あらすじ
かつて戸根市に存在した暴力団・北浦組と大門組は、事あるごとにいがみ合っていた。そんなある日、北浦組の組長が殺害される。鑑識の結果、殺害後の現場で犯人が電話を使った痕跡が見つかった。犯人はなぜすぐに立ち去らなかったのか、どこに電話を掛けたのか? 正統派犯人当て「ダイヤル7」。船上で起きた殺人事件。犯人はなぜ死体の身体中にトランプの札を仕込んだのか? トランプの名品〈ピーコック〉をめぐる謎を描く「芍薬に孔雀」など7編。貴方は必ず騙される! 奇術師としても名高い著者が贈る、ミステリの楽しみに満ちた傑作短編集。/【目次】ダイヤル7/芍薬に孔雀/飛んでくる声/可愛い動機/金津の切符/広重好み/青泉さん/解説=櫻田智也
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Posted by ブクログ
解説
解説によれば、本作は泡坂妻夫のノンシリーズミステリとして、『煙の殺意』や『ゆきなだれ』という短編集と同時期に発表された作品が集められており、異なるカラーの作品をグラデーション的につなぎ、ロジックとトリックに彩られた作品群が収録されている。
雑誌の犯人当てとして発表された「ダイヤル7」は、犯人が警察官であるという意外性が特徴だが、ミステリとしてのロジックの完成度はそこそこといったところ。犯人を指摘する決め手は一応あるものの、他の可能性を完全に排除できるほどの論理性には欠ける。
他の作品も、緻密なロジックというよりは、チェスタートン的な論理のアクロバットや意外性に焦点が当てられている。ミステリ小説としてのエンターテインメント性の高さは、さすが泡坂妻夫といった印象である。平凡な材料でも、彼の手にかかれば、思ってもみなかった味に仕上がる。それでも、どこか癖になり、楽しめる短編集だ。★4を付けたい。
● ダイヤル7
懸賞付き犯人当て企画として書かれた短編ミステリ。応募総数は2,419通で、正解率は約7.5%と、かなり難易度の高いミステリとなっている。
会場で犯人当てクイズとして出題されるという設定。塚谷という人物から依頼を受けた久能は、10年前に戸根警察署で共に働いていた仲だった。当時に実際に起きた事件をモデルに、犯人当てクイズを作成している。
元暴力団幹部の狭間清が出所する。狭間はかつて北浦組に属しており、大門組の幹部を殺害して自首していた。彼の出所を快く思わない者も多く、さらに復讐を誓う人物もいた。
事件が起きたのは夜8時頃の地震の1時間後。北浦組の組長・北浦達也が、心臓を一突きにされて殺害される。
鍵となるのは、地震に気づいていなかった塚谷。地震により動いた時計を元にして時刻を確認し、117番にダイヤルした痕跡。そこから、地震の事実を知らなかった塚谷が犯人と見抜かれる。
犯人が警察官という意外性や構成は見事。ただし、地震の不知が唯一の決め手というのは、やや論理性に欠け、公平性にも疑問が残る。本格としての完成度はそこそこだが、意外性と構成力は秀逸。★4
● 芍薬に孔雀
アメリカでカードの扱いを覚えた老人・重円太郎が、ガールフレンドの駒さんとともに四国の金刀比羅宮へのツアーに参加する。ツアー中、刑事の武田夫妻、元教師の関口夫妻と親しくなる。
幻のカード「ビーコック(ピーコック)」が関口夫妻のトランプに含まれており、重円は強く欲しがるが、譲ってもらえない。
その後、関口が殺害され、口にはビーコックのカードが。犯人は重円かと思われたが、真犯人は武田刑事だった。ビーコックは、かつて交通事故で亡くなった武田の息子の遺品であり、加害者が関口だと疑っていたのだ。
決め手となるのはダイイングメッセージのカードの選択。もし重円が犯人なら「10円玉」をくわえていたはずという逆説的推理。そして、カード「ダイヤの4」=「ひし形」→「武田菱」の連想で真犯人に至る。
伏線回収の巧みさ、カードにまつわるうんちく、そして意外性ある刑事犯人という展開。泡坂らしさが光る完成度の高い短編。★4
● 飛んでくる声
団地で同居する石浜と真島。向かいの棟から不思議と聞こえてくる夫婦の会話。やがて殺人事件が発生し、目撃者である石浜は、同居人の真島に事件の話を打ち明ける。
しかし、事件の真相を推理していたのは石浜だけではなく、彼が家庭教師をしている生徒・小佐藤もいた。小佐藤は真島が犯人だと見抜き、警察に通報する。
決め手となるのはカーテンの柄の形状。外から見ると「9」に見える模様を、真島は「p」と言った。つまり内側から見たことがある=部屋に入ったことがある=犯人、という論理。
構造上の偶然やご都合主義的な点も否めないが、ベランダ越しに声が聞こえるというユニークな設定を活かし、同居人が犯人という意外性を成立させている。★3
● 可愛い動機
ある人物が「千衣子」という女性について語る短編である。語り手が何者なのかは、物語が進むにつれて少しずつ明かされていく。
千衣子はかつて、生命保険をかけた夫を殺害した容疑で逮捕され、裁判を受けるが、証拠不十分で無罪となった。
語り手は、千衣子の中学・高校の同級生。当時、千衣子は小柄で体操部で活躍していたが、母が若い男に夢中になって家を出ていったことをきっかけに、太り始める。
語り手が点滴を受けている描写から、現在は入院中であることが分かる。
