あらすじ
2022年、この世を去った稀代のプロレスラー・アントニオ猪木。猪木は常に「対世間」を掲げ、プロレスというジャンルに市民権を与えようと、文字通り、格闘してきた。他のプロスポーツのように一般紙が報道することもなく、アマスポーツのように五輪があるわけでもない。格闘技でもスポーツでもないこのプロレスの魅力を世間に訴えてきたその言動は、一介のスポーツ選手のそれとは違う、謎をまとっていた。我々、プロレスファンは、猪木から何を学び取ってきたのか。ベストセラー『教養としてのプロレス』に続く、新たなる”思想書”。
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Posted by ブクログ
世にはびこる「教養としての~~~」とは異なる。
読み手、書き手ともに猪木を理解するには教養がないと話にならないよ、って本。
著者PKの世界全開。
Posted by ブクログ
プロレスとは哲学。そういったことがおぼろげながら理解できたような、できないような…
プロレスという哲学を学ぶため、プロレス史を1から学びたくなった
Posted by ブクログ
書名は狙って「教養としての」と付けたのだろう。
おそらく反応が違うのだ。
では中身が伴わないかと言うとそうでもない。ア
ントニオ猪木の生き様、その「ストロングスタイ
ル」を貫いた人生を考察しています。
つまりノンフィクションに近い訳で、それを「教
養としての」と表現したと思えます。
果たして、アントニオ猪木とは何者であったので
あろうか。
一人のプロレスラーの枠に収まらない、破天荒と
も言える人生をこの本では一言であ表しています。
「遠くから見ているから魅力的だった」
一緒に生活していた近くの人たちは、猪木氏に振
り回されて大変だったろう、という結論に行き着
いています。
稀代のエンターテイナーであったアントニオ猪木
の全てが分かる一冊です。
Posted by ブクログ
面白かった。
ドンピシャすぎて、
ほとんどが知っている話だったが、
それでも面白かった。
特に馳知事の話は痛快でした。
アントニオ、スケールが違い過ぎます。
タイトルだけ違和感ですね。
キャッチーなタイトルなんだろうけど、
別に教養は求めてないかな。
Posted by ブクログ
新聞を複数紙比べて読み解くという時事ネタ芸人が、猪木愛・プロレス愛を余す所なく語る。関係者や、政治、時代背景なども織り込んでいる。プロレスに繋げての話題だからかいずれも重くなりすぎない適度なエンタメ要素を含んでいて面白く読める。
プロレスというと馴染のない人からは八百長だ、あれはショーだと軽く見られがちだ。それに抗うようにひたすら「怒り」を観客と共有していった猪木の生き様を清濁併せ呑む形で思い入れたっぷりに語っている。
本書を読んでいて、プロレスというスポーツ(と呼んで良いものか)の特殊性を思った。その答えのようなものを本書で得た。好きな人にとっては、格闘技やショーを超えた「熱くさせてくれるもの」であり、リングの上だけでなく成功も失敗も全て人生をプロレスに捧げた猪木の生き様はそれ自体がプロレスそのものの姿なのだと。
小学生の頃は金曜夜8時にテレビの前にかじりついて夢中になっていたことを懐かしく思い出しながら読めた。
Posted by ブクログ
この本の題名は本来『プチ鹿島の教養としてのアントニオ猪木』となっているべきで、著者にとってアントニオ猪木やその取り巻く全てを見て聞いて感じて考えたことが自分だけの世の中やモノに対する見方や思考を獲得することになり著者の教養と呼ぶべき要素の一部になったのだ、ということをデータやインタビュー等引用と共にまとめた一冊だと正しく理解しないと危ない。でないと誤解してこれもいわゆる教養本の類だと十把一絡げに捉えて全く的外れな批評する無教養な奴が出てくる。まあそれほどに魅力的な内容の良書だと思った。
Posted by ブクログ
「アントニオ猪木とは何だったのか」。多くのプロレスファンが散々語ってきたテーゼ。この書はそれを最も端的且つ的確に、それも分かりやすく解説している。
最終章とあとがきは、本書のまとめとしてかなり優秀な内容と構成になっている。新間寿の相変わらずの「愛憎」ぶりの不思議さを、あらためて分析している。ここでわかったのは、「プロレスは勧善懲悪だ」という理論が間違っていたことだ。この理論は力道山時代や、ジャイアント馬場がメインイベンターだった頃まではそのとおりだったのかもしれない。そしてこれを越えていったのがアントニオ猪木だったということだ。プロレスにはベビーフェイス(善)とヒール(悪)がある。これらは絶対ではなく、しばしばヒールターン、ベビーターンが起こる。つまり「今日の友は明日の敵」「昨日の敵は今日の友」である。猪木は新日本プロレスでこれを実践し、且つ「正義の中の悪」「不正の中の善」という細部にまで落としこんだと言える。新間との関係性を見ると、まさにこのことをプロレス試合の外、社会や生活でまで実践していたのだと思う。その意味で新間は「猪木と最も手の合ったレスラー」だったのだ。
あらためて実感するのは、プロレスとは「勧善懲悪」ではなく、「この世界は、完全な善も、許されることはない悪も見つけられない、不確かな状態で動いている」ということを解説してくれる場所なのだ。
有田芳生は議員時代猪木と酒を飲んだことがある。その時猪木は注射(インスリン)をしながら酒を飲んでいた。284
『1976年のアントニオ猪木』のタイガー・ジェット・シンとの死闘の描写は、ラブシーンの描写にしか思えなかった189