ気の毒な様子」をしているものである。そこで、庄兵衛はその理由を尋ねてみる。ここから、この一切の状況変化のない小説は、動き始める。『こころ』でも見たように、庄兵衛の問いは読者の疑問を代弁するものである。つまり、この返答が、作品にとって非常に重要なものであることが予測される。

 弟の死が確認されたあとは、喜助の放心の態が描写されている。この場面では、具体的に何をどう感じたか、ということが書かれてはいない。スロー・リーダーは、こうした場面に十分に時間をかけるべきである。これは、作者によって設けられた感情の踊り場である。この空白は、読者自身で埋めなければならない。とりわけ、「近所の婆あさん」に発見され、その後、人が集まってくるまで、「目を半分あいたまま死んでいる弟の顔を見詰めていた」という情景は、象徴的だろう。ここに至って、喜助の愛情を置き去りにしたまま、状況の変化は弟の死によって完結するのである。
 小説にはこうした余白部分が、いろんな形で設けられている。そこは読者によって自由に埋められるべき場所である。『高瀬舟』の場合、周到すぎるほどの周到さで、厳格な通路を定め、読者を導いてゆく。しかし、その果てには、読者が十分に羽を伸ばし、さまざまさ思案や心情を巡らせる場面が、ゆったりと取ってあるのである。
 そういう意味では、小説の空間造形は、建築に喩えられるだろう。鴎外の厳格な言葉の建築は、読者を、エントランスから迷わせることなく、まっすぐに誘導して、最後に十分なスペースに解放し、自由な時間を過ごさせる。ーーそんなイメージではないだろうか。

 小説の中の条件を一つ一つ丁寧に検証していくことは、その作品が内蔵している可能性<知、楽しさ、おかしさ、感動>をできるだけ多く受け取るための重要な手続きである。
 その応用として、今度は自分なりに条件を変えて読み直してみるというのも効果的だ。たとえば、すでに書いたように、兄と弟の他に別の家族がいたとしたら、どうだっただろうか? もし、剃刀で切ったときに、まだ助かりそうな傷であったら、どうすべきだっただろうか? 不治の病というのが、弟の勝手な思い込みだったとしたら? 自殺ではなく、事故だったなら? 第一発見者が、「見なかったことにするから、自殺として届け出よう」と言ったとしたら?
 様々なヴァリエーションの条件を設定することで、一つの小説が、何倍も豊かなものとなる。そしてそれは、読者自身の考える力を着実に伸ばしてくれ、現実にそうした状況に直面したとき、また人からそうした相談を受けたとき、全くの白紙状態とは違った判断をさせてくれるだろう。
 小説を読む理由は、単に教養のため、あるいは娯楽のためだけではない。人間が生きている間に経験できることは限られているし、極限的な状況を経験することは稀かもしれない。小説は、そうした私たちの人生に不意に侵入してくる一種の異物である。それをただ排除するに任せるか、磨き上げて、本物同様の一つの経験とするかは、読者の態度次第である。

 ロシアの文芸批評家パフチンは、ドストエフスキーの小説を論じて、登場人物がそれぞれに完全に独立した思想を持ち、彼らが対話を通じて対決するタイプの小説をポリフォニー小説と呼んだ。そして、ドストエフスキーの小説が、冒険小説風の異常な出来事に次々と登場人物を巻き込んでいくのは、「人物たちを挑発し、苛立たせ、試練にかけ、対話に誘うような言葉とプロットを設定し捜し求めた」(『ドストエフスキーの詩学』ちくま学芸文庫))からだとしている、私たちも、普段の会話では、友人と意見が合わなくても、適当に折り合いをつけるが、たとえば無実の罪で容疑をかけられたとなると、「そうじゃない、自分はそんな人間じゃない!」と、必死の抗弁を試みるだろう。
 三島の作品を、パフチンのいう意味で厳密にポリフォニー小説と呼んで良いかは異論もあろうが、少なくともこの『金閣寺』や『鏡子の家』は、ドストエフスキーやトーマス・マンの長編小説の影響下で書かれている。小説の劇的効果という観点からも、内面の葛藤の描写よりも、その対立がそれぞれの人物に委ねられて、派手な議論を戦わす方が華やかだ。ここで取り上げた部分も、禅海を出さずに、主人公の内面の思案として描き、一種の悟りを得させて、金閣放火につないでもよかったのかもしれないが、あえて過去の二人の父性と対比させた人物を連れてきて、対話という形を採用することで、論点が鮮明になっている。

