【感想・ネタバレ】日曜は憧れの国のレビュー

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Posted by ブクログ

ネタバレ

 カルチャーセンターを舞台として,性格も学校も違う暮志田千鶴,先崎桃,神原真紀,三方公子つという4人の女子中学生がちょっとした謎に遭遇する日常の謎系ミステリ。謎ときだけでなく,4人の少女がうちに秘める悩みなども描かれる青春ミステリとなっている。
 まずは5つの短編の内容を見て,全体を総括したい。
レフトオーバーズ
 千鶴達4人が四谷にあるカルチャーセンターの料理教室で出会うところから,その料理教室で起こった3万円の現金の盗難事件が描かれる。料理教室での料理はカレー。料理教室の講師は旗手優という料理人。お店を潰してしまった彼は,新しい店を開く資金を稼ぐために料理教室の講師をしているという。講義は,食材をドラフト形式で選ぶという,ちょっと変わった形式で行われる。各グループに自由にカレーを作らせて,美味しければ褒めて,イマイチだったら手を加えて美味しくするという講義のやり方は好評。しかし,その最中,主婦世代グループと高校生グループでちょっとしたいさかいが起こる。そして,主婦グループの1人の財布から3万円がなくなり,その財布が千鶴達のグループの机の下から見つかる。
 色々な検討の末,千鶴達は,高校生グループが腹いせに主婦グループから現金を奪い,千鶴達のグループに罪をなすりつけようとしていたと推理する。場を沈めるために自腹を切って3万円を払った旗手に,高校生グループが謝罪して3万円を返していた場面を見たことから,千鶴達は自分たちの推理が合っていたのではないかとかんがえる。
 この話のヒロインは千鶴。千鶴は,引っ込み思案のことなかれ主義の自分が,自分だけが疑われないような言動をしていたことで自己嫌悪に陥る。最後は桃の提案で,また4人は,このカルチャーセンターで同じ講義を受けることにする。
◯ 一歩千金二歩厳禁
 4人が2つ目に選んだ講義は,将棋。講師は元プロ棋士の恩田敬一で,恩田は講師をしている将棋部の高校生と孫の駒子を連れてくる。将棋部員や講師を大局したり,将棋部員を参加させながら仲間内で対戦するという形での講義を行う。
 この作品は,主に先崎桃の視点で描かれる。レフトオーバーズでは千鶴が,事なかれ主義で引っ込み思案。自己中心的な性格であることに向き合うということが描かれる。これに対し,この2作めでは,先崎桃が,周囲のことを考え,気を使っているつもりで,近視眼的にしか物事を考えることができていないという事実に向き合うということが描かれる。
 ミステリとしては,1作目より趣向が凝らされている。桃達4人と多面刺しをする小学生の駒子との対戦でズルをしようとする桃の様子が倒叙的に描かれる。更に,ズルをしているのだから,当然勝とうとしているのだろうという思い込みを突いてくる。桃はズルをして負けようとしていたのだ。ここが叙述トリックになっている。
 桃のズルは氷を使って湯飲みが置いてあるトレイを落とし,音が鳴り,意識がその音に行っているスキに歩を置いて,二歩で負けようとするもの。このトリックに成功するが,駒子は泣き出してしまう。桃の気遣いは,かえって駒子を傷付けていた。
 千鶴が感じている悩みもそうだったが,桃が感じている悩みも,誰もが持っている悩みのように思える。身近に感じられる悩みと推理小説的な技巧。1作目に比べると短編としての完成度は高い。
◯ 維新伝心
 4人が受ける3つ目の講義は日本史の講義。この講義を選んだのは桃。ポスターを見て,面白そうな講義だと思って選ぶ。しかし,実際の講義は実直ではあるが面白みのない江戸幕府の成立から崩壊までの話。話の途中で講師の因幡は倒れてしまう。
 4人は途中で終わってしまった講義で,講師の因幡が何を話すつもりだったかを推理する。3作目真紀の視点で描かれる。真紀は要領よく,ゲーム感覚で人生を過ごしている。しかし,もっと地道に努力をして教養を高めていく必要があるのではないか。一緒に講義を受けている公子のように。そんな悩みに向かい合うことになる。
 この話では,ミステリ的な趣向は薄い。むしろカルチャーセンターの在り方について描かれる。生涯学習という観点から各地に開かれることになったカルチャーセンター。しかし,今はインターネットがあるから,その気になれば結論だけなら誰でも簡単に調べることができる。自分一人で何かを学ぶことができる。これからカルチャーセンターはどうあるべきか。日本史の講師の因幡は、このカルチャーセンターの元理事だった。今の理事である清澄は,短期的に利益を上げる施作をしているが,本当にカルチャーセンターの未来を考えているのか。カルチャーセンターと江戸幕府を重ね合わせ,あえて清澄が作ったポスターとは違う,実直な講義をするつもりだった。
