齋藤陽道のレビュー一覧
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聾者で写真家の著者だからこそ敏感に気づくことのできた、「言葉」として形をとる以前の、自分の内面やあるいは相手との間に生じる無形の「ことば」の大事さを説く本。
「言葉」というものは非常に有用なもので、それだけで相当な情報量を込めることができ、「言葉」の応酬だけで実生活上は不自由なく過ごすことができる。
しかし、本来、それら発せられた(あるいは記された)「言葉」が生まれてくる背景には、発した人の中にそれ以上に膨大な量の「言葉」になる以前の、あるいは「言葉」にならないような思いや経験、感情、生活などの背景が必ず存在しており、著者はこれを「言葉」と区別して「ことば」と呼ぶ。
それらの「ことば」は時に、「言葉」のかたちを取ることなく相手に伝わることはある。目線や表情や空気、肌の接触などを通じて、「口に出さなくても伝わっている」と感じた経験は誰にでもあるのではなかろうか。
SNSを中心に、「言葉」がかつてなく容易に飛び交い押し寄せてくるだけでなく、発信もできる時代にあって、「言葉」のその字面のみを記号として捉えてインスタントに反応していくことも多いのが現状だろう。
一旦、そのインスタントなやり取りから距離を置き、自分のなかに溢れる「ことば」を見つめること、相手にも「言葉」の背景にある多くの「ことば」があるであろうことに思いを巡らせること。
それが自分自身をよく知り、他者理解に繋がり、本当の意味でのコミュニケーションに発展していく。
言い表されたものよりも、人や世界はもっと豊かである。
忙しない現代だからこそ、そして本書は著者が自らの「ことば」であった数々の気持ちを振り返りながら紡ぐ「言葉」だからこそ、心に響く一冊になっていると思う。 -
Posted by ブクログ
家族という言葉で甘えない態度が素晴らしい
ひとりぼっちが4人集まってよっちぼっち
日本語と日本手話は言葉として違うというのは知っていたけど、改めて重みを持って感じられた
両親は聞こえない
子どもたちは聞こえるだと
子どもたちは日本語と日本手話のバイリンガルになる
保育園に通い始めると、2つの言語のギャップで親との会話がぎこちないときがある
だけど、無理に親の言葉(日本手話)で言いかえない、この考え方が新鮮だった
親としての行動を顧みて、反省することがあった
我が子は、時々、喃語のような言葉でなにかを伝えてくることがある。甘えているんだなと思うけど、朝の急いでいるときなどは、「言葉で言ってくれないと分からないよ」とコミュニケーションしてしまう。甘えたくて赤ちゃんに返った気持ちと外ではしっかり者にならなくてはという気持ちが揺らいでいるのかも、甘えたいときにしっかり者の言葉を使えというのも乱暴なのかもしれないと思った。
家族、言葉(発声される日本語だけでなく)って日常だから惰性で接してしまいがちだよね、でもね…っていうメッセージが刺さる良書だった -
Posted by ブクログ
ろう者の著者は写真家で文筆家でプロレスラーなのだとか。著者と妻のまなみさん、樹さんと畔さんという2人の息子の4人での生活が綴られている。期待していたような心にゆとりがあるというか、見えなかったもの聞こえなかったものに気づかされるようなことばや出来事が散りばめられている。たとえば、手話ができると水の中でも会話ができるんだ。考えてみれば当たり前のことだけど、聞こえる自分ではなかなか気づかないことだと思う。聞こえない家族がいる家庭という、いわば普通でないのが当たり前の家庭だから、かえって常識的なものに縛られずに自分ための気持ちに素直に丁寧に暮らせるのかなとも思ったりした。
それから、p.120からの「安心感の表れ」に書かれていて、ちょっといい気づきだなと思ったのが「似ている」ということ。著者の息子2人が似ていると言われることがしばしばあるらしい。兄弟だけどそこまで似てないと思っている著者は、ふと笑ったりするタイミングが一緒だからではないかと気づく。つまり心の動きが同じだということ。同じことに同じ気持ちをもって同じ表情が浮かぶことが似ているということ。そうかもしれない。だから血のつながりのない夫婦だって似たもの夫婦って言われたりするんだな。共通する価値観をもっていることで似ていると感じるのかもしれないと思った。
著者がもともとそういう素養をもっていた人かというとそうではないようで、まなみさんとつき合うようになってしばらくもマチズモに縛られていたのが、まなみさんの影響で変わってきたのだとか。人って大人になってからでも人に影響されてよいほうに変わることができるんだなあ。 -
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ことばは存在を分類する。著者のあとがきの言葉である。が、この本を語る上で欠かせない分類。著者本人とその妻まなみさんは、聴覚障害者で、
コーダである二人の子と去年の夏生まれたばかりの第三子と暮らしている。手話のこと、毎日の暮らし、子育てについて、自分で撮った写真とともに(著者は写真家)綴ってるのが本書だ。非常に繊細な清らかな文章で綴られる日常で感じていること、出来事は深くこちらの胸を打つ。耳が聞こえて話せる自分は、言葉をどれだけぞんざいに扱ってきたのか?と、愕然とさせられる。この本を読んで、何ができるか?は、わからない。ただ、今まで知ろうとしなかった、手話のある暮らし、手話にまつわるさまざまなエピソードは、知っておいて損はない、というか、知るべき、知った方がいい、知って感じるべきだと思った。コーダについても、私の知ってる物語は、背負った荷物の重さばかり語られることが多かったと思う。この本の中の子どもたちはまだ幼い。口語と手話の狭間で、これから悩むことも増えるのかもしれないが、それでも、優良な育児本でもあるので、子育て中の方にもオススメしたい一冊だ。