 先の例文では、主人公が「私の本心を見抜いてください」と詰め寄ったあとに、「和尚の盃を含んで、私をじっと見た。雨に濡れた鹿苑寺の大きな黒い瓦屋根のような沈黙の重みが私の上に在った。私は戦慄した。急に和尚が、世にも晴朗な笑い声を立てたのである」という文章が挿入されている。これは、内容同様に、間としての効果を発揮している。
 一般的に、こうした間の後には、重要な発言が控えていることが多い。作者としては、ここぞという発言を読者にサラッと読み流してもらいたくない。そのために、一旦会話を切って、注意を促すわけである。実際に、この例文中、最も重要な発言は、これに続く「見抜く必要はない。みんなお前の面上にあらわれておる」である。

 ここでは、書き込めるだけの補助線を書き込んだが、たとえば主語と代名詞とを結んだりする線は、わかるのであれば必要ないだろう。
 一見してどうだろうか? 難解な文章だと感じていたものが、基本的には、◇を中心に挟んだ「(一般論)vs.フーコーの自論」という一セットになっていて、そのパターンが繰り返されていることが視覚的に分かる。もし、これをもっと鮮明にしたいなら、一般論を青、フーコーの理論を赤に色分けする。そして、この本一冊をその方針でチャート化していくと、非常に鮮明に、全体が「(一般論)vs.フーコーの自論」の形で色分けされていくだろう。これは、『金閣寺』で見た、対話による思想対決の方法であり、青で囲まれた部分と赤とで囲まれた部分とをそれぞれ擬人化して、会話にすれば、白熱した議論の場面になるだろう。同時にこの「一般論」とは、読者の声の引き込みであり、この青対赤の対決は、社会の「常識」に対する筆者の挑戦を視覚化したものである。

 スロー・リーディングによって、こうした議論の組み立てを見ておけば、当然に、自分が文章を書くときの参考になる。例文で見た「一般論→否定→自分の意見」という型は、説得術の典型的なパターンであり、友人や両親との会話の中でも、ビジネス場面でも、どこでもすぐに使えるだろう。「一般論」の場所に、相手の主張を当てはめれば、様々な局面で応用可能である。次いで、その否定と自説の展開だ。そのためにも、まず相手の言わんとするところを正確に理解する能力を備えていなければならない。

 実は、この技術は、少しズルい活用の仕方もある。フーコーにも、若干そのきらいがなきにしもあらずだが、「一般論(相手の主張)→反論」の「一般論」の部分に、一般論に見せかけた、こちらの主張で容易に論駁できる主張を忍ばせておく、というものである。同様に、「あなたのおっしゃりたいことはこうでしょう? 分かります。でも〜」と、実際にはそうではない見解に相手を引っ張り込んでしまうという手である。もちろん、まったくかけ離れていては、「いや、そうじゃない」と否定されるだろうが、目眩しのような巧みな表現や難しい言い回しを用いられると、なんとなく同意して、しかもその自説ではない説への論駁に説得されてしまう、というおかしなことになってしまう。こうした方法を活用することはおすすめしないが、むしろその説得術に巻き込まれそうになったときの警戒のために、頭の隅にでも置いていてもらいたい。

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Posted by ブクログ 2022年11月02日

子供の頃本が嫌いで、最後まで興味を持続させて読み通すということが出来なかった自分にとって、読書というものに対してはずっと引け目を感じていました。
手に取ってパラパラと眺めても「ここには頭のいい人だけが読み取れるメッセージのようなものがあって、自分には決して読み取れないのだ」と。
読書感想文なども、他...続きを読むの人はあんなにすごいことが書けるのに自分はろくなことが書けない、という劣等感がずっとありました。

本書を読んで良かったなと思うことは、「本を読むことは人に会うことに似ている」と思えたことかもしれません。

「今日誰と会って、何を話したか」なんてことは、誰かと比べるようなものではなくその人だけの体験じゃないかと。
「うまく言葉にできなくても、読んで感じたままを自分だけの体験とすればいい」と思えれば、本というものがずっと身近に感じられる気がしました。

