つらいよな~現実。
簡潔に言えば本作は、主人公及び関わった人たちがあり得たかもしれない幸福な現実、いわば過去への後悔を振り切って、未来への希望を勝ち取るために戦う、抗う覚悟を決める話…なんだと思う。
まず、今作における”此処ではないどこか”のシステム。パッと見魔法のような素晴らしい奇跡に感じられ
...続きを読むるけど、実際はとてつもなく残酷なシステムだよなあと感じた。
今いる現実に絶望して全てを捨て去る覚悟を持っていないといけなくて、もし日数を待てないのなら誰かを殺さなくてはいけなくて。
そうして辿り着けた理想の世界は、過去の自分が行動していたら”在りえた”世界。目の当たりにして、こんな幸せな現実が、あのとき自分がそう動いてさえいたら在りえたんだってわからされることの残酷さったらないと思った。
だって「もうこんな世界捨ててしまいたい」と思う程人生においてずっと真っ暗闇の絶望を歩んできていた人は、きっと”幸せな現実になる可能性なんて一ミリも無かった”と思えていた方が楽だった。”そんな選択自分には与えられてこなかった”と、被害者でいる方が楽だったんだから。
最初はそんな摩訶不思議な設定から始まる一方で、前半は推理小説のように進んでいったように感じた。ひたすら真相を紐解いていく手懸りを、ちょっとずつ知っていく。それに徹していたせいか感情移入するには大変だったし、真相と共に人物たちの感情が爆発する後半は、むしろ食い入るように読んじゃってたな。
これまで積み重ねてきた人生を無かったことにしないために、意味を与えるためにこの先も地獄のような現実で戦い続ける。久保寺の想い。
沢山の人を不幸にした大量殺人をなかったことにしたかったんじゃない。大量殺人の加害者になってしまう弟、を救いたかった。難しいけど、確かに明確な違いがあるよなあ。
それに救えたというのが事実になった現実に居るとして、けれど自分自身が救えなかったという内在的な事実がなくなるわけでも、なくしたいわけでもないっていうのが、難しいけど”久保寺”という人物にとってめちゃくちゃリアルだと思った。
主人公の救いの一部となるよう”此処ではないどこか”を選ばず、地獄のような現実で生きることを選んだのが、いつか誰かを救う警察官になることを志して、夢半ばにそれを諦めたその彼の決意なのがいいよねぇ…。
あとこれって、ずっと主人公が言っていた”擬傷”ではあるんだよな。自分が傷つく可能性の高い方を選んでまで、他者を救う。でも久保寺は、それを自分の為に選んだ。そうしたい自分の為に、その選択をした。
だれかの為に生きていこうとして背負いきれずに投げ出してしまった、結局は自らの為に選択を下した主人公が久保寺のその姿を見て、自分以外の誰かを助けたい自分の為に生きる……地獄のような現実でも擬傷があるのだと信じたい自分の想いを叶えるために、戦い続けるって決意をする主人公が、またいいんだよなぁ。
佐伯は真相が明らかになって、普通にいい人になった……というよりは、めちゃくちゃ大人だったのが明らかになってたね。
自分のしたことは自分で背負っていくしかない。そのうえで生きるために誰かを理由にする。
え?久保寺じゃん……?引き取った老犬ジジを死なない理由にする久保寺と同じ境地じゃん……??貴方何歳…????年相応以上に成熟せざるおえなかった人生を思うと辛いね。
そう思うと佐伯も”門”をひらけた気がするなぁ……生きる理由にしていたアンナを失っていたら、だけど。結局、アンナにその先の人生ごと奪われちゃったんだけど。
アンナは佐伯の件に比例してどんどんあくどい女になってったね~~~?!
全部うそ!捏造!将来を語る望実のことだって憎んでた!でも理解できなくないのよね……。
「未来とは、その言葉を知っている賢い人間たちが内輪で作っている代物でしかない」
って言葉は痛いほど真理なんだよな……。初めに与えられなかった人間には”未来”を考えることすら思いつかない。
他人を、ではなく自分を信頼できないアンナは全て縋って疑って切り捨てかなければ、不安で不安でたまらない。その結果選んだ選択は幸福にはつながらないものだったけど、それを『お前のせいだ、お前が間違えたせいだ』と責めてもいい選択だったとは言えないよなあ。
総じてなんだか、綺麗な文章だった。終始さっぱりとした風味を感じる文体で、でも内容もきちんと作られていて、こういうんのもいいな~とにっこりで本を閉じたお話だったなと、個人的に。