平賀緑のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
序盤の資本主義への溢れ出る陰性感情とマルクス的な用語で少し気持ちが遠ざかりそうになりましたが、序盤以降はそういった様子は落ち着いているように思えました。
その後は資本主義の中で食糧がどのような役割を果てしてきたのか、名著の内容を踏まえながら進めていくとても学びがある内容でした。紹介してくださっている本も、非常に興味を引くものでした。
個人的には資本主義も含め、今ある社会システムの成り立ちや歴史に問題があったと言うことを持って否定することの意味は薄いと感じていますが、この本を読むことはこれからの社会がどうなるかを考える上で活かせると思いました。 -
Posted by ブクログ
書名に「世界史」とあるが、先史時代も含めた通史ではなく、近現代において食と農が資本主義経済に包摂されていく過程に焦点を当てているので、『食べものから学ぶ資本主義の歴史』などのほうが正確かも。
ともあれ18世紀の産業革命、19世紀の植民地主義、20世紀の世界恐慌と戦争とグローバリゼーションを経て、21世紀に暮らす私たちの「食べる」が矛盾や課題を抱えるようになった経緯がわかりやすく説明されていて、勉強になったし面白かった。
地球は120億人を養えるのだから「飢餓は殺人にほかならない」、という指摘がとくに響いた。
【要点】
Q1. いま私たちの食べものをめぐって、どんな問題が起こっているの?
→「食べもの」が「商品」になり、経済成長のために人と社会と地球を壊しながら食料増産した結果、いろいろおかしなことが起こるようになった
Q2. どのようにして「食べもの」が「商品」になっていったの?
→自分たちが食べるための栄養バランスのとれた食べものを自分たちで作っていた暮らし(使用価値としての食べもの)が、産業革命と植民地主義をきっかけに都市生活と資本主義経済が拡大するなかで、他人が食べるための安価な食料(食べられる商品=食品)を大量生産し、自分たちのご飯は働いて稼いだお金で買って食べる暮らし(交換価値としての食べもの)に変わっていった
Q3. 私たちの食生活を、ひいては人生や社会をより良いものにするために、私たち一人ひとりに何ができる?
→まずは今日のご飯から、人も自然も壊さない世界を考えてみる
【Q1メモ: いま私たちの食べものをめぐって、どんな問題が起こっているの?】
・世界には十分な量の食料があるはずなのに、慢性的に栄養不良の人たちが何億人もいる
・貧しい国では人々が飢餓に苦しむ一方、豊かな国では食べ過ぎによる生活習慣病に苦しむ
・他人の食べものを育てている農家が自分たちのご飯を買えない
・膨大な資源をつぎ込んで生産された世界の食料のうち、3分の1が廃棄
・農業と食料システムが大量の温室効果ガスを排出、気候危機の一大要因
【Q2メモ: どのようにして「食べもの」が「商品」になっていったの?】
・「使用価値」としてのモノ = 自分で使うために作る→長く使える役に立つものを作ろうとする
・「交換価値」としての商品 = 市場で他の人に売って儲けるために作る→できるだけ安い原材料で作ろうとする
・資本主義的食料システム(capitalist food system)の枠組み
→利潤最大化をめざす企業にとっては人の幸せや自然環境への配慮はただのコストでしかなくマイナス要素
→たとえ人と自然を破壊することでもお金が循環すれば国のGDP上はプラス要素
・経済成長をGDPで計るかぎり、人や地球が不健康になるほど経済成長していることに(『肥満の惑星 Planet Obesity』)
・資本主義のポイント:
①財産の私有(生産手段を持つ資本家や地主↔持たない労働者)
②利潤追求の欲望に終わりがない(↔地球は有限)
・砂糖、小麦、トウモロコシ、豚肉、それぞれの物語
→砂糖(植民地の砂糖がイギリスの産業革命を支えた)
→小麦(アメリカで大量生産された小麦が余って世界恐慌、でも失業者は食べられなかった)
→トウモロコシ(大量生産した糖分や油を大量消費させた「デブ」の帝国)
→豚肉(グローバリゼーションが進んだ結果、中国は小麦の最大生産国から最大輸入国へ)
【Q3メモ: 私たちの食生活を、ひいては人生や社会をより良いものにするために、私たち一人ひとりに何ができる?】
・ふだんの生活のなかで、交換価値としての商品(売って儲ける/買うために稼ぐ)ではなく、使用価値としてのモノ(自分や自分の身の回りの人たちが使う、自分たちで作る)に注目
・自分で料理してみる = 自分のからだと心の素となる食材を選び取る+自分で調理する(自己防衛のため、環境負荷を減らすため)
・地域が支える農業(CSA: community-supported agriculture)
・「命か経済か」ではなく「命のための経済」(=経世済民)を取り戻す
【メモ】
・「近代食」(白い小麦パンと白い砂糖)が主食に→必須栄養素が不足して人々の身体が退化(cf. 南アのボーア戦争での徴兵)
・豊作貧乏
・ケインズ革命: 公共事業など政府支出を増やして人工的に有効需要を創出し、購買力を増やす
・HFCS: high-fructose corn syrup(「異性化糖」「ブドウ糖」「果糖ブドウ糖液糖」などと表記される安価な甘味料)
