あらすじ
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※本書は2010/4/1にてらいんくより刊行された書籍を電子化したものです。
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Posted by ブクログ
現代児童文学がどう変わっていったのか。子ども、子どもを取り巻く環境が大きく変わる中で、文学も当然変わっていく、その変化をまだ上手くつかみきれないもどかしさがある中で、ひとつの視点を与えてもらえる本。2つの講演記録(原稿)という話し言葉によるスタイルなので、よりポイントが理解しやすい。
児童文学は大人が子どもの言葉を使って子どもに向けて書くという変わったジャンル。筆者はこれまでそうした作家への興味、表現への関心を中心に児童文学の変化をみつめてきたという。
筆者によると、児童文学に書かれた子どもの姿(=大人にとっての子どものありよう)をキーワードで表すと、60年代は「希望」、70年代は「原点」、そして80年代前半は「同伴者」だと言う。しかし80年代後半以降は児童文学が拡散、多様化して、キーワードとして表せないという悩みが生じ、それはこれまで作者と作品を中心に児童文学を見てきたからで、子ども読者にとって児童文学作品とはなにかという問いが必要ではと思い至ったのだと言う。
80年代までは、文学には人生の教科書のような役割があった。児童文学は理想モデルを示し、子どもはそれに感動、共感して、自分の行動価値基準に落とし込んでいく。そして青年期に今度は人生の不条理を語る様々な文学を読み、理想ばかりではない社会や人生の現実について読書を通じて体感していく。そうした読書体験が想定されていた。
しかし文学はそうした役割を失い、娯楽として消費されるようになっていく。「銀英伝」や「ハリー・ポッター」の面白さは、人物の葛藤や成長というよりもキャラクター化、コマ化し、物語自体が面白いところだと言う(そうした変化の原因として、読書運動があげられている。たくさん読むことを推奨される結果、シリーズもの、わかりやすいものばかり読んでかえって読書力が落ちているという)。
こうした変化を踏まえて、現代の児童文学は、理想や価値体系を押し付けるのではなく、体験型(シミュレーション小説)、もしあなたならどちらを選ぶという選択型、オープンエンド型(読者にゆだねる)という形ではないかとしている。今の子どもは押しつけられるのがしんどい、「自分とは何か」と正面から問われるのがきつい、一方で、問いに答えなくても、距離を保って共鳴、共感できる小説もあるという。
子どもに届けたいメッセージはいつの時代もそう変わらない。それを大上段には伝えにくい時代、その届け方が問われているのかなと思った。