【感想・ネタバレ】ドーンのレビュー

あらすじ

人類初の火星探査に成功し、一躍英雄(ヒーロー)となった宇宙飛行士・佐野明日人(さのあすと)。しかし、闇に葬られたはずの火星での“出来事”がアメリカ大統領選挙を揺るがすスキャンダルに。さまざまな矛盾をかかえて突き進む世界に「分人(デイヴイジユアル)」という概念を提唱し、人間の真の希望を問う感動長編。Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。(講談社文庫)

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Posted by ブクログ

ネタバレ

平野啓一郎くんの壮大な長編。
壮大すぎてレビューが長くなりそうだけど書いてみる。

舞台は21世紀半ばの近未来。
私たちは、いろいろなものが進化しすぎて複雑化し、世の中がこの先どこへ進んでいくか想像もつかないけど、小説の中ではやはりまだまだ世界は複雑に進化している。
整理すると…

○人類は火星に降り立つ
○アメリカはアフガン戦争に続き、「東アフリカ戦争」なるものに介入している
○東京大震災がおこり、甚大な被害が出た
○テレビ電話的なものが更に進化し、通話相手がホログラムで目の前に登場
○車は「自動運転レーン」を走ったりする(しかしウィルスによって事故ることも)
○「無領土国家」なるものが登場し、人々はアメリカ国籍や日本国籍を持ちながらもその国家“プラネット”の国民にもなれる。国連にも認められている
○コンタクトやサングラスで映像が観られる
○「散影」と言って、街中の防犯カメラの映像を誰でも検索して、顔認識機能などを使って人の足取りを追うことができる
○「AR」と言って、死んだ子どもの遺伝子情報をプログラムし、まるで本当に生きているかのように成長させることができる。ただし光でできているので触れない

などなど…
もっと面白い設定があって全部書きたいけどやめとく。

まぁこのような世界で、医師だった主人公の明日人は、まず東京大震災で息子をなくし、その後心の傷をいやすため(?)宇宙飛行士を目指すことに没頭し、2年半かけて火星への往復を果たしたのだが、その過程で様々なトラブルに見舞われる。
読み終わってみればやはり、これは壮大なようでシンプルな明日人個人の物語なのだと思うが、同時にアメリカの大統領選挙の駆け引きと宇宙開発事業との関係、それに巻き込まれる宇宙飛行士たちがドラマティックに描かれているし、大統領選で共和党が勝つのか民主党が勝のかによってこれからの世界の在り方が大きく左右されるため、個人の物語でありながら世界がどこへ向かうのか、善悪とは何かという物語でもある。
私たちはいかにして、「正しいこと」を選びとれば良いのか。
世界ははたして、「正しいこと(もの)」と「凶悪なこと(もの)」にはっきりと分けられるものなのか。
アメリカ的民主主義は本当に善なるものなのか。
また、この物語の中でもっとも大きなテーマだと思ったのは、私たちは、個人「individual」の中にいくつもの分人「dividual」を持っている、とされていること。
現代を生きる我々も、個人の中に多面性があることは認めているが、近未来はもっとはっきりと、相手やシーンによって「分人」を使い分けている。
職場にいるときの自分と、家族と一緒にいるときの自分は全く別物である、という認識だ。それに合わせて、特殊な整形技術で顔を変える人さえいる。
これは一見、荒唐無稽な設定のような気もするが、現代の私たちは、ネット上では本当の自分とはまったく違うキャラを演じていたりするので、それがますます進んでいくとこういうことにもなり得るのかも…と思った。
とにかく色々な面で興味深い。
明日人の陥る状況がひど過ぎて、もしかして最後には以前読んだ「決壊」のような結末になるのか!?と不安になったけど…最後はシンプルだけれども納得の結末でした。
最終章のタイトルが「永い瞬きの終わりに」だったので、こんなにも壮大な物語でありながら、ここまでの章は「永い瞬き」か!?深い!と思った。
やっぱりレビューが長くなりすぎた。
ちゃんと読んで下さった方、ありがとう。

