【感想・ネタバレ】経済数学入門の入門のレビュー

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田中久稔
1974年福岡県生まれ。1997年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学、ウィスコンシン大学マディソン校Ph.D.早稲田大学政治経済学術院助手を経て、早稲田大学政治経済学術院准教授。専攻は計量経済学、理論経済学


データを用いた実証研究が可能であるためには、経済学の理論は、明確に定義され客観的に観察可能な変数を用いて記述されなくてはなりません。「人生楽ありゃ苦もあるさ」とか、「元気があれば何でもできる」のような意味の不明瞭な命題には、どんなデータを対応させて、どんな分析をすればよいのか見当もつきません。そうではなくて、現実に計測できるさまざまな変数のあいだに明確に定義された相互関係、すなわち数式によって記述されることが、実証科学としての経済学には強く求められるのです。

史上最初に現れた数理経済学者たちの代表格はアントワーヌ・オーギュスタン・クールノーです。クールノーは1801年にフランスで生まれ、力学・数学で博士号を取得した哲学者にして数学者です。経済学の歴史においてクールノーの名前を不滅のものとしたのは、1838年に出版した偉大なる著作『富の理論の数学的原理に関する研究』( Recherches sur les principes mathématiques de la théorie des richesses) でした。

以上により、クールノーの並外れた先見性がわかっていただけたと思います。これほどの理論なのですから、当時の学界でもさぞや高い評価を得ただろうと思ったら、実際にはまったく正反対の結果となりました。人間の集まりである社会の性質を数学によって分析するクールノーの手法は当時の学界の激しい反発を招き、ほとんど人格攻撃のような批判を浴びた模様です。あらゆる面で現代経済学の先駆者であったクールノーは、数学無用論者による攻撃を受けたことでも私たちの先達であったのです。

クールノーは落胆のあまり経済学の研究からしばらく遠ざかります。やがて気を取り直して、『数学的原理』の内容を数学は使わずに書き直した本を発表したり、いろいろと努力をするのですが、最後まで学界の理解を得られないまま、1877年に没します。享年、 75 歳。

オーギュスト・ワルラスはクールノーの友人であった人物です。もともとは法律学を専門とし、経済学の研究もしていたようですが、職業的な研究者ではありません。したがって、クールノーの著作をどれだけ理解できていたかは不明です。しかし、その著作をクールノーから受け取り、それを自分の息子に渡した一事によって経済学の歴史に名を残すことになります。

オーギュストの息子レオン・ワルラスは、1834年、フランスに生まれます。長じてエコール・ポリテクニークを受験するも入学はかなわず、一浪した後に再受験したものの、よりにもよって数学で失敗、ついに第一志望を諦めて鉱業学校に入学します。しかし、勉強に身が入らずに中退。そんなレオンを見かねた父オーギュストが、他にやることがないならこれでも読めと息子に与えたのが、クールノーの『数学的原理』だったのです。その一冊が、レオンの人生と経済学の歴史を大きく変えることになるとも知らずに。

レオンはさまざまな仕事を転々としながら経済学の研究に邁進し、クールノーの仕事を受け継いで、数理経済学を土台から建設する試みを続けます。そして 36 歳にして、スイスに設立されたばかりのローザンヌ大学の経済学教授に知人のコネで就任、長きにわたったフリーター生活にピリオドを打ちました。

 レオン・ワルラスは、彼の理論を正確に記述するための道具として数学を縦横に駆使したため、同時代人の理解をただちには得られませんでした。それでも彼の著作はだんだんと読者を増やします。1909年には、研究生活 50 周年を世界中の経済学者から祝福され、ケインズやシュンペーターなど当代きっての経済学の巨人たちからも賛辞を寄せられるに至りました。その翌年、スイスの地にて没します。享年、 75 歳。

