【感想・ネタバレ】「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえのレビュー

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ネタバレ

「させていただく」の使い方
~日本語と敬語のゆくえ~

著者:椎名美智(法政大学文学部英文学科教授)
発行:2022年1月10日
角川新書

「今日限り、仕事を辞めさせていただきます」と文字で書かれると、今はニュアンスが分からない。例えば、日本語には本来ない「!」をつけて、「仕事を辞めさせていただきます!」とすると、言い争いでもして、怒って辞めてやると啖呵を切ったニュアンスが伝わるし、「仕事を辞めさせていただきます・・・」となると、逆に重大なミスでもして責任取って辞職する雰囲気にとれる。

「させていただく」は、「させる」という使役動詞に、「いただく」という謙譲語が引っ付いた言葉。だから、本来なら「家庭の事情を話してお願いしたところ、(理解を得られたので)今日限りで仕事を辞めさせていただきます」という使い方になるようにも思える。だけど、今、そんな使い方をする人は極めて少ない。
本来の使い方からすると、「辞めさせていただきます!」は、辞めていいか悪いかの権限者の許可なしに勝手に辞めるなど言語道断だ!といいうことになる。

著者は、「させて」+「いただきます」は、今や「させていただきます」の一語となり、使役動詞の謙譲形ではなく、自分自身の姿を見せる「丁重語」(もっと言うと「新・丁重語」)になっていると分析している。僕も以前からそう考えている。だが、勉強不足でマニュアル化したものだけを教える「敬語講師」の類はそう考えない。困ったものだ。

著者は言語学者。言語学者は言語の観察者であるが言語の番人ではない。「敬語講師」と違って番人づらしない。過去、そして今、どういうように使っているのか、どう変化してきたか、また変化しようとしているかを、科学的に分析する。
なぜ昨今、こんなにまで「させていただく」が多用され、一方で嫌われているのか。著者は「させていただく」が含まれた10の文例を幅広い年齢層に読ませ、5段階の印象で答えさせて多変量解析を行い、調査、分析した。すると、驚くべき事実が判明したのである。

文化庁「敬語の指針」(2007)で、「させていただく」は①相手や第三者の許可を受ける「許可(使役)」、②それで恩恵を受ける事実や気持ちがある「恩恵」が適切な使用条件だとしている。ところが調査分析(多変量解析)の結果、「使役性」が及ぼす効果は2番目だった。「恩恵性」については、なんと有意な効果を及ぼさないという結果が出た。そして、一番強い効果を及ぼすのは「必須性」であることが判明した。

「必須性」とは、相手がいるかどうかということ。相手がいないのに「○○させていただく」という言い方はおかしい、違和感があるという結果が出た。例えば、「この春、学校を卒業させていただきました」。卒業は単位を取れば自然に成立するものなので、その行為に相手はいない。こういう使い方に一番の違和感を持つことが判明したのだ。

次に違和感があるのが「使役性」がない「させていただく」。それに対し、「恩恵性」はあってもなくてもどっちでもいい。影響しない。つまり、2007年の文化庁の「敬語の指針」の基準は今や通じないことが判明したのだ。だから、「させていただきます」は、相手に向けられた謙譲語というより「丁重語」になりつつある。「新・丁重語」と言ってもいい。「させて」「いただく」の連語ではなく、「させていただく」とワンフレーズ化している。

ここで敬語の分類について、復習。
上記と同じ2007年「敬語の指針」において、敬語は5分類となった(旧分類は3)。尊敬語、謙譲語、丁寧語、丁重語、美化語。
謙譲語が謙譲語と丁重語に分けられた。自分の行為をへりくだる点は同じだが、謙譲語は自分の行為を受ける相手に敬意が向かうのに対し、丁重語は自分がへりくだるだけで行為は相手に向かわない。「先生のところに伺います」は謙譲語、「これから京都に参ります」が丁重語。
美化語は丁寧語から分かれたもので、「お肌」「おビール」「お勉強する」「お料理する」など。