0
2021年07月31日

Posted by ブクログ

ネタバレ

この「ドーン」という作品、結構な長編だし、場面の切り替わりに頭がついていけなくて最初は結構読み進めるのに苦労したのだけど、平野啓一郎さんが書く半分SF的な未来絵の結末がどうなるのかを知りたくて、少しずつ読み進めました。まず、面白いと思ったのは分人という考え方。本の中では、「日本語で〈分人〉って言ってるその dividual は、〈個人〉individualも、対人関係ごとに、あるいは、居場所ごとに、もっとこまかく『分けることができる』っていう発想なんだよ。(中略)相手とうまくやろうと思えば、どうしても変わってこざるを得ない。その現象を、個人 individual が、分人化 dividualize されるって言うんだ。で、そのそれぞれの僕が分人 dividual。個人は、だから、分人の集合なんだよ。──そういう考え方を分人主義 dividualism って呼んでる。」と説明されている。そして、「人間は、ディヴをそれなりにたくさん抱えて、色んな自分を生きることでバランスが取れてるんだと思う。その相手がいないと、行き場を失ったディヴは、過去の記憶や未来の想像の中にばかり溢れ返ってしまう。」さらに「誰も自分の中のすべてのディヴィジュアルに満足することなど出来ない。しかし、一つでも満更でもないディヴィジュアルがあれば、それを足場にして生きていくことが出来るはずだ。」という発言があるように、この作品全体はこの分人という考え方がとても大事なポジションを占めている。大切な人を失ってしまったディブは行き場を失ってしまうこと。全てがダメだと思った時も、満更でもない自分のディブがあれば、生きていくことができること。そして、「人間は、社会に有益だから生きていて良いんじゃない。生きているから、何か社会に有益なことをするんだ。」という言葉も心に響いた。大変不名誉なことがあって、絶望があって、でもまずは生きることが一番。そして生きている中で、満更でもないディブを見つけていければ、何か社会的に有益なことができるという風につながるのではないかなと思料する。

ドーンというのは2030年代に火星に有人宇宙船が火星探索に行くという話。日本人宇宙飛行士であり医師である明日人はこの計画に参加し、見事に帰還した英雄だけど、宇宙船の中で女性宇宙飛行士を妊娠させ、堕胎させるという事件の当事者になる。明日人が結婚していること、女性宇宙飛行士の父親は保守派の副大統領候補の政治家で堕胎には反対派。こうしたこともあって、宇宙船内の事故の発覚は英雄を一気にダーティーなイメージに貶めてしまう。そもそも明日人がなぜ宇宙飛行士になったのか。明日人には東京大地震で失った一人息子の太陽という子供がいた。太陽に向かっていたディブが行き場を失ったことが根底にあった訳だ。事件発覚後、ボロボロになった明日人は結局自分のディブを整理するきっかけをつかみ、最後は立ち直れたのかな・・・ディブを整理して妻今日子との関係を再構築できたところで物語は終わるという理解をした。

0
2018年12月28日

Posted by ブクログ

ネタバレ

「ディヴィジュアル」「分人」の単語が要所でかなり出てくるのは、平野啓一郎みがある

アストーときょうこの心情描写、不安や焦燥感はかなり緻密に描かれてて迫ってくるものがあった

やっぱり宇宙船のような密閉空間で過ごす中で、分人は増えたりしないのか

登場人物がやや多めで、正直よく分からず読み進めてた部分もあった

分人はoperationalではなく、cooperativeに育まれるんだ、みたいな台詞が気に入っている

0
2025年09月15日

Posted by ブクログ

ネタバレ

パリ五輪中、読書ペースがガクッと落ちていたが、漸く平野啓一郎の長編(640頁)を読み終えた。

2036年のアメリカ大統領選挙と有人火星探査におけるスキャンダルがもつれ合う。

米大統領選挙では「中絶の是非」がよく争点となるが、国家プロジェクトである火星探査の最中に本当に女性宇宙飛行士に対して中絶手術が行われたのか、父親は誰か(女性本人が言う通りノノなのか佐野明日人なのか)、女性宇宙飛行士の父親である共和党副大統領候補は、公人としての立場(中絶反対)と父親としての立場のどちらを優先するのか、と、人それぞれの立場に応じて悩みは尽きず、組織の中で生き抜くうえで、また選挙で勝つために、(加えて自分を納得させるために)対外的にどう語るか・説明するか、と言う点で、非常に高度なスピーチが多用されていて、面白かった。本当に選挙参謀が本作の製作陣に入っているのではないか、と思う位だった。

2009年の作品なのに震災の記述があったり、米国民主党大統領の広島慰霊訪問の記述があったり、予言的だ。

Individual(個人)の語頭の否定語inを取ったdividual (分人)という概念は、平野さんの独創だと思うが、確立した学術用語に思えてしまうくらいにしっくり来た。

2024年の米大統領選挙の直前に本作を読めて良かった。両党の主義主張の主な違いを(対象は未来の課題ではあるが現在の課題と酷似)両大統領候補の演説から生々しく感じることが出来た。

P597
(イアン・ハリスの台詞)
宇宙空間で、バクテリア一匹見つけただけで大騒ぎする我々が、人間というこの複雑にして精妙な生き物が、ただ生きているという事実を、なぜもっと尊べない?

