あらすじ
日本でも知られる端午節・七夕・冬至節や、清明節や送竈節などの中国の伝統的な年中行事について、歴史的な視点から辿る名著の復刊。
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Posted by ブクログ
・私は中国の年中行事をほとんど知らない。漢詩によくある重陽の節句ぐらゐは知つてゐるが、なぜ山に登るのか、登ることになつたのかまでは知らない。 中国ではさういふことをしてゐたと漢詩から知るだけである。中村喬「中国の年中行事」(平凡社ライブラリー)はなぜ重陽に山に登るのかを教へてくれる。それらしい書を見ればこれは説明されてゐるはずである。しかし、私にはさういふ書を見る機会がない。本書はなぜさういふことが行はれるやうになつたかまで説明する。伝説ではあるが、祓禳(フツジョウ、神仏に祈つての祓ひ浄めである)が本来の目的であつたらしい。農期の終わりの祓禳行為が重陽に集約されてゐるのだといふ。従つて山に登る、正確には登高、高所に登るのもまた、祓禳であつた。禊ぎの場である水辺同様、高所にも浄化作用があつた。それゆゑに高いところに登つたらしい。そして、そこから遠くを望むのである。かくして祓禳が行はれたのだが、後にはその意味が忘れられてその登高遠望だけが残つた。かういふのは日本でもよくあることで、時間がたつと本来の意味が失はれていく。私が知つてゐるのは、その祓禳が失はれて、いはば観光化した重陽の登高であつたらしい。 では菊は菊見のためかといふと、必ずしもさうではないらしい。「菊花は不老延年の効力をもつ。」(187頁)がゆゑに重陽の節物となつた。菊を浮かべて酒を飲むのは「輔体延年」(189頁)のためであつた。このやうに、重陽は私の知る重陽、漢文の 教科書的重陽とはいささか趣を異にするのもであつたらしい。しかし、その本来の意味を知らうとすればかなり遡らなければならず、これは素人にはとてもできない相談である。本書のやうに、その行事にまつはる様々なことを説明してある書はありがたい。七夕、七月七日を乞巧奠といふ。日本の宮中の行事にもあり、冷泉家では現在も行ふといふ。単純な織女と牽牛のお祀りではない。そもそも乞巧とは何か。私はこれを飛ばして乞巧奠=七夕と理解してゐた。七夕の夜、「婦女たちはその仕事である機織針縫上達を願って『乞巧』という行事を行なった。」(148頁)以下、これについての詳しい説明が続く。日本の古典文学をやつてゐる人には本当に有り難いことであらう。日本と同じやうで違ふ、中国の年中行事をこのやうに解説した本書は、「広大にして長大な中国の文献を渉猟した、いまなお参照すべき名著」(276頁、新谷尚紀「解説」)だといふことになる。
・ただし、個人的には違和感を持つことがあつた。表記である。上記乞巧奠の引用中、「行なった」とある。これ、普通は行つたと書く。ハ行四段活用であるから「な」を送る必要はない。「な」は語幹の一部、語幹は送らない、これが原則である。正月十五日の行事中に「はたして後ちその言葉どうりとなった」(24頁)とある。「後ち」の「ち」は普通は送らない。「言葉どうり」は普通は「どおり」である。それが所謂現代仮名遣いの原則であらう。試みに「後ち」を検索したら「あとち(跡地)」が出てきた。つまりPC、AIでは別の語として認識されるらしい。「どうり」で検索すると道理が出てくる。別の語である。かういふのはよくあるまちがひの仮名遣ひである。この人にはこの人なりの考へがあつて使つてゐるのであらうが、やはり私には違和感がある。PC、AIの世界ではより厳格である。これが通るのは筆者が一流の学者だからであらうか。それとも、それとは無関係に、筆者がこれで押し通したのであらうか。これ以外の語はなささうだが、私が気づかなかつただけかもしれない。語例も少ない。それでも私には気になるのであつた。