伊藤昌亮のレビュー一覧
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「曖昧な弱者」をキーワードにして、右派と左派の対立から「オールドな彼ら」と「ニューなわれわれ」という対立軸に持ち込んで勝利していく自民党と新興政党伸長の説明は、極めて明晰で分かりやすく、伊藤氏の慧眼に感銘を受けた。なるほど、昨今の政治情勢にかかわる謎の多くが説明されている。リベラル派の主張は理想主義的かつ高邁な「文化政治」に傾きすぎていて、もはや多数派となった日々の暮らしに汲々とするロウアーミドルの人々には響かない。手取りを増やす、社会保障の負担を減らす、というような即物的「経済政治」を訴える党が伸長するのもむべなるかな。本来は結託すべき「明白な弱者」と「曖昧な弱者」に分断をもたらし、政治的に
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ネタバレ著者自身が後書きで触れているように、現代社会、特にSNSを媒介としたコミュニケーションにおける様々な不寛容さを問題提起した書なので、これを元に、自分の考え方を整理するための書として非常に良書と思う。
ざっと感じた点をメモ。
1章 自粛警察の原動力が、新自由主義に基づく自己責任感にあり、結果の責任を事後的に自分で引き受けないとならない状況では他者のルール破りが許せないから、という視座が興味深い。こと日本人は、他人が得をするのが許せない、という足の引っ張り合いから来ると思っていたので。誰が弱者を問うのが大事、という考えは重要と思う。
2章 他者を批判するのは自分が「正しい」が和にいることをアピール -
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■ハッシュタグとはSNSでの投稿をカテゴライズするためのラベルとして使われるものだが、それが今日では社会運動のスローガンとして用いられることが多くなっている。
人々が特定のハッシュタグとともに自らの思いを投稿していくことで、それが多くの人々の思いと結びつき、全体として一つの運動体が構成され「ハッシュタグアクティヴィズム」と呼ばれるこうした動きはネットの中ばかりでなくリアルな場にもさまざまに広がり、今や社会全体と揺るがすほどの大きな影響力を持つに至っている。
■ハッシュタグはオーディエンスを確保するための手立てとなる。そこでは「集団極化」と呼ばれる現象が起きやすくなっている。「集団極化」とは集 -
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ネタバレ大変な労作。分厚い本です。右派の近代から2010年代までの動きを丹念に追っています。タイトルにあるネット右派についてももちろん詳細に書かれていますが、個人的には幕末から近代の「保守」は決して排外的な「右翼」のイデオロギーを持っておらず、アジアと連携していく姿勢を見せていたということと、ネオナチとディープエコロジー思想についての関わりがゾクリときました。ヨーロッパのエコロジーな団体が過激なことが長年謎でしたが、それがナチズムに基づいていたとは…。本書の中ではそれがいちばんの衝撃でした。
基本的に読みにくい文章ではないのですが、引用が多すぎてもう少し著者の中で咀嚼してから書いていただきたかったで -
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NPOを始めとする社会課題解決の取り組みに関わる仕事をしていると「多様性への寛容」というのは核となる考え方であり、なぜそれが反発を受けるのか、なぜヘイトスピーチにまで至るものが受容されうるのか、社会課題の放置が容認されるのか、理解が難しく感じることがしばしばある。またそもそもNPOや関連するセクターに従事すること自体に対して戸惑うほどの不信感がぶつけられることがあるが、そうた感情はどこからくるのだろうと感じたことのある人は少なくないのではないか。
理解困難なままに、言説空間も感覚も断絶したままでひたすらに多様性やあるいはそれを前提とした各社会課題解決やその啓発を訴えても何も変わらないだろうと -
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実に豊穣な本であった。ネット右派についてはそれを糾弾する本ばかりが多いが、それだけに、このようなある程度はネット右派を弁護する立場の本が欲しかった。
この本では1989年頃から2010年前後までのネット右翼各派(右翼系の既成右翼・新右翼・ネオナチ右翼、保守系のサブカル保守・バックラッシュ保守・ビジネス保守)それぞれがどのような課題(アジェンダ。嫌韓・反リベラル・歴史修正主義・排外主義・反マスメディア)を提示して活動し、糾合されていったのかを解き明かしている。非常に内容が豊富であり、まとめるのは難しい。ただ、それらに対する反対陣営のまとまりの悪さを感じた、ということは言える。
……………ぜんぜ -
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令和の若者はなぜ熱狂し、信奉するのか。
ひろゆき、石丸伸二、参政党、そして高市早苗...
なぜ彼らは社会を動かしたのか。
本書ではそこに「曖昧な弱者」という要素を見出すことでこれらの"旋風"に共通点を見出していく。
時代の潮流が掴みにくくなったとされる令和の時代、
大衆から個人へと消費や関心が変化した時世において、もはや全体を可視化しながら巻き込むことができる手段は非常に少ないだろう。
しかし、我々が細分化されていると考えられてきた思考は、意外にもその背景の陰で強大な世論を築きあげている。
本書の表題でもある「曖昧な弱者」。
本書においてはこう定義されてい -
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「明白か?曖昧か?」、その補助線を引くだけで、世界がこんなに観察できるようになるとは!多くの方に「必読」と言わせたのも納得の一冊。
リベラルと自認する潮流がなぜ人気ガタ落ちなのか。高市政権や参政党の跳躍とそこにくすぐるドグマを、キーワードひとつで浮かび上がれせる技が凄い。一方で、まさに「曖昧」がゆえに、実際どうする?の議論にはとっつきにくさもあり、伊藤先生が打ち出した補助線を、僕らがどう活かしていくかには、またひとつ発明が必要な気もしている。取り急ぎ、いち商売人として、補助線を意識しながら、この社会に参加しながら、答え合わせしていきたい。 -
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独身未婚中年男性の自分が読んでみました。
なかなかおもしろかったです。
ネット空間は、人間の本性も可視化されたってことなんだろうなと思いました。
リア充はたぶん、ネットなんて使っている暇ない・・・。
(使うとすれば、自分の儲けになるPRのために使う)
著者の伊藤先生がネットで「弱者男性」に関するインタビューを受けている記事を読んだのですが、そこで言われる「弱者男性」って、ヘテロ男性のことなんだなと、ヘテロではない自分は思ったのでした。
本当の弱者はきっと、声も出さずに静かに溺れていくように思われるので、顕在化されることはないのかもしれません。