あらすじ
「江戸ことば」には、潤いがある――多くの人々が暮らしていた世界有数の大都市、江戸。そこで磨かれたことばには潤いがあり、人間関係を豊かにする潤滑油の力があった。NHK大河ドラマ『べらぼう』出演+「江戸ことば」指導を務める現役落語家・柳亭左龍氏が、"ことばの楽しさ"を軽妙洒脱に紹介!「野暮」「おじゃん」…今でも使うあの言葉の由来から、「すっとこどっこい」「与太郎」…なんとなく憎めない言い回し、「べらんめえ」「しめこのうさぎ」…時代劇で耳にする江戸ならではの言葉まで。ぶっきらぼう、でも実は優しい。人情を大切にした江戸っ子たちの暮らしと心が見えてくる!
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Posted by ブクログ
・柳亭左龍は柳家喬太郎の弟弟子かといふ程度の認識しかない人であつた。龍亭左龍「イキでイナセな江戸ことば」(知的生きかた文庫)を読んだ。さん喬は絶大な人気を誇る落語家であるが、弟子となると喬太郎ぐらゐしか知らない。この一門、師匠と総領弟子が有名でありすぎるのだらう。 そんな左龍の本があるのを知つた。江戸言葉の本であるといふので早速探して読んだ。左龍はNHKの「べらぼう」の江戸言葉の指導をしたらしい。春風亭一朝が江戸言葉指導をやつてゐたことは聞いてゐたが、もしかすると、現在は左龍がその任を果たしてゐるのだらうか。この人、千葉県柏市の出身である。最初の項目「べらんめえ」に母方の叔母が出てくる。この「人もすごかった。きりっとした、堅気ではない人で、隅田川に舟を浮かべて暮していた。たまに母に連れられて行くと、まるで喧嘩をしているような口調でしゃべるので、子ども心に怖かった。」(21頁)「べらんめえ」は江戸の罵り言葉の代表、それを地でいつた話し方をしたらしい。そんな中で育つたのだから江戸言葉の指導はお手の物であらう。本書の記述は、見出し語の次にその説明があり、それを使つた落語の一節がくる。最後にそれにちなむ話があり、これは落語そのものより、仲間の落語家の話が多く、上のやうな身近な人の話もある。いづれもちよつといい話の類で、ここだけでもおもしろい。落語に詳しい人なら、最初の見出し語の説明ぬきで、落語の使用例と最後の話だけを読んでもおもしろいかもしれない。私はその話を知つてはゐても、どのやうに使はれてゐるかまでは分からない、ある意味、中途半端な人間なので、落語の引用は短いと思ったりもする。ここが長すぎると面倒に思ふ人も多いだらう。「べらんめえ」には「長屋の花見」、「あたぼう」には「大工調べ」、「四の五の言う」には「掛取り」と続 く。言葉が分かつて、その語がどこに出てくるかが分かれば寄席三昧の人であらう。
・たまたま現在の頁には、笑組のゆたかあにさんと柳亭燕路の話が出てゐる。あにさんはネクタイを忘れて舞台で靴べらで代用したが……乗馬好きの燕路師匠は木曽馬に乗つて……といふ話である。高座での話はともかく、高座以外のだとこれは私達には知る術もない。左龍の目を通してであつても、これは貴重な話である。左龍自身のだと「これっぱかり」、ここは「お菊の皿」をやつた時の話である。「いくら手ばかり細く見せても、自分の体重ではやせこけた幽霊には見えなかった」(29頁)。「これっぱかり」の体重の噺家ならねといふのであらう。確かに左龍は重さうである。これなどはたとへ話としてどうかとも思ふのだが、左龍が正直なのでそこは良しとせねばなるまい。「横っつわり」は横座りであるが、ここに出てくるのが三遊亭丈二、「寄席の楽屋でも三遊亭丈二あにさんはたまに横座りに座ってゐる。」(五五頁)さうで、しかも「いまだにあにさんのバッグを開けるとキティちゃんやマイメロディちゃんのポーチが入っている。」(同前)さうである。丈二はちよつと変はつた落語家で、普通の格好でゐると、確かに落語家とは思へないやうな容貌である。それでもキティちゃんとは思はなかつた。これなどは、人は見かけによらぬものではなく、人は見かけによるものとでも言へようか。圓丈も変はつた弟子を何人も持つてゐたものである。かういふ落語家の裏話を紹介していかうと思へばまだできる。私は江戸言葉、つまり江戸東京の下町方言を知つてゐるわけではない。落語の中では、言葉が分からなくても、知らなくても何の邪魔にもならない。それもおもしろいが、これもおもしろいといふ書であつた。