齋藤陽道のレビュー一覧
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聾者で写真家の著者だからこそ敏感に気づくことのできた、「言葉」として形をとる以前の、自分の内面やあるいは相手との間に生じる無形の「ことば」の大事さを説く本。
「言葉」というものは非常に有用なもので、それだけで相当な情報量を込めることができ、「言葉」の応酬だけで実生活上は不自由なく過ごすことができる。
しかし、本来、それら発せられた(あるいは記された)「言葉」が生まれてくる背景には、発した人の中にそれ以上に膨大な量の「言葉」になる以前の、あるいは「言葉」にならないような思いや経験、感情、生活などの背景が必ず存在しており、著者はこれを「言葉」と区別して「ことば」と呼ぶ。
それらの「ことば」は時に -
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ことば、は意味をやりとりするためのものではないのかもしれないと思った。もっと、形のないもの、を伝えあうことのようなきがした。
自分自身のことばをもつ、ということは、苦しさを生き抜くうえで、救いにもなるし、唯一息がしやすくなる、よりどころにもなる。
助けられてばかりの弱い自分じゃない、自分の足で立って、やっていくんだという表明にもなる。
うちのなかにあるものを表現するとき、それはことばでも、手話でも、写真でも、絵でも。意味を伝えたいのではなく、わからなさのままでも、「何かが相手に伝えることができた」の一瞬そのことがコミュニケーションなのかもしれない。
めにはみえない、きこえない、それでも -
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家族という言葉で甘えない態度が素晴らしい
ひとりぼっちが4人集まってよっちぼっち
日本語と日本手話は言葉として違うというのは知っていたけど、改めて重みを持って感じられた
両親は聞こえない
子どもたちは聞こえるだと
子どもたちは日本語と日本手話のバイリンガルになる
保育園に通い始めると、2つの言語のギャップで親との会話がぎこちないときがある
だけど、無理に親の言葉(日本手話)で言いかえない、この考え方が新鮮だった
親としての行動を顧みて、反省することがあった
我が子は、時々、喃語のような言葉でなにかを伝えてくることがある。甘えているんだなと思うけど、朝の急いでいるときなどは、「言葉で言っ -
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ろう者の著者は写真家で文筆家でプロレスラーなのだとか。著者と妻のまなみさん、樹さんと畔さんという2人の息子の4人での生活が綴られている。期待していたような心にゆとりがあるというか、見えなかったもの聞こえなかったものに気づかされるようなことばや出来事が散りばめられている。たとえば、手話ができると水の中でも会話ができるんだ。考えてみれば当たり前のことだけど、聞こえる自分ではなかなか気づかないことだと思う。聞こえない家族がいる家庭という、いわば普通でないのが当たり前の家庭だから、かえって常識的なものに縛られずに自分ための気持ちに素直に丁寧に暮らせるのかなとも思ったりした。
それから、p.120からの -
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ことばは存在を分類する。著者のあとがきの言葉である。が、この本を語る上で欠かせない分類。著者本人とその妻まなみさんは、聴覚障害者で、
コーダである二人の子と去年の夏生まれたばかりの第三子と暮らしている。手話のこと、毎日の暮らし、子育てについて、自分で撮った写真とともに(著者は写真家)綴ってるのが本書だ。非常に繊細な清らかな文章で綴られる日常で感じていること、出来事は深くこちらの胸を打つ。耳が聞こえて話せる自分は、言葉をどれだけぞんざいに扱ってきたのか?と、愕然とさせられる。この本を読んで、何ができるか?は、わからない。ただ、今まで知ろうとしなかった、手話のある暮らし、手話にまつわるさまざまなエ -
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おかあさんといっしょのエンディングテーマの作詞者さんということで身近に感じて手に取った。
ご自身は聾で、同じく耳が聞こえないパートナーとの間に、耳の聞こえる所謂CODAのお子さんが2人の、合わせて4人家族の日常の様子が写真とともに綴られてる。
光を感じるキラキラとした言葉。家族の体温を感じる温かくて切ない言葉。五感のうちのひとつがない著者から紡がれる日常世界はとても感性豊かで刺激的だった。
そしてCODAであるお子さんとのやりとりは、すごく愛情深くて、純粋に「あ、子育てっていいものなんだな」と思えた。自分と違う生き物とこんなに深く心を通わせられること、不安な夜も体温を感じられること、成長が