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Posted by ブクログ 2022年09月07日

なるほどな、ずっと気になってたんで読んでよかった。確かに、読んでるそばから新しく買ってしまう気質のせいで、時たま、追いまくられているような気がして、折角読んでる本もあんまり味わえないし、中にはもう惰性で文字を追ってるだけみたいになってしまうことも正直あった。
そんなんじゃやっぱり勿体無いよな。
そん...続きを読むな中でも乙川さんのように味わえる本もあるのだが、もっとそういう本に出会いたいし、いや恐らく出会っているのだが、素通りしてしまったのだろう。
ペースをゆっくりではなくて、対話し、創造しながら読めば自然とゆっくりにならざるを得ないだろうし、その分、味わえて読める本が増えるなら、味わえないでその三倍読めてもあまり意味がないんだろうな。

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Posted by ブクログ 2022年06月17日

2006年の単行本を2019年に文庫版として新装。タイトルにあるようにスロー・リーディングこそが本来の読書のあり方、楽しみ方であるとのメッセージに多いに安心させられる。深読みのこつも第3部以降に古今の名著を題材にして解説され得ることの多い一冊。

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Posted by ブクログ 2021年11月20日

#本の読み方
#平野啓一郎
#スローリーディング
#PHP文庫
スローリーディングの概念は理解できたし大変共感した。情報があふれる現代においてゆっくり本を読むことこそ豊かさ。焦らなくていいんだな、とホッとした。実践方法とかは私には難しくて真似できそうにない。また、いつか再読してみよう。

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Posted by ブクログ 2021年10月06日

なるほど、もっと楽しんでじっくり読まないと骨身にならないよと。消化せずに通過してるだけの読書じゃ勿体無いよ。そんなメッセージです。
例示される読解の内容自体は特別深いわけではないけれど、落ち着いて読んで良いんだって安心させられる。

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Posted by ブクログ 2021年09月16日

「こういう読み方があるのか」という発見と「こういう風に読むことができるのか」という驚きが強かったです。
本をここまで丁寧に、常に疑問を持ち、考えながら読めることはとても素晴らしいことだと思うと同時に、とても羨ましくもありました。
こんな風に読むことができるまでは時間がかかりそうですが、この本に書...続きを読むいてあることを少しづつでもいいので実践し、スローリーディングを自分のものにできればと思います。

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Posted by ブクログ 2021年09月09日

速読本が巷に溢れる中、あえてのスローリーディング。速読ができない自分にもどかしさを感じてたけど、読書はやっぱり量より質だよね!って思わせてくれる一冊でした。自分の本の読み方は間違ってないって思えました。

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Posted by ブクログ 2021年05月31日

平野啓一郎さんの小説を読む時は、作品として面白いがとにかく時間がかかるという印象だったが、今作を読んだらそれこそが作者が意図していた読み方だったのか!と、してやられた気持ちになった。

後半の実践編はセンター試験の現代文のテストを思い出さずにはいられなかったが面白かった。作者の金閣寺愛がよく分かった...続きを読む

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Posted by ブクログ 2023年10月28日

「先へ、先へ」より「奥へ、奥へ」

平野啓一郎さんのいう本の読み方はその通りだと思う。SNS全盛の今こそこういうアプローチは身につけたい。

実践編を読んだら、自分が大学受験の現代でやぅてきたやり方とそっくり。平野さんとほぼ同世代なので、なんとなくこう考えるひとが多いのかな?と感じた。

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Posted by ブクログ 2022年08月01日

またしても読み方の本。
ゆっくり深く読むことで、記憶にも残るし技巧も分かるし、いいことだらけだよ、といった内容。

作家ゆえ、違和感や間の作り方、冒頭などなどに注力してる、というのが具体的に述べられていて面白い!これからの読み方がちょっと変わってくる。

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Posted by ブクログ 2022年06月05日

本は早く読めた方がいいのかな~と漠然と思ってたけど遅くてもいいんだよと、自分らしく読めばいいのよと励まされた気がしました。確かに読書は楽しいからするものだから急がなくていいんですよね、ゆっくり自分のペースで想像をふくらませながら時に脱線しながらでもひとつの本をじっくり味わう事が大切なんだと教えてもら...続きを読むいました。

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Posted by ブクログ 2022年03月04日

カントとかヘーゲルの時代にプリンターはなかった、今の人間は昔の哲学者より遥かに本を手に取りやすい状況だけど、取り立てて人類の知能が上がった訳でもない
だから読書は質で 量じゃない

なんて事を読書記録アプリに書き込む皮肉

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