本作は転生時に性別が女性に変っているが、元ネタは大分以前の「てやんでいBABY」だろう。作者は医療従事者で、医師の監修もあり、実用的で科学的な育児書でもある点はユニーク。物言えぬ赤ちゃんの代弁者でもありそうした点は評価出来る。
１．今何故こんなに「転生物」が多いのか？
１）現代青年（Ｚ世代）は非正規雇用が普通になってしまい、「正社員が夢」と言われて久しい。そして「自己責任論」で洗脳されているので、タダ働き残業、長時間労働、貧困生活から抜け出せないのは「自分に能力が無いのが悪い」「人生はクソゲー、無理ゲー」「親ガチャ失敗した。」と諦めてしまう方々も少なく無い。そこで、「死んで、生まれ変わったら」と妄想に夢を託す。「勇者や美少女に生まれ変わり、そこで悪者をやっつける大活躍や美しい恋愛の末、幸福に結婚したい。」と言う妄想の代弁者である漫画作品が沢山作られるのではないのか。
２）現代日本社会では、「恋愛して、結婚し、お子さんをもうけ、幸福な家庭を築く」という普遍的な事が、一部富裕層の特権になりつつある。だから本作の幸せそうな若夫婦の子育ての情景も「永遠の憧れ」で有る方々も少なく無い筈だ。
何とか結婚できても本作の若夫婦の様に勤労者、共働きでは子育て生活に困難がのしかかる。庶民の側に立ち真面目な仕事をされている某女性国会議員の「保育園落ちたぁー」の叫びが忘れられない。
２．他作と比べて興味を引かれた所（２３歳、３２歳、４２歳、５２歳）
１）本作は「ブラック企業」で「過労死」した２３歳の青年が現代日本の赤ちゃん（女児）に転生している。口煩い前世での上司が父方の祖母と言うのが笑える。
以下に上げるの類似作総てに於いて、前世からの、意識、記憶、知識、スキルは継承され活用されているが、本作だけは赤ちゃんなので、口もきけず、体も自由にならず、それ故前世の知識が活用出来ない。この苛立ちが面白い。
本作も女性の赤ちゃんの中身（精神）は成人男性なので、自身を客観視している所があり、長く続けば、その意識、知識が継承され面白い展開を期待出来るだろう。
小学校入学編、思春期編、恋愛編、破瓜編、就職編、結婚編、出産編、フリダシに戻って子育て編。
２）「異世界美少女受肉おじさんと」では３２歳のサラリーマンが異世界で１５歳位の美少女に転生し、少女になった主人公は一緒に転生した親友に対して恋愛感情を抱くようになる。
３）「おっさんが小学生」では４２歳のサラリーマンが、９年前の日本に小学校５年生、１０歳女児として転生し、中身が近未来のおっさんなので、向う９年間の社会変化を既に知っている故「ある兵士の物語」の様に株で一儲けしようと考え、元の少女には無い能力（英会話、ピアノ、企画立案）を発揮するが、ダンスは出来なくなっていた。
４）「悪役令嬢転生おじさん」では５２歳公務員男性が１５歳の異世界の侯爵令嬢に転生し、前世の知識、労働者としての社会常識、スキルそして子育て経験からくる思いやりが遺憾なく発揮され元は高慢だった侯爵令嬢が心優しい理想的な少女に変容する。
３．「転生」について
世の中には前世は空軍パイロットで、何処で撃墜されたとか、前世は像で像の暮らしも楽では無かったとか語るお子さんが極僅かにいるが・・・転生はファンタジーなので現実にはあり得ない事であると釘を刺して置く。
１）単純に考えるならば、ナチスドイツに散々殺されたユダヤ人、ロシア人であるが、何故今、かつて自分達がナチにされた事と同じ事をパレスチナ、ウクライナに出来るのか？
ありもしない前世を言うより歴史に真摯に学び、他者の苦しみを理解しようとする想像力を発揮させる方が有効だ。日本人もしかり。
２）一部の宗教の概念に「現世で生活が苦しいのは前世で悪事を働いた報いだ」というのがある。言い換えれば「現世で贅沢三昧の富裕層は前世で立派な事を成した」という言い分である。これは極端で残忍な格差社会を是認し、生活に苦しむ人々に更に鞭打つ考え方であり、その悪質性に於いては「自己責任論」と同じである。
そんな調子で過労死する迄コキ使われ、現代の女性に転生しても、男性よりもっと酷い困難が待ち受けているだろう。女性差別、セクハラ、性の商品化、・・・数え出したらキリがない。
シリアスに考えると、民主主義や人権が皆無な、王侯貴族が支配する、日本の現憲法制定以前の様な絶対主義、封建社会に女性として転生したら更にもの凄い苦渋となるだろう。
現代日本でも女性の人権は甚だ不十分であるが、現憲法制定以前の日本では女性に権利は皆無だった。
封建社会は決してロマンチックでは無い。美しい洋式の築城、その塔は王の言う事を聞かないお姫様を閉じ込めて置くためとか、城の地下には反逆者に使う拷問部屋があるのだ。
こんな社会では、お姫様なら親が勝手に決めた政略結婚。「ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテと実況の遠藤くんと解説の小林さん」のリーゼロッテ嬢も「悪役令嬢転生おじさん」のグレイス＝憲三郎嬢も幼くして親が勝手に縁談を決めている。庶民でも結婚時の「王の初夜権」（検索：フィガロの結婚）、更に貧しければ娼婦。
３）ＰＣを買い替えると設定をやり直し、アプリのインストールもやり直し。クラウドにバックアップを取って置きそれを戻す方法もある。人間の意識、記憶のバックアップが取られ、赤ちゃんにそれがレストアされるとでも？
４．まとめ
ファンタジーとして「転生」を作家が表現し、私達読者もそれを楽しむ事は大いに結構、女性や子供の苦しみを理解しようとする想像力の訓練になる可能性もあるからだ。しかし、それに逃避するのでは無く、不条理な現実社会を直視して、この社会を変えて行く事を忘れてはいけないと思う。