クールノーによって創始され、レオン・ワルラスによって拡大された数理経済学の基礎工事を最終的に完成させたのが、ポール・サミュエルソンです。サミュエルソンは1915年にアメリカ合衆国はインディアナ州に生まれ、 16 歳でシカゴ大学、 21 歳でハーバード大学大学院に入学します。経済学だけでなく数学や物理学も修め、理工系の学生に交じって数学の講義を受けて教授を驚かせたりするなど、さまざまな天才的逸話に彩られた華やかな人物です。大学院修了後にはマサチューセッツ工科大学(MIT)に就職し、1947年に『経済分析の基礎』( Foundations of economic analysis) を出版するや、一躍学界の寵児となります。

少し先取りになりますが、経済学では、実際のパンの取引は需要量と供給量が一致するときに実行されると考えます。需要と供給が一致しているとき、「パンの市場は均衡した」といい、このときはじめて、希望量であった需要と供給が実現します。

あなたが①に記入した金額が、あなたがパン1個(またはケーキ1個、もしくはラーメン1杯)から得る便益なのです。したがって、便益の計測単位は日本であれば「円」、アメリカであれば「米ドル」、ブータン王国であれば「ニュルタム」になります。

かのサー・アイザック・ニュートン(1642─1727) が、ペスト禍を避けて引き籠った田舎にて、 25 歳にして成し遂げた3大発見のひとつが微分積分です(あとの2つは光学と万有引力)。それから100年以上にわたり、ニュートンの後継者たちは「限りなく0に近いけれども0ではない」不思議な存在についてはあまり深く考えすぎないように努めつつ、ニュートンの微積分の力によって科学を大いに進展させてきたのです。

やがてフランス革命が始まります。王族をギロチンにかけてしまったフランス共和国は、同じように王族を戴く他のヨーロッパ諸国と敵対することになりました。それまで盛んであった学問上の交流からも仲間外れにされ、フランスは自前で科学者を育成する必要に迫られます。そこで幾人かの数学者たちによって創立されたのが、今もつづく科学教育の名門エコール・ポリテクニークです。後に、レオン・ワルラスが不合格になる大学です。

史上初めて数学科を持った大学であるエコール・ポリテクニークでは、効率的かつ厳密な数学教育を実現するために、「0に限りなく近いけれど0ではない」というオカルト的存在を用いないですむような微分法の説明の仕方があれこれと検討されました。その結果として考案されたのが、いわゆる デルタ・イプシロン論法 と呼ばれる手法です。この論法では、「0ではないけれども限りなく0に近づく数列」を導入します。そして、その数列の極限として限界量を考えます。現代の数学では、このようにして微分を厳密に定義するのです。詳細をボックス4‐2に簡単にまとめておきます。

数学というものは「唯一不変の真理」を探求するものでありますから、そのテキストは誰が書いても同じようになると思われるかもしれません。しかし実際には、小説や漫画と同じくらいに、数学のテキストにも書き手の趣味と価値観を反映したバラエティがあるものなのです。

微積分学の入門書にも、その内容には厳密な論理展開を重視するものから直観的な理解を大切にするものまで、またその書きぶりには格調高い語り口のものから親しみやすく砕けた雰囲気のものまで、じつにさまざまな性格があります。まったく同じ概念の定義でも、テキストによってさまざまなやり方があり、同じ定理の証明方法だって何通りもあるのです。

逆に、高校まではいわゆる「理系」で、数学にはある程度の自信があるという向きには、 A・C・チャン、K・ウエインライト著『現代経済学の数学基礎(上・下)』シーエーピー出版、2010年 をお薦めします。定評のある教科書で、これを読めば大学院までは数学に困ることはないでしょう。とくに下巻では、日本語のテキストの少ない動学的最適化についても説明がなされています。幅広い読者層が意識されて書かれていますので、決して難解ではありません。数学がすごく苦手というわけでないなら、ぜひ手に取ってみてください。

