桜井哲夫のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
20世紀とは、戦争の世紀である。
その出発点となった第一次世界大戦をこそ問わねばならない。
バルビュス、ドリュ=ラ=ロシェル、ブルトンらが見た戦場とは?
エリクソン、マンハイム、アーレントらを襲った「不安」とは?
大量殺戮の戦争は人間の何を変えたのか?
兵士、民間人の近年発掘された記録や研究をも踏まえて、第一次世界大戦がもたらした「精神の危機」を追究する待望の20世紀精神史の試み。
[ 目次 ]
第1章 1914年・夏
第2章 未知の戦争
第3章 戦時体制と知識人
第4章 くたばれ、おやじたち―戦後精神の形成
第5章 「不安の世代」の登場
第6章 さらば、ヨーロッパ―モロッコ戦争
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
ネタバレフーコーが同性愛者だったり、ロラン・バルトと関係があったり!、自殺未遂を繰り返したり、薬物をやっていたりと普段習わない一面が知れた。
ひとりの人間として興味がもてるし、どうして「狂気の歴史」などを書くことになったかの動機がわかったかも(構造主義・・・?)
引用されていた「責任がありながら、果たせない自分という存在について深く考え抜くこと、おのれがすべてに依存している存在であることを自覚し、おのれの欲望のままに生きることを反省すること、他人のせいにするのではなく、己の至らなさを反省すること。」という清沢満之の全責任主義の考え方が正しいとかはともかく考えたことのない思想でおもしろい。
それにしてもパノプティコン構造は鋭い。 -
Posted by ブクログ
「講談社選書メチエ・知の教科書」シリーズの一冊です。
まずは、教師と学生の対話形式で書かれた「プロローグ」で、捕鯨問題を手がかりにフーコーの「人間の終焉」という考え方が説明されています。日本の捕鯨を非難する環境保護団体が、反対の理由として「鯨は、知能が高くて人間に近い動物だから」と説明していたことがありました。これは、人間をすべての中心に置いて動物に優劣をつける発想にほかなりません。こうした指摘をおこなったうえで著者は、「フーコーが、「人間の死」を語ったのは、なぜだろうか?」という問いかけます。「それは、あらゆる生物の頂点に立って地球の命運を支配することができると思い込んだ「人間」認識は、けっして昔からあったものではなく、近代産業社会がつくり出したものだということを指摘したかったから」というのが、その答えです。
その後、フーコーの生涯やキーワード、テーマ別の解説、著作解題、そして読書案内などへとつづきます。『監獄の誕生』を紹介しているところでは、花輪和一のマンガ『刑務所の中』(青林工藝社)がとりあげられています。このマンガは、改造銃を所持していたことで逮捕された花輪が、刑務所での服役体験を表現したものです。著者はこの作品が、フーコーのいう「ディシプリン」の極めて克明な証言だと述べています。
また、フーコーと日本についても、一つの項目を立てて解説がなされています。日本の仏教における修道生活は、我執にとらわれる個人という領域を脱して、非個人化、非主体化へと向かうことをめざしていることにフーコーは注目していました。ここで著者は、清沢満之の主張した「全責任主義」という立場に触れています。清沢によれば、〈私〉という存在は、すべての環境の結果として生まれてきた存在です。こうしたあらゆるものの連関の中にある〈私〉は、万物に対して責任がありながら、すべての責任を果たすことができません。清沢は、責任がありながら果たすことができない自分の存在について深く自覚することで、他人を受け入れた自己としての「無我」の境地に赴くことができると考えます。著者は、こうした清沢の「全責任主義」の発想のうちに、フーコーがおこなった近代の主体主義に対する批判と通じるものを見ようとしています。
また著者は、フーコーが2度目の日本滞在時にゲイバーなどに出かけたことに触れ、また、日本の居酒屋文化に、西洋で失われた男どうしの友情(朋友愛)を見出し共感を抱いたことや、大島渚監督の「愛のコリーダ」をめぐって、男性の性器は男に属するものではなく、男女の間の絆と捉えられていることにフーコーが注目し、ヨーロッパを支配する「ファロス中心主義」が日本では存在しないと語っていたことが紹介されています。ただ、日本の居酒屋文化に関しては、ホモソーシャルの問題を無視することができず、単純にそこでの男どうしの交流と絆の結びつきを称揚するわけにはいかないように思います。 -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
不良とは何だろうか。
世間から社会的な劣等者ないしは犯罪者予備軍というレッテルを貼られる存在でありながら、一方で息の詰まりそうな管理社会に風穴をあけるトリックスター的存在。
かつてこの両義性によって不良精神が輝いてみえる時代もあったが、それもいまはノスタルジーとして語られるのみである。
恐るべき若者たちに対する近代国家の管理と保護の動向を鳥瞰しつつ、トリュフォーの映画や戦後日本のマンガ・劇画に登場する不良少年たちの反抗と運命を共感をもって描くもうひとつの若者文化論。
[ 目次 ]
第1章 恐怖から管理へ―若者は、恐怖の対象であった
第2章 管理の科学
第3章 「不良少年」の誕生
第4章 不良少年から非行少年へ―「不良少年」の戦後史
第5章 大人は判ってくれない―映画のなかの不良少年
第6章 ジャンルとしての「不良少年」―マンガのなかの不良少年
第7章 不良という文化
終章 反学校文化のゆくえ
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]