舟津昌平のレビュー一覧
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私は経営学研究科の博士後期課程に在籍している。修士論文も、あるいは、これから書こうとする、博士後期課程での論文も、「新制度派組織論」という理論をベースに論文を書こうとしている。本書は、新制度派組織論の中の、「制度複雑性」という概念を中心概念に書かれた書籍である。
新制度派組織論とはどういうものか、ということを書き始めると長くなるので、この感想文では書かない(今後、他の新制度派組織論に関する書籍を読んだ際に書いてみようと思う)が、私の修士論文は、これまでの理論ではうまく説明できなかった現象が、新制度派組織論を使って分析すると、うまく説明できるという内容のものであり、その現象、というか、対象としている制度は、「ジョブ型雇用」制度であった。
多くの会社が、人事制度改革の一環として、ジョブ型雇用制度を導入しているけれども、日本的雇用慣行全体で見れば、大きな変化は起きておらず、また、実際にジョブ型雇用制度を導入している企業も、よく制度をみれば、年功的処遇制度の修正版とでも言えるような内容である。すなわち、現状のちょっとした変更を、「人事制度改革」と謳ってジョブ型雇用制度を導入しているのはなぜだろうか?ということが主たる関心の論文であった。
結論的には、それは、別に効率性や効果性を求めて導入したものではなく、外部に向かって、「当社は改革を行っている企業ですよ」ということを示すための制度ラベルとして用いられているというものであった。要するに、一種の「やったふり」みたいなものである。
博士課程では、それはそうなのだけれども、でも、実際にはジョブ型を導入した企業と導入していない企業があるけど、すなわち、「やったふり」をしている企業としていない企業があるけれども、それはなぜだろう、というのが、いわゆるリサーチクエスチョンである。
論文を書くためには大量の文献・論文、いわゆる先行研究に目を通す必要がある。この分野で必ず目を通しておくべき先行研究の多くが英文論文であり、これは、目を通すだけで非常に時間がかかる。
博士課程を3年で終えることは、既にあきらめており、まぁ。5年くらいかけて、じっくり研究しようと考えている。 -
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近頃はなんでもかんでもハラスメントと言われ、
ちょっとしたことで会社をやめられ、
高い初任給は我らおじさんたちと遜色ない。
我ら就職氷河期は、大卒でも仕事がなく、
やっと入ったらハラスメントなんて言葉はなく、
上の言うことは絶対ーで、給料なんて上がらない、
貧乏くじをひいて、やっと上に立てたら、
下の顔色を伺い続けないと。
と言われてますが、
実際、僕の職場の若手、みんなすごく良い子で、
仕事も一生懸命だし、
飲み会もガンガン来てくれるし、
なんなら僕と2人で富士山登ってくれる。
…あまり実感ないんですよね。
で、この本では、自らがいわゆるZ世代にヒアリングした内容、
過去からの離職率のデータなど、データと自らのフィールドワークと意見がきちんとあって、
すごく良い。
若者だって不安なんですよね。
この本のポイントは、やはりラストの「第三者過剰、第二者過少」にこめられてて、一般論とか世間の目なんかより、目の前のその人を見ましょうということですよね。
若者めっちゃいい子多いし、
むしろ、時代のせいにして、空き時間はSNSかゲームかネトフリで、挨拶もろくにできない、我々おっさんおばさんのアップデートも必要ですね。
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タイトルを見て気になったので読んでみました。
著者は経営学者であり、社会学者ではないので、内容的な正しさについては疑問が残るものの、研究者らしいアプローチでZ世代を、そして、Z世代を通じて日本社会を考察しているため、非常に納得できる部分が多い本でした。
文体も含め、今のところ、自分が今年読んだ本の中では一番だと思います。