数学がわかるようになれば、英語のテキストも簡単に読めるようになります。とくに、海外の分厚いテキストの巻末には懇切な数学付録があり、これが経済学を知るために必要十分な知識のサマリーになっていて、なかなか便利です。世界中の大学院生が読むことになっているグローバル・スタンダードな一冊としてお薦めできるのは、 Andreu Mas-Colell, Michael Dennis Whinston, Jerry R. Green: Microeconomic Theory, Oxford University Press, 1995(通称、MWG)です。説明が丁寧で網羅的ですので、基本的なところを漏れなくおさえるのに便利です。

また本書では、学問の連続性を読者のみなさんに感じてもらうために、できるかぎり多くの経済学者のエピソードを紹介するよう心がけました。経済学史の専門家として原稿の誤りを正してくださった、早稲田大学政治経済学術院の若田部昌澄教授には深く感謝いたします。また、早稲田大学政治経済学部の瀬口伸一郎君にも、文章表現から計算ミスに至る大小無数の誤りを指摘していただきました。それでも残っている誤りについては、すべて筆者の責任に帰するものです。

本書は分量も解説も薄い入門の入門です。じつにささやかな一冊ではありますが、それでも、クールノーから現在に至る数理経済学の歴史と、そしてそれを受け継いできた師から弟子への無数のリレーが生み出した一冊でもあります。そのリレーに関わったすべての方々に心からの謝辞を述べ、筆をおきたく思います。

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2024年01月11日

Posted by ブクログ

タイトル通り経済数学の超入門書。経済学の本を読む時に数式が出てくるとついつい飛ばしがちでしたが、"入門の入門"という言葉に惹かれ淡い期待を抱きつつ臨んだものの、やはり難しかったというのが第一印象です。そもそも文系なのですが志望校の2次試験で数学があって微分はそれなりにやったし私大の選択科目はだいたい数学を選んだし、大学でも般教の中でも法学部ではマイナーな数学を履修したくらいなのですが、やはりブランクは大きかったですね。むしろ、それぞれの「ボックス」にある説明をもっと丁寧に細かくされた方が良かったかもしれないので、巻末の読書案内でチャレンジしてみます。ただ、経済学の中でもどういう目的でどういう計算をするのか手続のイメージはしやすく工夫されているので、これから広く計量経済学を極めようとする学生さんの手引きとしてはよいかなと思います。

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2018年06月05日

Posted by ブクログ

分かりやすく読みやすく、かつ経済分野での数学の使われ方をざっくり知るのにちょうど良かった。これまで通信や信号処理、AI、最適化で触れてきた数学にも広く接しつつ、それらでは扱われなかった高度な数学も使われていることが興味深かった。

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2023年11月02日

Posted by ブクログ

経済学の中でどのように数学が使われているのか、どのような数学を学んでいく必要があるのかのガイドブック。数学の中身にはそこまで突っ込まないけど、イメージを掴むことが出来ると思う。自分が大学入った頃にこういう本があったら良かったなと思う。個人的には、動的計画法をもう一度しっかりやり直したい。あとは、本書の対象外だけど、数値計算。

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2020年06月27日

Posted by ブクログ

経済数学の世界を垣間見せてくれる。昔読んだ経済学の本では需要供給曲線ぐらいしか知らなかったが、現在の経済学には数学の知識が必須なんだな。

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2018年10月19日

Posted by ブクログ

本当にわかりやすいかどうかは何とも言えないところもあるが、確かにユニークな観点で経済数学を取り上げているのは確かである。
数学を学びたいと思わせる気持ちは喚起させられる。
この辺りのテクニックは見習わないといけないな。

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2018年06月17日

Posted by ブクログ

理論分析と実証分析。計量経済学。経済データの整備で主流は実証分析にシフトした。
クールノー「数学的原理」
サミュエルソン「経済分析の基礎」新古典派的総合
デルタ・イプシロン論法。

