稲垣諭のレビュー一覧
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学生向けの講義をまとめたものであるため、非常にわかりやすく、技術哲学、つまりアイディの「プラグマティズムを使った現象学へのアプローチ」の感覚がわかる。「テクノサイエンス」という造語による、テクノロジーと科学が両輪のような存在であることも納得できる。また翻訳者である稲垣氏の解説もわかりやすく、例え話で出てくるオイディプス王によるスフィンクスの謎かけの答えが、人間の進化の過程であり、テクノロジーが人間と一体化し、透明化した、という解釈はとてと好きであった。
参考文献として挙げられていた「技術の道徳化」「技術の哲学」なども読んでみたいと思う。結構私はこの技術哲学というアプローチにメロメロになってしまったし、仕事内でもこの視点で物事を考えるようになってしまった。 -
Posted by ブクログ
「やさしさ」=性格…と思い込んでいたが、「気持ちや性格の問題ではない」と分かって、自分が求める「やさしさ」に解決の糸口が見えた。性格の問題ではないなら何かというと、振る舞いや行為の問題。自分の性格を責める必要はないし、行為はいつでも新しく変化させることができる。
身近な大事な人(両親、子どもたち、同僚、友達)のことが大好きだし、優しくしたいと思っているのだが、時にイライラしてしまい、まさに『やさしさがつづかない』状態になってしまう。初対面の人や第三者にはあんなに感じよく振る舞えるのに、何故だろう…と思っていた。別に自分をよく見せたいというわけではないのだが。今回本を読んでみて、その原因がわかった。
そもそも、やさしさの定義とは以下の通りである。
①コントロール権を手放し、相手に委ねること(ソフトな意味での優しさ)
②その結果、起こることの責任は引き受けること(ハードな意味での優しさ)
人は責任が問われないからこそ、他人に優しくできる。無責任でいられる限りでの優しさが存在する。初対面の人や第三者に優しくできるのは、だからなのだ。優しいが続かない。本当の原因は②にある。
疲れていたり、忙しかったり、苛立っていたり、不安だったりと心に余裕がないと、他人をコントロールしたくなってしまうものだからだ。そのためには、自分自身の余裕を作り上げる状況が必要。その余裕とは、①経済面、②時間面、③健康面、こうした当たり前のことがきちんとあるかどうかにもかかっている。精神的余裕を持つには、1日のどこかで、10分でも20分でもいいので、1人になって、スマホを置いて、テレビを消して、何もコントロールされない。自分の時間を体験すること。何もしない時間を過ごすと言うのは、とても贅沢な時間の使い方。外部から切り離された時間を持つことだけでも、自分自身をリセットして、明日につなげるための余裕を育むことになる。余裕の力を回復されることが、すごく大事。
なぜ、マインドフルネスがとても重要視されるのか、この点からもよくわかった。そして、日々の「ありがとう」という感謝を忘れず、「あたりまえ」と身近な人にフリーライドしないこと、このことを意識していけば、少しは優しいが続くかな? -
Posted by ブクログ
面白かった。このタイトルに惹かれて興味を持った人の多くは、この本を面白いと感じるだろうと思う。
全体的な構成としては、やさしいをつづかせるためのコツを伝えるハウツー本のようなものではなく、やさしいをつづかせるために、そもそもやさしいとはどういうものなのか、そしてそれを取り巻くものは何なのかを、社会学や心理学、哲学といった様々な視点を取り入れながら理解していくものである。その展開の仕方が個人的に非常に興味深かった。
簡潔で直接的なアドバイスを求めている人には適していないかもしれないが、自己理解を目的としているのであれば非常に参考となる1冊だと感じる。 -
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ネタバレ哲学研究者による
「やさしい」について考え、どうしてやさしさがつづかないかを哲学した書籍。
哲学の本は読みづらく分かりにくい本が多いが、読みやすいし、分かりやすい。
やさしさの語源の中には「痩せる」、も含まれていて、この2つの関係性についても考察。
災害時などの緊急事態や落とし物を届ける、などの突発的な場面ではやさしさを提供する事が難しくはないが、なぜ実社会で親しい人に対しては難しいのか?