 好きで選んでる道を進んでいるつもりが袋小路に進んでいる。そんな不幸にならないようにどうすればいいか。真紀の悩みも共感する人が多そう。とはいえ,ミステリとしては非常に弱い。単なる青春小説みたいになっている。
◯ 幾度もリグレット
 4にんが4つ目に選んだ講義は小説講座。公子が選んでいた。講師は奥石衣という純文学出身でファンタジー小説も書いていた女流作家。公子は奥石のファンだった。
 小説講座のテーマがそのままこの作品のミステリとテーマとなっている。それは,奥石が用意した小説の続きを書くこと。その小説は芸術家になりたかった木こりの話で,まるで奥石自身を木こりに置き換えたような話だった。
 講義で与えられた課題は小説の続きを書くこと。そして,それは奥石衣へのメッセージにもなる。公子はそう考える。
 桃,真紀,千鶴は課題を提出するが,公子は提出できなかった。そして,千鶴の作品が奥石から絶賛される。千鶴の作品は,次に何をするかをいうのではなく,ただ,次があると言っていただけ。それで救われたと。
 この作品のヒロインは公子。落ちこぼれたことがなく,悩みがない公子。今回は課題はていしゅつできなかったが,なかなかこの公子に感情移入できる人は少ないだろう。小説を書くということは送ってきた人生を問われるのと同じ。この先の人生にどんなに不本位なことが待ち受けていたとしても,小説のためなら堪えらえれる気がする。公子のそんな決意で終わる。
 これは完全無欠に見える公子に,千鶴が勝つことで,読者にカタルシスを与えようとしている作品にも思えるけど,あまり感情移入できなかった。やや説教臭い点もマイナス。読者が高校生くらいだったら得るものもあるのかな。永年社会人やってると,小説でそんな現実を突きつけなくてもよい気がする。ほとんどの人間はどこかで自分の限界を知って挫折して,まぁ,そこからだから。
 ミステリとしてはそこまででもない。トータルでは若いときに読むべき作品という評価で。
◯ いきなりは描けない
 最後の話は,助けてという文字が書かれた写生画が飛んできて,その写生画を描いた人を探すために,4人が協力するという話。千鶴は気象予報士の講座を受け,桃はペーパークラフトの講座を受ける。真紀はスケッチ講座を受け,スケッチを紙飛行機にして飛ばした人がいるたわーまんしょんを突き止める。
 小説講座の一件で,勉強ができるくらいではどうにもならないと感じていた公子だが,公子は部屋を突き止め,千鶴と部屋に向かう。その部屋で阿久津智恵という美術大学を受験している浪人生に出会い公子はチケットを智恵に渡す。
 短編集のラストとして,4人がそれなりに活躍をして,謎を解いて大団円。ただ,絵画を描いて紙飛行機にして飛ばした人はどこにいるのかという謎はそれなりに魅力的だし,解放に至る過程でカルチャーセンターを使うという展開も悪くない。ただ,ミステリとしては解決までの過程が弱く感じる。結果だけを示されているだけ,だからか。
 筆者は,公子寄りの人物だったのかもしれない。あとの3人は読者寄りだが,公子だけは読者にあまりいないイメージの存在。その人物に最後,スポットを当てる感じになっている。千鶴も活躍するが,千鶴と公子に比べ,桃と真紀の存在感が薄い。
◯ 総括
 ストーリーテラーとしての円居挽の魅力は発揮されている。しかし,本格ミステリ作家としての円居挽の魅力はあまり感じられない。せいぜい,一歩千金二歩厳禁くらいだ。4人の少女とその悩みもおおむね共感できるのだが公子だけが…。こんな出来る子に共感できる人は少ないと思うが,そこにスポットを当て過ぎているように感じる。
 トータルで見て,円居挽の話作りの旨さを充分に感じることができるデキに仕上がっている。しかし,その程度。ミステリとしては弱いし,ちょっと説教くさいところも割引き。円居挽の文体が好きなので雰囲気も好きなのだが,傑作まではもう一歩という感じ。

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2020年08月17日

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