「させていただきます」は相手を立てる謙譲語から、ワンフレーズ化して(相手に向けられず)自分自身の態度などを示す丁重語(新・丁重語)になっている、というわけである。理解できる。

この本では、なぜ「させていただきます」が多用されるようになったのかも分析している。この言い方が出て来たのは150年ほど前。多用され始めたのがその120年後の1990年代。理由の一つに、敬意漸減(ぜんげん)を上げる。敬意逓減とも言う。敬語は使っている内に敬意の感覚が段々減ってくる。すると、別の敬語を加える。「敬意のインフレーション」が起きる。そのせいもあるとのこと。

また、これも統計手法を使った分析により、昔は「させてくださる」が多く、今は「させていただく」を使うことが多いことも判明させた。「させてくださる」が使われなくなったのは、主語が「あなた」のため敬意がすり減りやすい性質を持っていて、敬意漸減となった。「させていただく」がいま果たしているような、対話者間の距離を微妙に調整する機能を持っていない。「させてくださる」→「させていただく」への変化は、相手に対する敬意から自分をよく見せる丁重さ、敬意から品行への変化ではないか、そんな日本人の意識の変化も含めた分析を行っている。

なお、「させていただきます」は関西発祥だという説があるらしい。近江商人が全国に広めた。その一方で、東京の山の手言葉として古くから存在したという記述もあるらしい。


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「させていただく」は1871年の三遊亭圓朝の落語『菊模様皿山奇談』で使われていて、約150年前に使われ始めたようだが、使用増加はそれから120年後の1990年代。

「マスクを寄付させていただきました」
話し手が上に立つ上下関係ができそうな気まずい場面で、下に降ろしてくれるマジックワードかもしれない。

「ハッキリ言わせていただきます!」
強い意志を示す一方的な行為の宣言としての使い方。
昔から使われている慣用句として「実家に帰らせていただきます」。サザエさんでは1968年、1957年にも使われている。
「警察へ通報させていただきました」も「通報した」より強硬手段の力強さが出る。

「やりもらい」を示す動詞は授受動詞という。使い方は二種類で、実際にものなどが移動する「本動詞」(プレゼントをもらったなど)、「て/で」を前につけて「てもらう」(貸してもらうなど)という形にする「補助動詞」。
やりもらいの動詞は、「やる・あげる・さしあげる/くれる・くださる/もらう・いただく」の三系列七語。

サザエさん全45巻(1946~1974年)を調べたところ、モラウ系授受動詞は本動詞での使用は多いが補助動詞用法は少なく、クレル系の授受動詞は本動詞での使用は少ないのに補助動詞用法が多い。つまり、75~45年前には「いただく」より「くださる」の方が補助動詞としてよく使われていた。90年代から使用が高まった「させていただく」はブレイクの兆しもない。

「させていただく」は関西起源で、昭和30年代に東京でも使われるようになったという説がある。一向宗の信者であった近江商人が行商しながら全国に広めたという説もある(司馬遼太郎「街道を行く24」)。
だが、文学作品では明治・大正時代から東京でも「山の手ことば」として普通に使われていた。磯野家は関西でもなく、山の手でもないので使わないのも理由の一つか。

『舟を編む』のモデルの一人と言われる国語事典編纂者の飯間浩明氏は数少ない「させていただく」の擁護派。
「帰る・使う・参加する・変更する」などのように、「お~する」で謙譲語が作れない場合があり、これは「敬語の欠陥」である。そんなときに「帰らせていただく」「参加させていただく」など「させていただく」でへりくだれる。特効薬。ただし、三つの使用上の注意がある。
①謙譲形のある動詞は、それを使うこと
②へりくだる必要のないところで使わないこと
③なるべく繰り返しを避けること