・現在のアメリカ人 =「歩くトウモロコシ」
・日本人の身体の炭素の4割がトウモロコシ由来という報告も
・ハンガーマップ: 現在の慢性的な飢餓地域 ≒ かつての植民地
・「空っぽのカロリー」「隠れた飢餓」= カロリーは十分でも、その他の必要な栄養素が不足
・地球は120億人を養える → 「飢餓は殺人にほかならない」(エルヴィン・ヴァーゲンホーファー監督『ありあまるごちそう』)
・「緑の革命(Green Revolution)」→ たしかに穀物の収穫量を増やして人々を飢餓から救ったが、同時に「南」の農民や農地が「北」の資本主義経済システムに包摂されることで新たな貧困と飢餓を生んだ
・「肥満の輸出(exporting obesity)」
・日本の伝統的な食事は雑穀と菜っ葉や大根の混ぜご飯=「糧飯(かてめし)」 ↔ いわゆる「和食」は戦後の1950年代に確立 -
Posted by ブクログ
経済が苦手すぎて途中から脱落しかけたけど、もともとは人や社会を救うものだったはずの経済が、投機による金の亡者的なものになっている印象を受けた。iDeCo始めないと不安、って思ってたけど、私が自分のために投資することで、投資のプロたちはそれが損にならないように運用をして、結果その金が増えることが優先されてその過程で不利益を被る人の存在は見過ごされていく。この社会で生きることはそういう構造的暴力に多かれ少なかれ加担することだ、とすると、iDeCo始めるのもなんかよくないかも、と思い始めた。金が増えれば、それが紛争によるものだろうが飢餓の上にあるものだろうが気にしない、そんなマネーゲームに、本当に人間の命の糧となる食糧が使われているのは恐ろしいと思う。成長よりも格差の是正を、ほんとにそう思うけど、そんな綺麗事は世の中じゃ弾かれるんだろうし、自分の生活もその暴力の上に成り立っているんだから難しいんだろうな。
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Posted by ブクログ
「ごはんと世界史」というより「食と”世界経済”の歴史」を紹介する一冊だった。
狩猟生活から農耕による食の定住生産に変わり、土地の侵略/植民地化という悪行に伴う食とその生産地の搾取が顕在化して、産業革命以降は食が商品化されて資本主義(資本家と労働者に二分される)との結びつきがより顕著になって、今に至るって感じでしょうか。
確かに食料を特別に大量生産してない地域(日本)で何故フードロスが起こるのかって素朴に生まれるおかしい疑問で、その答えこそが(荒くまとめれば)資本主義といったシステムの存在な訳で、そうなると解決は資本主義という硬く固まりすぎてまともに加工/変化できないシステム/概念の改修である思うと、今を生きる自分はここで何をすべきなのか...、とすこし考えている。
本書の中で(食についてでないけど)実質的な資産とその中の金融資産の1980年から2010年の関係図がさらりと紹介されててその事実にゾッとした。
金融資産って最近出現したシステムで、感覚的に何だかろくでないものだなあと思わずにいられなかったっす。 -
Posted by ブクログ
Audible。資本主義社会になってからの資本主義にまつわる歴史が挙げてあり、この本のトピックをもとに掘って周辺知識を付けたい、と思う入り口の書と認識した。参考文献を確認し、その先で参照用に手元に残す書籍を探したい。
終盤では筆者の意見が述べられていたが、そこは正直惹かれなかった。もう少し掘った意見を期待してしまった。筆者自身も「単純化されている部分もあるかも」と書いているのでその点は自覚されているのかもしれないし、書き足らなかったと思っているのかもしれない。著者のTwitter・ホームページもあるようなのでのぞいてみたが、更新は止まっている。何年か先にさらに深く掘った著書が出るかもしれない。その際は読みたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ具体的に「どこの誰がいつ行った何の行動か」を言及せずに「だから資本主義が、グローバル企業が、大資本家が食糧問題を引き起こし深刻化させている」と各章で結論づけるのは、「ファクトフルネス」で言うところの「犯人探し本能」や「ネガティブ本能」であると思う。「ユダヤ陰謀論」に近い印象を受けてモヤりました。
というのも、資本主義にしろ、グローバル企業にしろ、大資本家にしろ、大多数の人たちは、自分が悪巧みに加担している認識などなく、それどころか、世のため人のために貢献していると信じでいるから問題の根が深いのだと思う。
例えば、お客様に上質な時間を提供しようとレベルアップに勤めるスタバ店員に向かって「あなた方の企業努力が珈琲畑の子ども労働者と途上国の土壌を搾取しているんです」と悪者扱いしても何の解決にもならない。店内の客を含めて”困った人”と刺すような目線の集中砲火を浴びるだけだ。
資本主義は構造上、「成長」一辺倒の行き過ぎが生じて定期的にバブルと崩壊、再生と破壊を繰り返す。もっと便利に、もっと遠くへ、もっと安くといった目的に応じた「もっと」に拍車がかかるほど崩壊や破壊時のショックが大きくなるということも心しておきたいポイントだ。でもこれは「過ぎたるは及ばざるが如し」であって、良い面も悪い面もあるということも前提にした方が良い。