あらすじ
「ええ声」を持つ「なにか」はいかにして「悪声」となったのか――。
ほとばしるイメージ、疾走する物語。著者入魂の長編小説。
「なにか」は、ある重みをもって、廃寺のコケの上にそっと置かれた――。
京都のはずれの廃寺に捨てられたみどりごは、コケに守られながら生をつなぎ、やがて犬のブリーディングと桜の剪定を生業とする花崎さんに引き取られる。
「なにか」の声は、居合わせた誰もがはっと振り返るような特別なものだった。
長じて歌うことを覚えた「なにか」は、アムステルダムからやってきたサックス・プレイヤーの「タマ」と「あお」の父娘といっしょに、生駒の方舟教会でライブを行う。
奔放な想像力が魅力の、現代を代表する物語作家いしいしんじが、筋立ても分量も、あらかじめ何も決めずに想像の赴くままに書き進めた、少年の一代記。
第4回河合隼雄物語賞受賞作。
解説・養老孟司
※この電子書籍は2015年6月に文藝春秋より刊行された単行本の文庫版を底本としています。
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Posted by ブクログ
すごく密度が濃い。きちんと、読んだ、とは到底思えない。
この小説自体がうたみたいなもので、読むというより原始的な、もっと感覚的な体験という気がする。
自分の中に感応するところが出てくるたびにかちんかちんとスイッチが入って、からだの中にぶわっと感情と記憶の波がまき起こる。タマさんのサックスみたいに。電車の中でぽろぽろ泣いてちょっと恥ずかしかった。
「全身にひびきわたる鐘みたいな」歌、音楽にそういう領域は確かにある、と思う。音楽のなすがまま意図しない心の奥の奥まで揺さぶられて、しまっていた記憶も思いも溢れてしまううた。
その深いところで、自分の現実と夢を行きつ戻りつしながら、みんながつながっていく。太古の昔より長い間、時間も距離も越えて、奇縁に引き寄せられて、わたしたちは触れたり離れたりして、大きな波に揺られていく。別にそれって不思議やファンタジーじゃない。これがわたしたちのありようなのだ、きっと。
昔部活で吹奏楽をやっていた頃、とても楽しかった合奏の後につい友達に「さっき私、あんまり楽しくて音に包まれて浮きあがってる感じがしてた」って言ったら「私も!すごかった!」と何人もに返されて、とてつもなく嬉しかったことを思い出した。うたの浅瀬だったのだろう、と今にして思う。