本書は、Z世代の傾向に関する考察が中心に書かれているのですが、その多くは、Z世代の親世代である団塊ジュニア世代の自分にも思い当たることが多いこともあり、「Z世代の振る舞いは、団塊ジュニア世代の振る舞い(団塊ジュニア世代にも思い当たること)の一部を抽出したように見える」と思いながら読み進めていました。
そして、その考え方は、ある意味、当たっていました。
本書によれば、「Z世代は、現代社会の変化をいち早くとらえている層」ということができると思うのですが、これを一般化すると、「若者は、その時代の社会の変化をいち早くとらえている層」ということができ、そのことを的確に見抜き、指摘・説明している点が、この本の秀逸な点だと思います。
著書の舟津氏は「ゆとり世代」だそうですが、どんな教育課程からも、こういう有望な研究者が生まれてくるものですね。
そういう意味では、文科省は、自省がやりたい施策を無理に推進するのではなく、もっと現場(先生)や子どもを信用して任せた方がよい気がします。 -
Posted by ブクログ
自分も当時同じような考えを持っていたはずなのに、今の若者の考えが理解できなくなってきた。しかも同じようで微妙に違う。その謎に迫りたいと思い、本屋で目に付いたこの本を読んでみた。
読めば読むほど若者が不憫に思えてくる。詳細は省くが昔と比べて、SNSを取り巻く友達との関係、言いしれぬ根拠のない不安やそれを利用して食い物にするビジネス、意味内容の伴わない言葉に翻弄され振り回される就活界隈、これだけのことを毎日処理してたらそりゃ冷めた考え方にもなりますよね……毎日学食でモンハンやってた私なんか到底及ばない世界になってるんですよ……
ただ時代々々の若者とオトナは合わせ鏡だということは忘れないようにしたい。そのときのオトナの都合でそうなってしまったというだけで勝手にそうなっていったわけじゃない。若者だけ変えればいいのではなく、社会全体で変わっていかなければならないことなんだ。みんな自分は関係ないと思ってちゃいけないよ。
著者のユーモアも交えてクスッとする文章もたくさんあるので割とさっくり読めて楽しい体験だった。 -
Posted by ブクログ
平易な語り口の中に専門性が入っている形式で、とても読みやすい。
Z世代は掴みにくいというか、両面性があるというか、両極端ではなく中庸、良いとこ取りをしているのだという印象を持った。
怒られることや、先生に授業で当てられるなどの困ったことは拒否する一方で、成長を求めてインターンやモバイルプランナーなどを経験する。
全員が成長を求めているわけではないが、頑張っている人を笑えるのは頑張っている人だけというような対称性を持つ。
Z世代、もとい若者は世間の鏡である。Z世代は大人の社会にリアクションをしているに過ぎないし、大人もZ世代と同じ構造の中にいる。世間のあらゆるニッチにビジネスが入りこんでいるし、トラブルを起こさないためには互いに無関心であることが最適解だし、我々の不安はビジネスによって煽られている。
構造を変えることはとても難しい。それに抵抗するには我々の心身からアプローチする必要があるだろう。
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Posted by ブクログ
ネタバレ「Z世代」と呼ばれる若者たちを分析することで、社会の在り方と変化を展望する。
●Z世代の住処
・若者はSNSという檻の中で監視し、監視されることによって安寧を得ている。コミュニケーション「らしきもの」を取りながら、ヌルい関係性の中でお互いを監視し続ける。
・学校も「不快なものを極力排除した」楽しい場所でなければならない。Z世代は「客」だから。そして、教員が指導しようものならすぐにクレームを入れる。こうして、教員と生徒、お互いがWin-Winになる「無関心」という関係が生まれる。
・若者は、「ありのままでいたい」けど「何者かになりたい」という、相反する願望を抱えている。無理はしたくないものの、他人から「凄い」と言ってもらえるレベルではありたい。
●消費の主役・Z世代