現在は敬語が5分類。尊敬語、謙譲語、丁寧語、丁重語、美化語。
謙譲語が謙譲語と丁重語に分けられた。自分の行為をへりくだる点は同じだが、謙譲語は自分の行為を受ける相手に敬意が向かうが、丁重語は自分がへりくだるだけで行為は相手に向かわない。「先生のところに伺います」は謙譲語、「これから京都に参ります」が丁重語。

美化語は丁寧語から分かれたもので、「お肌」「おビール」「お勉強する」「お料理する」など。

現代社会は固定的な身分などの上下関係はなく、基本的に平等だとされている。そういうフラットな社会では、身分社会で有効だった尊敬語、謙譲語、丁寧語といった伝統的な敬語ではなく、丁重語や美化語が役に立つ。相手が誰であれ、自分の丁寧さが示せるから。それに加え、その場その場の関係性の中で丁寧さを示すことができるのが「させていただく」のような補助動詞として使われた授受動詞。

「敬意漸減(ぜんげん)の法則」(敬意逓減とも)
敬語を使っているうちに敬意が少しずつすり減っていく現象。相手が自分と同レベルかそれ以下に下がっていく方向と、自分のへりくだり具合が減って尊大化し偉そうに聞こえる様になる方向の2方向がある。どんな言葉も逃れられない。例えば、「貴様」と「俺」が同等に。「司会をいたします」の「いたす」(丁重語)が今や格式張ったいい方に。

その結果、敬意のインフレーションが起きる。授受動詞のヤル系に「てあげる」と「てさしあげる」の2つある。他の補助動詞は一つ。2つ出て来た背景には「やる」側の尊大化がある。「あげる」が敬意不足になって「さしあげる」になる。

敬意のインフレーションは江戸時代から明治になったとき、戦中から戦後になったときに起きた。社会構造の変化が動因だろう。19世紀の中頃に「ていただく」が出てきて、19世紀後半に「させていただく」が誕生した。「させて」といって許可をもらい、「いただく」で恩恵をもらうのだから敬意のてんこ盛り。それから100年ぐらいたった20世紀末に「させていただく」がブレイク。

文化庁「敬語の指針」(2007)では、「させていただく」は①相手や第三者の許可を受ける「許可」、②それで恩恵を受ける事実や気持ちがある「恩恵」が適切な使用条件だとしている。著者は「使役(許可)性」「恩恵性」に加えて「必須性」を加えて実験を行った。10の例文を示し、その反応を多変量解析で分析した。
「必須性」とは、「させていただく」の前につく動詞に相手が必要かどうか(必須かどうか)という条件。例えば「卒業する」は相手がいなくても仕える動詞なので必須性はない。

その結果、次の5つのことが判明した。
①違和感に最も強く効果を及ぼすのは「必須性」
②二番目に強く及ぼすのは「使役性」
③-1三番目に強く及ぼすのは「年齢層」であり年齢により違和感に差
③-2同じく三番目に強いのは「話し手/聞き手」(対話者役割によって違和感に差
④「恩恵性」は有意な効果を及ぼさない
⑤「性別」は有意な効果を及ぼしていない

「させていただく」の意味の要だとされてきた「使役性」と「恩恵性」は意味合いが薄れ、とくに「恩恵性」は認識されず、「使役性」も薄れていることから、相手に向けられた謙譲語というより「丁重語」になりつつある。「新・丁重語」と言ってもいい。「させて」「いただく」の連語ではなく、「させていただく」のワンフレーズ化している。

コーパス調査
テキストデータ化した文章で使用頻度の調査。Aコーパスは1852~1956年の日本語使用者により書かれたもの、Bコーパスは1976~2005年のテキスト。語数は同じ規模。
・クレル系では
「させてくれる」がAよりBで使用頻度が増えている
「させてくださる」がAよりBで減っている
・モラウ系では
「させてもらう」は統計的に有意な差はなし
「させていただく」がAよりBで増えている