やさしさの本での定義が
①コントロール権を手放し相手にゆだねること
②その結果起きることの責任は引き受けること
であり、①だけではやさしさは足りない。
また、悪意については
たとえ自分が損をしてでも、相手のコントロール権を奪い損害を与えること
となっている。
本を読むと上記の定義についても納得できる。 -
Posted by ブクログ
少子高齢化、社会保障費、資源の枯渇問題、温暖化などの環境問題、、
待ったなしに次々と襲いかかる問題から来る不安な未来に対して
「まあ、50億年も経てば太陽の寿命は来るし、数億年経てば地表上の動物たちもほとんど生き残れないし、私たち人類が見据えられる未来なんて十数年〜精々100年先でしょ。」と気持ちをラクにさせてくれる本。
サスティナビリティという持続可能性に疑問を抱き、他方でそのサスティナビリティを達成する使命感を背負った現代人に対してその緊張感を緩めようという著者の狙い。
平和主義もヴィーガンの語る生命主義も肩肘張り過ぎだと。仏教的に生命への執着心を解いて世界を見つめ直してみようというユーモアに富んだ絶滅への論調。 -
Posted by ブクログ
やさしいがつづかない、というのは当たり前の事象として認識しているが、それを分解して具体的な要素や要因として見せてくれる良書である。
そもそも、やさしいはつづかないことが当然なのだ。そして、やさしいとは性格や気持ちの問題ではなく行動の問題であるため、自分を責める必要もなければいつでも変化させられる。
一番印象的だったのは本書が定義する「やさしい」の定義。
1. コントロール権を手放し、相手に委ねること
2. その結果起こることの責任は引き受けること
特にふたつめ。その人の今後に全く責任を負わないからこそやさしくなれる、というのは2がないからだと強く思った。見知らぬ人との会話だからこそ開示できる自己があったり、二度と合わないだろう人との会話が心地好かったりするのもそのせいだろう。
貸し借りや義務、責任が入り込むと1も2も成立しなくなる。本書では人間関係を四つに分類できるとし、やさしさが続く人間関係は“共同的分かち合い”という。何でも分かち合い相手をコントロールしない関係のことである。他は、上下の権力勾配が存在する“権威ランクづけ”、相手との対等さを維持しようとし少数のフリーライドを許さない“平等マッチング”、相手の社会的・経済的価値によって評価がなされる“市場価値づけ”である。
もういくつか覚えておきたいことは、「悪意とは、たとえ自分が損をしてでも、相手のコントロール権を奪い、損害を与えること」という特徴づけ。
そして、自分の中で悪意が首をもたげたときに自分を客観視し、余力を育む土壌を耕すこと。余力の土壌がなければやさしいを実行できないこと。 -
Posted by ブクログ
「やさしい」という単語を聞くと、つい“やさしい”言葉で寄り添ってくれるような本を想像してしまうが、実際にはそうした本ではなかった。そのため、タイトルだけでは手に取らなかったと思うが、他の人に薦められて読んだ。
この本は、まず「やさしいは感情の問題ではない」とした上で、「コントロール権を相手に委ね、その結果起こる責任を引き受けること」、と最初の章で定義されていたため、いい意味で予想に反してくれた。のちの章では、文学作品や哲学者のフレームワークを引用して論を補強しており、この本自体以外にも興味を持てるきっかけとなっていいと思った。
筆者が定義するやさしさの定義そのものには少し違和感を持って読み進めていたが、最後に指導や教育の面で有用だとされる、「コントロール権を奪うやさしさ」について、それを最後まで語らなかった理由も含めて言及されており、構成としてすごく良かった。
•同じ相手と長くいればいるほど意識的に伝えるという自覚がなくなること(p.118)
•無責任に発しているやさしさに自覚的であるか(p.108)
•人間関係の4つのモード(p.144-)
ここらへんはのちの生活のために個人的に覚えていきたい項目だった。