荒川洋治のレビュー一覧
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ネタバレ荒川洋治さんが選んだ「昭和の名短篇」戦前篇の登場である。これは読まないわけにいかない。
各作品について感想を述べる。
芥川龍之介「玄鶴山房」
芥川は昭和2年7月に自ら命を絶った。昭和の文学は芥川の死に始まったと言ってもよい。玄鶴という小資産家の「山房」には娘のお鈴と銀行員の重吉夫妻が同居している。玄鶴もその妻のお鳥も老齢で結核を病んでいる。ある時、山房のかつての女中であり、玄鶴の妾でもあった二十代のまだ若いお芳が、子を連れて玄鶴の「看病」にやってくる。この微妙な関係にある縁者たちが、一つ屋根の下で過ごす。娘婿の重吉や住み込みの看護婦・甲野の視点も絡みながら、彼らの心理が描写される。怪奇や幻 -
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本書は、詩にまつわるエッセイ集である。
(詩の特色、詩の歴史、詩人紹介、詩の将来等)
様々なエッセイがあるが、「散文は「異常な」ものである」「作者になること」が特に印象に残った。
前者の内容は、詩は人間の感覚的思考の働きに近いものであるのに対し、散文は読み手に伝えることを優先するため、この感覚的思考に沿わないような文章を書くとのことだ。まるで脳天をかち割られたような衝撃を受けた。詩とは詩人の脳内世界の表象だったのだ。
後者の内容は、読む詩の作者になることで、詩をより理解しやすくなるという論旨であった。試しに書かれている方法をやってみると、詩に対する視野がすごく広まっていることがはっきり分 -
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ネタバレⅠ詩のかたち
Ⅱ出会い
Ⅲ詩を生きる
Ⅳこれからのことば
の四章から成っています。
著者の荒川さんは詩の歴史をあまり知らないと述べられていらっしゃいますが、私は高校の教科書程度しか知らなかったのでかなり勉強になりました。
特に、北原白秋・萩原朔太郎・室生犀星の三人のかたい結びつきなども面白く読めました。
「これまでの現代詩は『時代という愛情』に包まれていた。戦争があり、闘争があった。政治の季節には政治があった。(中略)いまは時代も、たたかう相手も鮮明ではない。読者もいない。何もなくなったのだ。(中略)だとしたら、ここから本当の詩の歴史がはじまるのかもしれない」以上抜粋。
「唱歌」 石 -
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「詩のことばに象徴されることばがまわりから消えて、これまでなかったようなへんなことがあちこちで起きる。詩は、人間に何かを教えていたのだろう。それを失った人にはわからない、何かを。」<詩のようなことば>全体が遠ざけられているという危機感が、ひしひしと伝わってくる。詩人のエッセイなので、文章にも著者独特のリズムがある。散文を読みながら詩的表現も味わえる。
詩と散文の違いについて腑に落ちる解説がある。「散文はつくられたものなのである。散文そのものが操作、創作によるものなのだ。それは人間の正直なありさまを打ち消すもの、おしころすものだから、人間の表現とはいえないと思う人は、散文だけではなく詩のこと -
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荒川洋治のエッセイが気に入っているという記憶があって本書を手に取る。読み始めてこのエッセイがその記憶とどう繋がっているのかが解らなくなる。
本書の中で、荒川洋治は具体性の人である。どこに落ち着かせるべきかがあいまいな事柄を、そのままに放っておくことができない。人口や地名が内包しているかも知れない隠された真実が気になる。そんな人であることが強烈に伝わってくる。あれれ、こんな感じのエッセイを書く人だっただろうか。
しばらく読み進めると、荒川洋治がことばについて語り出すのを目にする。ああこれだ。この感じが気に入っていたのだろうな。
時に荒川洋治の評は厳しすぎるように思えるときがある。こと -
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「本を読むのが遅いんです」そういう人に、このエッセイ集を薦めたいと思っている。
作者は荒川洋治という詩人である。だから自然と、詩や文学についての話が多くなる。けれど、困ったことがある。そこであげられた作家のほとんどを私は知らなかったのだ。
彼が口にするのは、忘れられた作家なのである。文学史にも残らない、皆に忘れられた人々。荒川はそういう作家の小さな声を聴き取ってゆく。こんなひとがいたそうですよ、あんなひともいたそうですよ、荒川洋治はそう語る。
本書には何かを「教えてやろう」という気配もないし「主張するぞ」という意気込みもない。ただ静かに、荒川洋治は語っている。
冒頭に「読むのが遅い」人 -
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荒川洋治・編『昭和の名短篇 戦前篇』中公文庫。
現代詩作家である荒川洋治が厳選した昭和の名短篇13篇を年代順に収録した文庫オリジナル・アンソロジー。解説では昭和の名長篇も紹介される。
