【感想・ネタバレ】神獣聖戦 Perfect Edition 下のレビュー

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Posted by ブクログ

 出会ったこともない物理学者・牧村孝二と心理検査士・関口真理はすでにお互いが恋人だと知っているという上巻の大部分を占める物語は、旧シリーズの短編群の世界とはチェルノブイリ原発事故の時点で分岐した別の世界らしい。そこで牧村が持っている「妄想」を記したものが、下巻に収められた既出の短編群なのである。「妄想」の世界では牧村孝二は庭師であり、関口真理はただ彼の恋人である。

 思わせぶりな用語を作り、華麗なイメージをまき散らしてその中にいくつもの物語を作り出してくという方法はなかなかに成功しているように思われる。これはいかにもコードウェイナー・スミスっぽいのだが、最初のほうで「ネコと蜘蛛とゲーム」というタイトルが使われており、作者も承知の上だ。

 上巻の書評で言及した、非対称航行、背面世界、遺伝子型空間、狂人=鏡人(M・M)と悪魔憑き(デモノマニア)の抗争、"大いなる疲労の告知者"などの他にも様々なアイディアとイメージが投入されているのは圧巻ともいえる。あらゆる遺伝子の組み合わせが繰り延べられている情報空間としての遺伝子型空間である背面世界。「反世界」「反人間」を感じ取ってしまう病気・湘南症候群、二つの相容れない現実の前で両者が量子力学的な重ね合わせの状態になっている神獣聖崩壊病に冒されていく人々。狂人=鏡人と悪魔憑きとの中立地帯で使命を帯びた現想者、時間剥製者、観淫者。“大いなる疲労の告知者”と戦う、ネコのような生き物ペガソフェラエのツァラトゥストラ。
 どうも作者はそれらをきっちりとまとめあげたかったのではないか。1980年代にはメタフィクションを導入して失敗し、今回は平行世界を導入し、最後は上巻の物理学者・牧村孝二と心理検査士・関口真理の世界の二十余年後の話を付け加える。だが所詮世界はひとつではないのだから話は収束しない。
 評者からするとイメージをばらまいてそれで終わりでいいではないかと思う。非対称航行によって生じた重力波の影響で自転が遅くなった地球上の永遠の熱い午後と闘牛、お互いほとんど接触不能な背面世界と虚空間で戦い続ける狂人=鏡人と悪魔憑き,時折垣間見える翼手竜のような狂人=鏡人の姿、水たまりから沸き立つ幻想生命体。かえって科学的な理屈づけがきちんとなされないままの、こうした超絶的なイメージが『神獣聖戦』の面目躍如なのだと思う。

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2016年02月15日

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