あらすじ
幕末の尊王攘夷運動を主唱し、維新に大きな影響を与えた吉田松陰。失敗を繰り返し、太く短く終えたその生涯で、いかなる思想を抱いていたのか。膨大な書簡や意見書、著書を丹念に読み解くことで浮かび上がってきたのは、決して偏狭な原理主義者などではなく、海外の情勢に通じ、開かれた国際秩序像を持つ一個の思想家の姿だった。度重なる挫折にめげず、いかに「日本」を発見し、世界における我が国の自己像を獲得するに至ったか。その歩みを追い、「蹉跌の人」の実像に迫る。
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Posted by ブクログ
吉田松陰の思想の変遷過程を解説している本です。
平戸への遊学に出る前の松陰は、西洋の実態を知らず、伝統的な兵学思想を墨守する立場に立っていましたが、遊学後にはそうした態度をあらためたと著者は述べています。しかし、そこで松陰は「なにから」守るのか、という他者像を獲得したものの、「なにを、なんのために」守るのかという自己像については、いまだ鮮明な理解をもっていなかったと著者は指摘します。そして、松陰が「日本」という自己像をどのように獲得していったのかという経緯が、彼の思想と行動の検討を通じて明らかにされていきます。
本書では、松陰が水戸学者との交流を通じて「皇国」の自覚に到達し、守るべき「日本」を発見したことが論じられています。ただしその「日本」は、国家間の対等な関係のなかに位置づけられるべきものであり、そのような観点から日本一国の独立を達成することが、松陰にとって「攘夷」でした。
さらに著者は、晩年の松陰が水戸学よりも国学に依拠する立場に立っていたことを指摘します。そして、松陰が「攘夷」から「尊王」へと足場を移していったことについて、それがたんなる「政治的リアリズム」の喪失を意味するのではなく、諸国家の相互関係を踏まえたうえで、日本に足場を置く者としての立場から、日本の「国体」を語る立場に立っていたのではないかと論じられています。
松陰の「日本」像が、彼の思想と行動の展開を通して形成されていったことが明らかにされており、興味深く読むことができました。