一方、一緒に使う動詞の種類については
「させてくださる」が減っていて
「させていただく」が増えている
「させてくれる」「させてもらう」は差がない

「させていただく」は使用頻度も一緒に使う動詞の種類も増え、便利に使えるようになってきていると言える。

「させていただく」は能動的コミュニケーション動詞(述べる、書く、話すなど)と使われてくることが多くなった。調査の結果、政治家が「させていただく」をよく使うことが判明したが、理由は、①させていただくは話し言葉であり国会議事録に多い②能動的コミュニケーション動詞と一緒に使われることが増えてきたため質疑応答の中で頻繁に使われる

政治家は答えたい時には「お答えさせていただきます」、答えたくない時には「お答えを差し控えさせていただきます」と言う。

「させていただく」に続く後の部分を11のカテゴリーに分けて分析。例えば、願望「させていただきたい」、質問形「させていただいてもよろしいでしょうか」など。その結果、「させていただきます」という言い切りが多くなっている。

前に着く動詞が多様化し、後ろの部分は言い切りが定型化して多用されているのは、後ろの部分に頼る交渉的ストラテジーから前の動詞の多様性に頼る語彙的ストラテジーへと、運用の重点がシフトしてきた。

「させてくださる」が使われなくなったのは、主語が「あなた」のため敬意がすり減りやすい性質を持っていて、敬意漸減となった。「させていただく」がいま果たしているような、対話者間の距離を微妙に調整する機能を持っていない。

「させてくださる」→「させていただく」への変化は、相手に対する敬意から自分をよく見せる丁重さ、敬意から品行への変化ではないか。

最近は共感の終助詞「ね」をつけて、「させていただきますね」を見かけるが、コーパス調査では過去にはない新しい形だと分かる。「させていただきます」も、もう敬意漸減が始まっているのではないか。

「させていただく」にとってかわるのは、より距離感のある敬語ではないか。現代の敬語が行き着く先にあるのは、敬意が他者に向かない敬語、他者を必要としない敬語かもしれない。

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2022年07月20日

Posted by ブクログ

ネタバレ

今の学生は、仮定、否定、疑問を使って婉曲に問う習慣が身についている。
フワちゃん、ローラさん、のため口キャラは作られたキャラだということを知っている。毒舌キャラも同じ。
突っ込んだ後は関係修復を図る。

宮澤りえが1992年に「貴花田関と結婚させていただきます」させていただくが増加し始めたころ。
させていただく」はへりくだった表現ができなくて困ったときの特効薬。
謙譲形があるときは使わないこと。へりくだる必要がないところで使わない、繰り返しを避ける。

新しい敬語=尊敬語、謙譲語、丁寧語、丁重語、美化語の5つ。
敬語とタメ語で距離感を捜査している。

1990年ごろから増えているが、きっかけは難しい。
敬意漸減の法則=同じ言葉でも敬意が減少する。貴様、「いたす」は丁重語だが、いまは格式ばった言い方なだけ。話し手が偉そうにすら聞こえる。

江戸時代から明治になるころ敬意のインフレーションが起きた。江戸から明治になったときも同様。社会構造の変化がおきたとき。身分制度から解放されたとき。
敬語の成人後採用=敬語は社会に出てから身につけるもの。中年層が一番違和感を感じた。

させていただく、は絶妙の距離感がある。経緯漸減をうまく回避できる。
青空文庫は、言語研究によく使われる。テキストになっている。
お答えをさせていただきます、お答えを差し控えさせていただきます、両方の場面で使われている。相手の許可を得て話す、形が出来上がる。

謙虚さと丁寧さをもとめて使う人が多い。相手への経緯ではない。むしろ丁重語。相手に敬意を向ける謙譲語ではない。自分を丁寧に示す品行の敬語。

最新の使い方「しっかり整わせていただいた」おのののか。もはや他者がいらなくなった。=新丁重語。
敬語は他者が必要なくなっている。

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2022年12月16日

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