スティーブン・グリーンブラットのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
前半はシェイクスピア作品を例にしたセカンド・チャンスの話で、後半はフロイトの精神分析を例にしたセカンド・チャンスの話です。
内容が難しかったですが、訳者のあとがきを読んで、少しですがわかったような気になりました。
セカンド・チャンスがあるかどうか、それはわからないですが、もしもセカンド・チャンスがあったときに、それを有意義なものにするためには、今の人生を味わい一生懸命に生きていないとダメなんだ、と私なりに理解しました。
訳者のあとがきに、このあとがきを読んでまた本文を読み返したら、新たな発見や理解があると書いてありましたので、いつかまた読み返してみたいです。
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Posted by ブクログ
アメリカのシェークスピア研究者グリーンブラットが、シェイクスピアの歴史劇が当時のイングランド(=エリザベス一世時代)の政治状況に対する諧謔を含めた批判であることを紐解きながら、実はこの本が書かれた(2018)当時のアメリカの政治状況を痛烈に批判しているという、二重構造。
つまり、リチャード2世、ヘンリー6世、リチャード3世、マクベス、リア王、シーザー、コリオレイナスという暴君を主人公に据えた演劇はエリザベス朝の暴君性を批判したものであるといいながら、その暴君性についての表現は誰が読んでもそのまま前大統領に当てはまる・・・そして、日本の読者にとっては某首相を想起させる。
「リチャードのことな -
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Posted by ブクログ
シェイクスピアが好きなので、副題の「シェイクスピアの政治学」という字句に興味を持って、手に取った。
開巻早々、シェイクスピアは、なぜ国全体が暴君の手に落ちてしまうなどということがあり得るのか?という納得のいかない問題に繰り返し取り組んできた、との魅力的な言明から始まる。
シェイクスピアの生きた時代には、治世者を暴君と呼ぶ者は謀叛人なりと法で定められており、そうした危険を避けるため、同時代より大分前の時代のイングランドを舞台設定したり、遠い外国を舞台とする芝居を上演した。
第二章以降が、実際の作品に登場する暴君自体、及び彼を取り巻く人々についての考察となり、第二章、第三章では、『ヘン -
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シェイクスピア研究の泰斗、と知っていた。
でも、自分の予備知識なんていい加減。
著者はアメリカ育ちで、所属もアメリカの大学。
そう思って読むと、四章冒頭の暴君の性格は、もしかして有名なあの人に当て書きしたのかと思えてくる。
(謝辞を見ると、その理解でよさそうだ。)
取り上げた作品は、『ヘンリー六世』『リチャード三世』『マクベス』『リア王』『冬物語』『ジュリアス・シーザー』『コリオレイナス』など。
これらの作品群を通して、暴君の特質、背景、そして周囲の人間のありようなどを分析する。
リチャードは、絵にかいたような暴君。
コンプレックスや愛情欠乏を権力で補償しようとする、ある意味わかりやす -
Posted by ブクログ
『ヘンリー六世』、『リチャード三世』、『マクベス』、『リア王』、『ジュリアス・シーザー』、『コレオレイナス』……。シェイクスピアは作家人生を通じて何度も〈暴君〉の有様を書き続けた。政治批判が直接命に関わるエリザベス一世の統治下で、シェイクスピアは〈暴君〉の政治をどう描いたのか。2020年の今につながる刺激的な一冊。
北村紗衣先生と鴻巣友季子さんがアメリカ大統領選にあわせておすすめしていたので、絶対に間違いないと思い手にとったがやっぱり面白かった。
グリーンブラットがこの本を書いた発端は2016年の大統領選でのトランプの勝利に絶望し、食卓で妻と息子に現代政治とシェイクスピア劇の〈暴君〉との類 -
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Posted by ブクログ
正直、シェイクスピア作品に明るくない私はあんまりついていけていなかったと思うが、もう10年以上見ている舞台の2幕冒頭シーンがどういう意図をもってつくられた場面なのか、やっとわかった気がして嬉しかった。
ついていけないながらになんとなく既視感を感じつつ読み進める中で、make England great againとの記述にぶつかり、ああ、そういうことかと。ホワイトハウスに群がる暴徒たち、Twitterという現代のやり方で扇動する暴君よ。結部の最後の一行を読み、この決して穏やかとは言えぬ現代を生きる我々も良識ある人民として襟を正さなければと思わされた。 -
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Posted by ブクログ
ネタバレ最高権力者の心に宿る矜持と巣食う不安。最高権力者は、最高権力者がゆえに常に孤独である。自らの地位を危うくすることには誰よりも神経質で、その不安が抑えきれないほど強くなれば、暴君となる可能性が高まる。最高権力者には、権力にすり寄ってくるものたちが多く出て、その追従は、権力者に自信と自己満足をもたらす。ただ、それは躓きの石でもあり、自らを最高権力者にしてきた冷静な観察力と判断力を失わせることにつながる。権力をえる過程で行使した手段は、その強みを知るがゆえに、自らの権力を奪う有力な手段であるとの認識をもつ。暴力で地位を奪ったものは暴力を恐れ、権謀術数で地位を奪ったものは権謀術数をおそれる。強みが自