限界便益=価格になったとき、無差別となる。

一階の条件=最大または最小。
二階の条件=二階微分が負なら極大を示す。
テイラー展開=高次の多項式を近似で二次関数で置き換える。

効用関数=コブダクラス型効用関数、代替弾力性一定型効用関数、レオンティエフ型効用関数。便益関数と同じ。
限界効用は偏微分を使う。

多変数関数の最大化。予算制約の中で。ほとんどの問題は制約付き最適化問題。ラグランジュの未定乗数決定法を使う。
効用関数+λ×(所得ー支出額)

一般均衡=n種類の財と供給量と需要の関係を表す

生産の3要素=技術水準、労働投入量、資本。
資本はお金ではなく社会資本。貯蓄が資本に回って社会的資本が増大する。
ソローの成長モデル=差分方程式で表す。
ソローモデルで漸化式で、いつかは定常状態になる。

最適成長論=ソローモデルで貯蓄率をどうきめるか。

最適停問題=ギャンブルからいつ降りるか、という確率理論。
ベルマン方程式=関数方程式=両辺に未知の変数を含むもの。適当な初期値を設定して計算機で繰り返し代入して計算する。

尾山大輔・安田洋祐著「改訂版経済学で出る数学 高校数学からキチンと攻める」
ACチャン「現代経済学の数学基礎」
西村和夫著「ミクロ経済学」

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2018年06月12日

Posted by ブクログ

経済学に興味があるけれどどこから手をつければいいか分からない人が、最初に読むのに最適な一冊ですね。「微分、偏微分、最適化問題、差分方程式、動的計画法など、経済学に登場する様々な数学に出会います。特に、経済数学では最も重要なテーマである最適化問題が中心的なトピックになります」

この本だけでは足りないので、この次の本は、経済学の本ではなくてもう少し本格的な「経済数学」の本を読むのがいいと思います。結果的にその方が近道だと思います。

第7章で「ポントリャーギンの最大値原理」や「オイラー方程式」、第8章で「ハミルトン・ヤコビ・ベルマン方程式」まで取り上げています。

「このように、現代的なマクロ経済学には物理学の分析手法が多く現れますが、これはどちらの学問領域も、目的関数を最適化しつつ時間とともに変動する変数の動きを追跡する学問であるから自然なことです。物理学とマクロ経済学の違いを挙げるなら、物理学の分析対象は過去から未来へ流れる時間のなかで活動しているのに対して、マクロ経済学の分析対象は未来を予想して現在の動きを決める、逆行した時間のなかで意思決定を行うことです。この点で、マクロ経済学のほうが物理学よりも「難しい」問題を解いていると言えます」

最後に読書案内がまとめてあります。入門レベルのテキストとしては次の三冊を紹介。

『改訂版 経済学で出る数学: 高校数学からきちんと攻める』尾山、安田[2013]

『経済数学入門 初歩から一歩ずつ』丹野[2017]

『現代経済学の数学基礎〈上・下〉』チャン、ウエインライト[2010]

本格的なテキストとして

『経済数学教室(全9巻)』小山[2010]

経済学の教科書としては

『ミクロ経済学』西村[1990]

グローバル・スタンダードとして
"Microeconomic Theory" Mas-Colell, Whinston, Green [1995]

"Microeconomic Analysis" Varian[1992]

などを紹介している。

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2018年03月03日

Posted by ブクログ

経済学で使われる数学についての入門書です。

著者は「はじめに」で、「本書は、通常の「経済数学入門」ではなくて、「読者が経済数学に入門する気になる勧誘広告」みたいな本」だと述べています。数式が登場するのは、ほぼすべてコラムの囲み記事だけにほぼ限定されており、本文は縦書きの文章で説明がなされています。

本書のねらいは、経済数学を学ぶことではなく、経済数学を学ぶことへと読者をさそうといってよいのでしょう。経済学を学ぼうとしている読者で、数学を前にして躊躇しているひとの苦手意識を引き下げることに焦点をあてるという著者のもくろみは、おもしろいと思いました。ただ、いくつかの数学的な概念について直感的な説明をおこなうことが、「経済数学入門の入門」というタイトルの本にふさわしいのかということについては、ちょっと疑問も感じます。

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2020年08月07日

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