あらすじ
大学進学において、生まれ育った地域、性別、通っている高校、保護者の学歴など、特に多くの壁=社会的諸条件を乗り越えなければならないのが「地方女子」。個人の努力や意志の問題に矮小化すると、「壁を乗り越えられないのは自己責任」という重荷を子どもたちに背負わせかねず、「地方女子」を呪縛にしてしまう。選択の背景にある「当たり前」はどのようにつくられているのか――。本書では「地方女子」の置かれた現状を教育、制度、経済、社会意識、ジェンダーなど多角的な視点から分析し問う。
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Posted by ブクログ
『大学進学において、生まれ育った地域、性別、通っている高校、保護者の学歴など、特に多くの壁=社会的諸条件を乗り越えなければならないのが「地方女子」。個人の努力や意志の問題に矮小化すると、「壁を乗り越えられないのは自己責任」という重荷を子どもたちに背負わせかねず、「地方女子」を呪縛にしてしまう。選択の背景にある「当たり前」はどのようにつくられているのかーー。本書では「地方女子」の置かれた現状を教育、制度、経済、社会意識、ジェンダーなど多角的な視点から分析し問う。』
地方が悪いとか女子の置かれた環境が悪いとかそういう話に片付けず、「大学進学しないと安心して暮らせないと思わされる社会」への問題提起だった。
アファーマティブアクションは自己責任の論調を強めるだけという意見には賛成。
女子は算数理科が不得意とはいえない成績だったとしても苦手意識を持つ・理系を選びづらいという話、
個人の体験として、たとえ算数の偏差値が60で世間標準より上位であっても、国語と社会が65だったら"自分の中で"より得意なのは文系という意識を持つし、選択する。
個々の成績だけみて「理系にも行けるのに!」と言われるのはちょっと心外なんだよな〜と思ったことがあるのを思い出した。
大卒家庭に生まれて当然のように大卒になった身としては、
高卒家庭では大学進学が当然ではないし、職業と紐づけて大学進学を検討する・子供の選択として進学をえらんだのであれば、費用負担は子どもにも負ってもらおう→奨学金の利用を想定しやすい という発想に心底驚いた。子供が負うのも自然、と考える親がいるんだ…………
職業と進学を紐づけるがゆえに、大学へ進むよりも早く「なりたい職業」に就くことができ、早く収入を得ることができる短大や専門学校が合理的な選択となり得る、という帰結にも納得した。