昭和は遠くなりにけり。昭和から平成、令和と時代は移ろい、令和という新しい時代を迎え、昭和の価値感は全て崩壊してしまったと言えるだろう。日本人が戦後の焼け野原から立ち上がり、身を粉にして働き、高度経済成長期を経て、ものづくり大国としてその地位を確立したのが昭和であった。
今や働き方改革などと言って、残業規制や様々な休暇制度が導入され、労働時間は減少の一途を辿り、それに物価高も相まって実質的な賃金は減少している -
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現代詩人であり随筆家である荒川洋治氏がやさしく説く『日記学』。
小学校時代からずっと日記をつけている著者だからこそ書ける日記をめぐる情景をすくい取り、あれこれを綴る。日記のつけかた、日記のことば、日記のつける順序等シャープな視点で日記を解剖した指南書。
日記…と、ひとことで言っても、子どもの頃の夏休みの絵日記、中学生になれば交換日記、異国の地でのひとコマを記した旅日記、昨今のブログまで時代・年齢・状況によって、その姿を変える。
まず「古今東西、人はどんな日記をつけてきたのか?」をテーマに文学者の日記を渉猟する。
所謂「日記文学」の考察。
武田百合子(武田泰淳の妻)は、移住先の富士山麓の -
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公開されている日記文学や著者の経験から、「日記をつける」ことについて、述べられている。
結局のところ、ライフログ=人生の記録=日記。
そして、そこでは、第三者の視点も意識したい。それが、自分とは少しずれた自分であっても。
岩波アクティブ新書で出ていたものの、文庫増補版。
ライフログノートに触発されて、日記があらためて気になったので購入。
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(目次)
1 日記いろいろ(絵日記
日記へ ほか)
2 日記はつけるもの(「書く」と「つける」
日付と曜日 ほか)
3 日記のことば(手書きの文字
はじめての日記 ほか)
4 日記からはじまる(まず、つけてみる
夕立の二人 ほか)
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多くの既刊の日記エッセイを例に、日記のつけ方や向き合い方を説いた1冊。
私自身も日記をつけて10年くらい。本来日記はプライベートの極みのような作業だと思っているので他人様の日記を覗き見する心持ちで読んだ。本書から感じたことは、結局日記は自由に、気楽に、好きに書いていいということ。
と併せて、飽き症の自分がなぜ日記をつけ続けるのかも考えてみた。とりとめのない日常や考えを書くと、まず言葉にすることで心の整理がつく、客観的になれる。そして後々見返した時に何気ない一文から、その時の思い出が一気に甦る。楽しくなる、嬉しくなる、悲しくなる、苦しくなる、悶絶する(笑)。そして最後は必ず笑えてくる。
そんなも -
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ずいぶん読み終えるまで時間をかけてしまったけど・・・ようやく。ちょっとずつ大事に読んでたってことで。色んな文人の色んな日記の引用が沢山。私が好きなのは、荒川さんの「日記」という行為そのものに対する思い入れの方だったりするんだけど。
P46 手帳が空白だと未来がないように感じる。手帳は明日につながるらしい。でもそれはあくまで予定の世界。手帳に書かれてもそれが実際にあったことなのかは、しばらくの間本人が知ってるだけ。時がたつと自分でもわからなくなる。土曜日にお姉ちゃんと会わなかったとしても、手帳の文字をあとから訂正することはまずない。日記は手帳とはちがって原則として事実をあつかう。その意味では、 -
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日記。誰にでも書けるのに、長く書き続けるのは案外に難しい。何を、どのように書けばいいのだろう?毎日がこともなく過ぎるときにも、何か大きな出来事に気持ちが圧倒されるときにも、日々のことを(というか、自分のことを)記す日記とは、だいたい、いったい何なのか。
わたしはある時ふと日記をつけたくなり、その参考書としてこの本を買ったのだけど、その点で十分に実用に足る内容であった。筆者が本の後半で「こんなことも、つけておこう」と勧めるものは「いま住んでいる家の間取り/引っ越して何年かたつと忘れてしまう・・・」「窓からの風景」「衣服の傾向」「会社の人たちの描写」「いまの仕事」など、なるほどと思うものばかり -
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日記のいろいろが紹介されています。本文のまず始めのページには、イタリアの働く子供の日記の手書きのページが紹介されていて、それだけでもう、やられた!という気分になりました。
筆者が小学生のときの日記に書かれた担任の先生の、気の利いた優しく鋭い赤インクのコメントを読んでは、「担任の先生ってえらいなあ・・・」と思う。
名作に登場する日記の記述。それも日本だけではなく海外の作品からも紹介されています。また、文豪が実際に綴った日記も。
日記というものが、こんなにもさまざまな形、ありとあらゆる重さで書かれている事実も興味深く、そして、自分のために書いたものであっても、時を経て他人に読まれるものである