あらすじ
女性は御簾に隠れるべき存在だった時代、紫の上は軽やかに駆ける少女として描かれた。作家が物語に託した革新的なアンチテーゼは、一千年後の読者である我々にも届いている。現代の作家・橋本治が書き手の孤独と希望に寄り添いつつ、世紀の長篇を読み解く。座談会「物語の論理・〈性〉の論理」後篇(三田村雅子・河添房江・松井健児・橋本治)収録。
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Posted by ブクログ
千年前に書かれた小説を、現代人にもわかりやすく、そして原文よりもさらに原文に忠実に伝えたいという橋本先生の思いが詰まった窯変源氏の執筆課程裏話がてんこ盛りの下巻でした。
たしかにそう言われてみれば窯変源氏は忠実な現代語訳ではないです。
ただ、読んでいて「そうそう、源氏ってこういう冷たさがあるよね」とか、「女君の気持ち、こっちの方がしっくりくる」と思うことが多かったです。
それは、現在人に寄せて私たちが理解を深められる工夫をしてくれていたからだったのですね・・・なんというか、感無量でした!(再読なのにすっかり忘れていた)
具体的にはどんな手法を使ったかというと、
紫式部が書こうとして書けなかった部分まで踏み込んで大胆に加筆修正したり、もっとすごいのは、現代人には読み解きにくい和歌を、意味はそのままに読みやすく修正したり、更には女が書くものではないからと式部が控えた漢詩の創作までされていたというから驚きでしょ。
橋本先生、天才過ぎる!!
あとは、平安時代という時代の特殊性を前提とした物語の常識を教えてもらったのも大きな収穫でした。
どういうことかというと、この時代世の中は平和で、男たちのエネルギーには、あまりはけ口がない。
余ったエネルギーはすべて恋に向けられるという平和な時代なのです。
女たちは、御簾に囲われた神秘的なものとして存在し、それを何とか手に入れたいと男が情熱を燃やす。
でも、それを手に入れてしまったら、いづれは飽きて、他の女への愛情の芽が出てくる。
女は御簾の中でじっとしているしかないので、先の展開がないから必ず飽きられる、必ずです。
女はみんな、追われて愛されて、その先で飽きられて不幸になる。この構造しかありえない。それを前提としながら紫式部は何を考え、どんな希望や絶望のために物語を描いていったのか、それを考えるのが源氏物語を読むということなんだ、と思い知りました。
最後に。
藤壺の女御、という存在は源氏にとって最愛の人、というわけではなく、元服前に父に連れられて御簾の内側に入り込んでいたことから、天皇の臣下としてではなく子として父に愛され、父帝の愛によって藤壺とも一つになっていたという、失われた過去の輝きの象徴として藤壺を慕っていたという解釈はやっぱり一番しっくりくるなあと思いました。
もう一度言っちゃいます。橋本先生天才!
Posted by ブクログ
平安時代の貴族の男女関係のあり方に関する考察がわかりやすかったです。今の感覚では、源氏物語の世界は理解できないのだと確認できました。
窯変源氏物語が読みたくなりました。
Posted by ブクログ
上巻に続いて読む。すでに満腹なんだけど、上巻にあった話が更に深く掘り進められて個所もあり、やっぱり橋本さん凄いわ。
盛り沢山なんだけど、上巻と同じく自分の忘備録として箇条書きにする。
・夕霧に対する光について「自分のことは棚に上げて」と花散里に云わせておいて、「実は意外なほど何もおしゃらなかった」とある。つまり、光源氏は息子をよその女に取られたくなくてつまらない嫉妬をしている。その後、六条の院での女だけの演奏会に夕霧を臨席させる。橋本さんは息子に自分の妻を「許す」ような態度をとっていると読み解く。
・春夏秋冬の4つの町に女主がいる六条の院。しかし、端から見れば“やっかいな”骨董いじり“。華麗な女遍歴の結果はこんなもの。
・女性の美しさは、1.髪が豊かで長いこと。2.身分。3.知性。
結論は美人の条件は“ただ、美しいと噂されること”。
・螢兵部卿は玉鬘に恋するが、つまり光源氏の娘だから。光源氏はそうと知ってその美しさを知らせる演出をする。男たちを身もだえさせたいと望む。玉鬘の意思はかけらもない。
・若い時の光源氏の孤独が語られる。性欲を知り、恋の狩人となるが、夕顔と出会い「心の恋」を知り、遍歴は終わる。光源氏は漁食家ではない。女性を「人」として見るが、その間柄は「男と女の関係」でしかない。「女は“人”か?あるいは“女”でしかないのか?」という問題が示される。
・光源氏のエディプス・コンプレックスという巷間説は否定する。藤壺は光源氏の母として登場していない。光は母の顔を知らない。父の桐壺帝を憎んでいない。愛してもいないかも。ただ、愛されたい思う。
・仲の良い二人の男が一人の女を争うのは、その女を媒体に男同士の親密さを増すため。玉鬘を冷泉帝の尚侍とし、冷泉帝と光源氏の二人の男で「一人の女性の共有」を図ろうとする。
・光源氏は外部の男と繋ぐパイプがない。全てを持っている絶世の美男には「人を惹きつける個人的魅力がない」。三角関係のなかで関係が作られる。
良好じゃない関係でも関係ということなのかな。レビィ・ストロースの「女の交換」が頭に浮かぶ。女は他の財では代替されないという言説もあったな、しかし、橋本さんはこういう教科書的な解釈は歯牙にもかけないだろう。
・光源氏と玉鬘の関係は父娘と夫婦のふたつの関係が錯綜している。その後に錯綜なんてものは無くて、そもそもそういう区別がないとある。「-の女」という表記は妻でも娘でも有り得て、性的関係があろうとなかろうとどうでもいい。
・幼い紫の上が父上に引き取られずでいた状態は、光源氏が父である帝から臣下に降ろされる状態と同じ。若く美しい「父のような王子様」に育てられる。少女たちの夢ととして紫式部はまず若紫の物語を描いた。しかし、幼い紫の上は「なんていやなことをするのだろう」と思いながら、源氏に抱かれ、そうやって「女」になってしまった。源氏は恋文を送り、結婚の儀式をさりげなく進める。源氏の心遣いに女房たちは感激するが、紫の上の心はそこにない。
書き漏らしたことも幾らでもある。だけど限がないのでここまで。
源氏物語は小学生の頃子供向けの本を読んだきり。こんな本と知らなかった。紫式部は凄い。橋本さんも凄い。
橋本さんの窯変源氏物語を読むべきかな。でも14巻なんだよな。