あらすじ
「日本最凶」の古典怪談、ここに甦る……。
ある地方の古着屋が入手した、青海波模様の縮緬布団。以来、その周囲では血塗れの美女が出現する怪現象が続発し、ついに死人まで――読む者を虚実のあわいに引きずり込む、独特の恐怖世界。日本怪談史上屈指の名作として読み継がれる表題作ほか、現代ホラー界の先駆的存在である著者初の怪談ベスト・セレクション全七篇。
【目次】
Ⅰ
蒲団(1937)
棚田裁判長の怪死(1953)
棺前結婚(1952)
Ⅱ
生不動(1937)
逗子物語(1937)
雨傘の女(1956)
帰らぬ子(1958)
〈解説〉朝宮運河
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Posted by ブクログ
“日本怪談最恐”の一篇と名高い表題作や恐怖と哀切を湛えたマスターピース「逗子物語」の代表作2篇他、「棚田裁判長の怪死」「雨傘の女」「帰らぬ子」など虚実のあわいを描いたバラエティ豊かな怪談7篇を収録。
・とにかく“怖い”と有名な「蒲団」だが、実際なぜこの話はそこまで怖いのか。現れる女の幽霊の描写か、敷布団の中に隠されたものから想起する猟奇性か、はたまた因果も何も関係なくその蒲団に関わった者に祟る凄まじいまでの怨念か……恐らくはそれらが揃ったが故のこの無類の怖さ、なんだろう。
・先祖の受けた恨みが子孫に仇を為す体の「棚田裁判長の怪死」は不条理といえば不条理譚。ピアノ曲の演奏に合わせて尺八や風の音、怒号や叫声が現われるシーンは、短いけれどもここだけで1つの音楽怪談になるんじゃないかというくらいの迫力。
・優秀だが気弱で世事に疎い青年医師と彼に嫁いだ令嬢「棺前結婚」はもどかしさとやりきれなさばかりが残る。最後に棺を開けなかったことで物悲しくも美しく物語が終わった、ような。
・旅行先で目撃した炎に包まれる3人の人々「生不動」。解説にある通り著者本人の過去の心象風景か。
・妻を喪い失意のまま逗子に逗留する“私”が従者2人を伴った美しい少年と出会う「逗子物語」。“ジェントル・ゴースト・ストーリー”の範疇になるのだろうけど、後半の哀切→恐慌状態→親愛の情、という“私”の感情の極端な起伏が、逆にリアル。
・掌編「雨傘の女」。傘が“どうせ一つ余りましたから”という女の言葉の意味は、その後妻から聞いた事実によって悲しく哀れなものとわかるのだけれど、傘を渡すべき亭主についての言及がその後何もないことを踏まえると、別の……厭な解釈も成り立つわけで。
・幼い頃から難病を患い僅か7歳で逝った長男が20年後《足音だけ》帰って来る「帰らぬ子」。我が子を喪った父親の悲嘆と救済―というとクーンツ「黎明」等、心に沁みる作品はいくつもあるが、これは幼くして亡くなった長男と、健康に成長した次男、2人の子供への親心が描かれているのが特色。前半、長くは生きられぬと覚悟しつつも息子の成長と病状に一喜一憂する両親の姿は微笑ましく哀切極まりない。後半は長男の死後生れた次男が健やかに成長した姿と、奥座敷の外に聞こえる小さな足音に長男を感じる描写が並行する。山岳部に入った次男の登山を必死に反対する母親の姿は、幾つになっても変わらぬ親心というものなんだろう。
我が子を看取った親の悲痛さを身近で具に見ているが故に、未だ父親となっていない自分ですらも、この作品は胸を衝くものがある。