・「若者らしさ」「推し活は人を幸福にする」という社会言説を作り、Z世代を消費のターゲットにするビジネス。「みんなやっているから」という曖昧な理由で、サービスやモノが飛ぶように売れていく。
・コンテンツが個別多様化し、より閉鎖的で他者から見えないようになる中で、不適切で粗悪なものが若者をとんでもない方向に「教育」していく危険性がある。YouTuberやインフルエンサーが「ビジネス」のために行なっていることを、リアルな世界線での倫理観として学んでしまう若者たち。
・「友達と違ってたら嫌ですよね」
こうやって「不安」を煽ることで、Z世代をカモにする企業も存在する。不安に根拠は必要ないので、若者はホイホイ金を払う。
・若者のいる現代社会はビジネス化の一途をたどっている。そして、知識がなくて意思決定が拙い若者は恰好のカモである。
●唯言が駆動する非倫理的ビジネス
・「やりがい」「ガクチカ」「インターン」「コミュ力」など、言葉が一人歩きしてしまい、その言葉の真偽はともかく「正しいという空気」さえ作ってしまえば、事実を都合良くコントロールできる。
・実態なき言葉を駆使して「成功体験」を積んできたZ世代は、それなりにいる。しかし、実態のない、言葉しかない薄い世界にしたのは他でもない「オトナ」。
●劇的な成長神話
・「成長」「自己実現」など、若者は具体性のない付加価値を求める。
・「道徳の対称性」によって、自分と違う立場の人には口出しできず、第三者的でどこか他人事な思考に陥る若者。「好きにしたらいい」「自分で考えてやってごらん」など、大人が是としてきた個人主義的な自己責任論を、若者たちは参考にし、また強いられている。
●消えるブラック、消えない不安ー当たりガチャを求めて
・職場は確実に脱ブラック化してきているにも関わらず、若者の「不安」を消えず、「ゆるい」職場は敬遠されてしまう。どこかに必ず「やりがいのある職場」があると信じ込み、離職を繰り返すことで「ガチャ」を回し続ける。
・社会は人を怒らない方向にシフトしており、怒られた経験ない若者たちは、「怒られる」=「恥ずかしいこと」「この世の終わり」だと思ってしまう。
・他責思考の人間に、「当たり」は永遠に回ってこない。
●不安と唯言のはてにーわれわれに何ができるのか
・Z世代は、我々の住む社会の構造を映し出した「写像」である。世代間で分断するのではなく、我々みんなに同じ構造があることを認識し、どうやってそこから生きていくのかを考えていくことが重要。
・自分にぴったり合う仕事、楽しい仕事など、この世には存在しない。
・「満点志向」の人間から脱却して、「われわれは頭が悪い」という自覚をもとに、愚直さをもって賢くなる努力を積まなければならない。
・信頼にも不安にも根拠はないからこそ、「余裕」を持って生きる。
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Posted by ブクログ
著者も本書の中で述べているとおり、「先生、どうか皆の前でほめないでください」を参考にしているというか、なぞっているというか、追試しているような感じがする(悪い意味ではない)。文体も似ていて同じ著者が書いたと言えばそう思えるかも知れない。上書きしている部分、補完している部分もありつつ、この2冊はセットとして読むべきかも知れない(あくまで個人的な感想)。完全肯定ではなく、かえってアンチ(笑)というわけでもない。実際のZ世代の若者として登場してくる事例が同じ様で少し違うのは学生の所属する大学の違いなのかなと思う。私自身複数の大学の学生と主に授業を通じて接する機会があるが、ものによって大学によって、これら2冊に書かれている学生像と近い、遠い(といっても微々たる違い)のニュアンス差がある。
Z世代は、線を引いたこちら側から客観的風に語るものではなく写像であるというところに妙に納得できる。あと、先にあげた書籍は問題提起で止まっているところが、こちらは解決策まで提示しようとしているところが大きく違う。いずれにしても、これまで言説や常識みたいな感じで、私自身がある意味偏見絡みで見ていたZ世代という塊への見方を大きく変えてくれたことは確かである。ひさびさに目から鱗的な知見が得られた気がする。