0
2024年08月14日

Posted by ブクログ

ネタバレ

作者が提唱する「分人」の思想にあまりしっくり来なかったため、ストーリー自体は楽しく追えたけれどイマイチはまりきれなかった。「会社での私、恋人の前の私、家族の前の私はみんな違うけどどれも自分の人格だよね」っていう主張自体はごもっともなのだけど、それが作中で世界的に、ここまで一般的に普及するほどのものかという説得力が感じられなかった。
あとは普通に大気圏外まで出てきて浮気すんなよ、とどんな偉大っぽいことを言っていても下半身に逆らえない主人公がチンケに見えてしまって残念。

1
2018年12月13日

Posted by ブクログ

ネタバレ

 えすえふ、のようでえすえふじゃないのかな、と思ったんだけど結局やっぱりSFなんだろうな…カテゴリは恋愛小説にしたけど←

 SFとしてはリアル志向の拡張型。火星探査船、サイボーグ蚊(笑)、《散影/divisuals=相互監視装置》に《プラネット/plan-net=無領土国家》などなど設定も盛り沢山で、そのあたり挑戦的でいいなぁと思います。

 相互監視、という表現をしたけど字面とは少し違って、万人がアクセス出来る監視カメラネットワーク、みたいなものなのだけれどこれは、こんなにすんなり受け入れられるものだろうか、という感じは少し。
一部の層にだけ閲覧が許可されているから反感が生まれる、という理論は確かに納得だけれど。それを扱える感覚がいまの延長にあるかなぁ。ぶつぶつ。

 これ怖いわ、と思ったのはWikinovel。有り得すぎてぞっとする…いやむしろもうどこかにあるんじゃない? なろうサイトとか隅々まで見たらそういう集まりできてそう…


 どうにも日本の小説っぽくない、というか。内容的にはもちろんなんだけれど、文体も含めてそれが少し気になってしまった。きっとそれは修辞の方法論の違いなのかなぁ? なんとなく日本語は縦に積み重ねる言語、英語は横に積み重ねる言語、みたいなイメージがあって、言葉の密度が増す前者と、言葉の表面積(? うーん思い付きなので巧い単語が出てこないな)が増す後者、というふうに位置付けると、自分の好みはもうそれは前者で。
 そのぶん後者の文章で書かれたことの重みが、なんとなく入ってきづらくなっているのかもしれない。それはあんまりよくないなぁ。
 この、密度と表面積、という対比はちょっと興味が湧いたので今後掘り下げるかもしれません。
 なんというかね、変な感じ、翻訳もの読んでるような気分がしたのです。言葉選びとか繋げかたとか、キャラの造形とかも。それがオレには災いして、特にアストーと今日ちゃんの側にあんまり入り込めなかったというか。分人が未分化なのかな?←
 SF的にガードナーの側はめっちゃ楽しんだけど。



 個人的なハイライトはJ.J.マッコイのシーン。ところでこう、云いにくいことを云うキャラクタとしてゲイを配置するっていうのはゲイの側からしたらどういう気分なんだろう? こんなところでそんなセンシティブな話題に触れるなって?(笑
 なんとなくこー、話をその方向に進めるために用意された人格、みたいなものに大きな抵抗があって。例えば乗り越える相手として露骨に設定されている旧態依然とした価値観の男性、みたいなのに、こんなステレオ今どきねぇよ、って一気に醒めたりしちゃうんだけど、もしかしたらそれと同じようなことが、露骨に越境するものとしてのLGBT、みたいに起こっていたとしたら、それを意識しないでこんなこと云いたくないなと思って。


 随分話が逸れましたね。
 にしても現実の大統領選のニュースを見ながら読むことになるとは。面白いものです。お勧めしてもらってから随分経ってしまいましたが…いや大統領選待ってたんですよ! うん! バランス見て☆3.4!

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2020年11月05日

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