本書は、昨今の私たちの生活、或いは仕事、を便利にしようとしてくれる数々の目に見えるもの、或いは目には映らないが効率的に進めようとする社会的な背景、さらに言えば思想、そして政治などについてを、主に米国人にとって親しみやすい歴史的な出来事や科学的な発明、発見、そして社会的な風習等を引き合いに出しながら考察し、実に興味深い問題提示をしてくれる書籍であった、という印象である。
ここで私が言う「問題提示」とは、まさにこの書籍のタイトル通り、最適化、或いは効率化(する為のさまざまなテクノロジー、科学、等)が、果たして人間を本当に幸せにしているのだろうか?、と言う事になろうかと思う。
電力、通信、鉄道、ハイウェイといった主要なインフラは、早いうちから張り巡らされ、そこをモノも情報もお金もくまなく高速に行き来し、またさらに「効率的に」流通、供給されるための工夫、それを考える学問、は終わりなきゴールに向かって研究、開発、実践、されている。ただそれらは最適化していけば行くほど、ほんのちょっとした事で崩れ去る(大停電であるとか)リスクをも孕んでいる。「効率的に」なればなるほど、ほんの些細な予兆を伴うきっかけで、崩れ去りうる可能性が高まる、という事を本書籍の中で著者は訴えかけているように思う。
それらさまざまな事実、現象、いま米国内で起こりつつあること、を著者が国中を移動しながら、自分の目で見た情景をそのまま記述しながら問題提示をしていく、「ロードムービー型問題提示」の体をなしているようでもあり、読み進めることに退屈さを感じさせられなかった。
私が何より親しみやすいと感じたのは、知りうる範囲での著者のこれまでの経歴とこれからどうしようとしているかという現在の生活基盤であろう。かつてシリコンバレーの第一線で働いていた彼女は、さまざまな疑問を抱き、いまはハイテクの中心から距離を置く西海岸の「島嶼部」で生活しているらしい。その「スローライフ」から俯瞰した現在も続く社会の「最適化幻想」を、時に「ロードムービー的な」手法で描き出した、良書であると思う。