この手の書籍は嫌な人にとっては嫌なのだろうなと思いつつ、なんとなくお得な一冊に出会った感じ。 -
Posted by ブクログ
現代社会の価値観の変化を鋭く分析した本だと感じた。一方で、著者の主張に少し偏りを感じる部分もあった。
特に印象に残った点は以下6点である。
① 少子化、教員不足、アンガーマネジメント、モンスターペアレントなどの影響により、学生がお客様化しているという指摘。教員と学生が互いに関わらないように距離を置く無関心化が進む。
② Z世代は怒られる経験が少ない傾向にあり、怒りへの免疫が少なく、叱責そのものを極端に恐れるようになっているという指摘。怒りは人間の基本的な感情であり、それを過度に排除する風潮への問題提起が印象に残った。
③ Z世代は「最大化」ではなく「最適化」を重視し、タイムパフォーマンスやコストパフォーマンス、友人やSNS上での評価を意識する傾向があるという分析。しかしSNSで示される「普通」の水準は、今の日本の現実とのギャップがあるという指摘もあった。
④ Z世代の不安に寄り添うように見せながら利益を得る「不安ビジネス」の存在。「あなたに合った転職先が必ず見つかる」といった転職ビジネスをはじめ、さまざまな形で都合の良い情報があふれ、ビジネスが展開されていることも印象的だった。
⑤ Z世代において、「唯物論」ならぬ「唯言論」化が進み、「エビデンスはあるのか」「人による」「宗教ではないか」など、一見客観的に聞こえる言葉が、実際には議論を深めるのではなく、それ以上踏み込まないために使われる場面があるという指摘。相対主義が行き過ぎ、結局は何も主張していないのと同じ状態になっているという意見があった。
⑥ Z世代だけでなく、社会全体がお客様化し、その結果、企業もコンプライアンスを強く意識する時代になっている。綺麗でデオドラントで完璧が求められる余裕のない社会が現代。 -
Posted by ブクログ
Audibleにて
前から「今はそういう時代だから」と言う人を信頼していない。そう言う人は時代が許せばやってしまうからだ。体罰もいじめも時代が許さないからやらないだけで、明確になぜダメなのかを説明できない。
だから過剰に「コンプラ」を気にするし、それにがんじがらめになっている。例えば部下の指導をする際に、人格否定や怒鳴り散らすことは論外だが、出来ていないところを指摘するのは当然だろう。もちろん出来ている点は褒めた方が良い。結局は当人同士の関係性と、褒めと叱りの両輪が大事なのだと思う。
この本を読む前から、どんどん社会が「清潔」になっていく気がしていた。本書で気持ちよく言語化してあったが、「デオドラント化」だ。臭いものに対症療法で蓋をしても、蓋の下で腐敗するだけであり解決にはなっていない。
社会の発展は螺旋状に昇っていくので、もうじき揺り戻しが来ると思う。と言うよりも、すでに来ている。大国が力で現状を変更しようとしている。90年前の再来である。その時はどういう「時代」だったか。当時と今とで不可逆に変化したものは何か。ここを見誤ると、不幸な時代が再来する。 -
Posted by ブクログ
名著。
現在の一般的な若者論あるいは若者のイメージを統計・アンケートなどの調査をもとに、必ずしもあてにはならないと指摘し、目の前の若者を個人として見て、コミュニケーションをちゃんととっていこうよ、そうすれば若者も怖くないよ、ということをユーモア(皮肉?)も交えつつ説得力をもって説く。
「ハラスメント」はハラスメントってレッテル貼って嫌いな人を排除するものではない、若者が変なことしたら毅然と対応するのが年長者の義務という主張にも共感した。むしろ「若者」に腫れ物に触れるように接することで、若者への責任を社会が果たしてないって指摘は、すごく重要だと思う。
また、若者も対人関係や仕事の仕方で悩んでいるし、若者の抱く「老害」像もあてにならない、若者も年長世代の価値観を理解すべき、という指摘もある。この点で、本書は「若者」にもぜひ読んでもらいたい。
他方、前提となる「若者論」は、都市部の若者が中心な気がする(これは著者の責任ではないが)。地方の若者と都市の若者の比較調査も著者にはやってもらいたい。