千衣子は誠志という男と見合い結婚し、1年後にその夫が死亡。語り手が記者であることがここで明かされる。
裁判では、千衣子の浮気相手・力武の存在が発覚するが、彼女が隠していたのは、不倫そのものより、母への怒りと恥じらいによるものだった。
語り手は、裁判で無罪となった千衣子と再婚していた。物語のラストでは、彼女が語り手と共に車で港に向かい、海に飛び込む。動機は「痩せるため」。前回の勾留中に痩せた経験から、再び痩せようと考えていた。
語り手が千衣子の過去を語りつつ、彼女の内面や動機が見えてくる構成。痩せるために殺人を計画するというたわいもない真相だが、語りの巧みさと構成の妙で印象に残る。★3の上位。
● 金津の切符
主人公・箱夫は、父の影響で蒐集趣味を持つようになる。子供時代から父の仲間たちと接するなかで、蒐集とは何かを考えるようになる。
「大量で美しいものを集めることが本質」と悟った箱夫は、国鉄の全乗車券収集に取り組む。幸福駅ブームの15年前の設定。
25年をかけて集めきった頃、テレビ取材も入る。その直後、小学校時代の友人・角山から連絡が入り、自分の方が完全なコレクションを持っていると見せつけられる。
角山が職権を利用して切符を手に入れていたこと、自分の収集を小馬鹿にする態度から、箱夫は殺意を抱く。道路工事の音に紛れ、殺害を決行。
1週間後、警察が訪れる。角山が「金津の切符」を盗んでいたことが判明。箱夫は角山と話したと嘘をつくが、角山は耳栓代わりにガムを耳に詰めていたため、会話は成立しなかった。
その矛盾が決定打となり、箱夫は容疑者とされる。倒叙ミステリとして構成は丁寧で、蒐集にまつわるうんちくも面白い。
ミスの描き方、決め手の小道具としてのガムもユニークで、泡坂らしさがある。完成度の高い倒叙ミステリ。★4
● 広重好み
多希、靖子、珠美の3人の社長秘書が、旅行で旧東海道を歩く。珠美は「広重」という名前の人物に縁があるように語っており、小学生時代の初恋相手・杉山広重、大広重というミュージシャンのファンなど、様々な「広重」を語る。
同じ会社の人事課にいる内田広重と親しくなった珠美。多希は珠美の語る杉山広重が実在するのか調べるが、実際は全く好感の持てない人物で、珠美が書いた社内報のエピソードは誇張されたものだった。
結局、珠美は内田広重と結婚する。利夫は気づく。珠美は最初から内田広重に好意を持っており、「広重」という名前に縁があると思わせるように仕向けていた。
ミステリ的な意外性は強くないが、全体として構成が緻密で読み心地がよく、泡坂妻夫らしい技巧が光る。★3の上位。
● 青泉さん
舞台は喫茶店「ピカール」。主人公と怜、彫金師・糸尾、画家志望のシーソーらが集う場所に、「青泉」と号する洒落た男が現れる。アトリエや画材、コスチューム、パイプなど、すべてを本格的に揃えた彼を皆が尊敬する。
ただし、シーソーは彼をライバル視していた。青泉が殺害され、疑われたのはシーソーだったが、雪の日に足跡を残した犯人が空き巣の常習犯と分かり、彼は無実と判明。
最大の謎は青泉の正体。彼は絵を描いたことがなく、実は製薬会社の宣伝部長。パッケージデザインに携わり、まず形から「画家らしさ」を極めていったという人物だった。
主人公は青泉から「学びたいという気持ちを大切にしろ」と教わり、だらけた生活から立ち直り、怜と結婚する。
ミステリというより、人生寓話的な一編。事件は起きるが、フーダニットではなく青泉さんは何者なのかという謎が中心。構成は巧みだが、ミステリとしての意外性には欠ける。★3
Posted by ブクログ
初版は1985年に刊行された、故泡坂妻夫氏の短編集である。生誕90年記念出版の第1弾として、創元推理文庫から刊行され、第2弾、第3弾も予定されている。
表題作か「ダイヤル7」。暴力団の組長が自宅で殺害された。犯人はなぜすぐに現場を離れなかったのか? 若い読者にはピンとこない理由かもしれないが、自分は使ったことがある世代なので納得。ノスタルジックな1編。
「芍薬に孔雀」。容疑者らしき人物が、事情聴取中に刑事に語ったこととは。泡坂氏は奇術の愛好家だったそうなので、こんなネタを思いついたのだろうか。マニアックであり定番ジャンルでもある、ピリリと洒落が効いた1編。
「飛んでくる声」。なぜか向かいの建物の部屋から声が聞こえる。その内容とは。構成面でもよく練られているのだが、真相よりも、声が飛んでくる現象の説明がないのが気になった。ガリレオシリーズではないけども。
短い「可愛い動機」。動機はともかく結果はまったく可愛くない。他の手段がいくらでもあるだろうがっ!泡坂流ブラックジョークか?
「金津の切符」。嗚呼、コレクターの悲哀か。「芍薬に孔雀」に負けず劣らずマニアックだが、解せないのは犯行が露見した理由。「………」に込められた、犯人の気持ちやいかに。○○をこのために使うのは現代目線でも斬新だ。
キュート路線だろうか「広重好み」。回りくどいというか何というか。ダシにされた彼の立場は…。最後に「青泉さん」。アトリエで殺害された青泉さん。彼のようなタイプはいるが、殺された上に暴かれてしまうとは、気の毒すぎる…。
全7編、バリエーションもあり楽しめた。第2弾以降も読んでみよう。