神永曉のレビュー一覧

  • 悩ましい国語辞典

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    自分が誤用していた言葉がいくつかあり、改めて、言葉の意味を把握することが普段いかに曖昧で、思い込みの多いものか分かった。

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    2023年09月13日
  • さらに悩ましい国語辞典 ー辞書編集者を惑わす日本語の不思議!

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    続編も変わらぬ面白さ。どうやら3冊目もあるみたいなので、もう少し楽しめそうだ。
    ところで辞書の真ん中ってどのあたりかというと「し」なんですね。手元の三国と岩波もそうでした。日本語の偏りが分かりますね。

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    2023年02月28日
  • 悩ましい国語辞典

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    ネタバレ

    ・神永曉「悩ましい国語辞典」(角川文庫)に 「しく【敷く】」とあり、そこに「布団は『しく』もの? 『ひく』もの?」」とあるのを見て、私は直ちに布団は「ひく」のだと思つた。理由は簡単である。 こちらでは「し」と発音できない語があるのである。その結果「し」となる。例へば「ひちや」は質屋のこと、これは「しちや」が正しい。しかし、ここらでは 「ひちや」と大書した看板があつたりするから、だれも「しちや」と言はない。「ひちや」といふことに疑問を持たない。だから布団は「ひく」ものなのである。これは方言である。私の中学校の国語の先生は、若い頃にこの「ひちや」で笑はれたと言つてゐた。それほど「ひ」と「し」は、私達には発音しにくいので あるらしい。本書では少しばかりの考察、本書は辞書を気取つた軽いエッセイである、の後にかう書き始める。「考えられることは『浪花聞書』にもあるよう に、『ひ』と『し』の発音が交代するという現象である。」(160頁)ここに「ひちや」も出てくる。更に、「物を平らに延べ広げる動作が云々」(同前)は 私にはむしろ不要の文章である。それほど私達に「ひ」と「し」は身近な問題である。その一方で、かういふ語も辞書編集者には問題になるのだと思つた次第。
    ・本書にはもちろんこんな語はほとんどない。多いのは揺れてゐる語であらう。意味や読み方が揺れてゐるのである。例へば「さんずん【三寸】」、この見出し は「『舌先』か『口先』か?」である。当然、舌先三寸さと思ふ。ところがである。2011年度の文化庁の「国語に関する世論調査」では、「『舌先三寸』を 使う人が23.3%、『口先三寸』を使う人が56.7%という逆転した結果が出てしまっている。」(148頁)のださうである。「しかもこの調査では、 『口先三寸』を使う人の率は年齢が上がるほど高くなるという傾向が見られる。」(同前)といふ。その理由は分からないらしい。ただ、心がこもらないのは口先だけだといふので口先三寸となるのではないかといふ。同じく揺れる語「しおどき【潮時】」、これには「ちょうど良い時期か、終わりのときか?」といふ見出しがつく。ちやうどよい時期だと皆が思ふかといふとさにあらず、文化庁の調査によると、「本来の意味である『ちょうどいい時期』で使う人が60.0%、 従来なかった『ものごとの終わり』で使う人が36.1%」(155頁)であるといふ。逆転はしてゐないが、3分の1強は本来の意味以外で使つてゐるらしい。問題はその3分の1強の中身である。「20歳代から50歳代までは(中略)『ものごとの終わり』という従来なかった意味で使う人が4割以上と、増加し ているのである。」(同前)「潮時」に関して、他の世代と比べてこの世代は何か違ふことがあつたのであらうか。さう思ふと同時に、10代が救世主となつて「潮時」を守つてくれないかと思ふ。これは筆者も同じで、「10代の若者たちが、『潮時』を本来の意味のままで使い続けてくれるように仕向けていくことの方が大切だと思う」(156頁)と、いささか上から目線で言つてゐる。かういふ「仕向けていく」といふ語は辞書を作つてゐる人の言であらうか。言葉といふもの、仕向ければいくらでも仕向けていけさうではあるのだが、かう正面きつて言はれるのもなと思つてしまふ。とまれ、言葉は揺れてをり、しかも全世代に関はる。そんなことがよく分かる。愛嬌、合いの手、青田買い、飽かす、あくどい、これらは最初から順にあげただけである。しかし皆揺れてゐるのである。いかに揺れる語の多いことか。辞書編集者の気は休まるところがない、本書はそんな一冊であつた。

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    2019年04月30日
  • さらに悩ましい国語辞典 ー辞書編集者を惑わす日本語の不思議!

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    ちょっと余談が多い感じで、前の「悩ましい国語辞典」より薄味になった印象。それでもやはりなるほどということがいろいろあって、面白かった。「忖度」なんて最近話題になった言葉も取り上げられている。これまでとは違う意味で使われるようになりつつある言葉について、また、誤用とされる言い方が本当にそう言い切れるのかということについて説明されているところなどに、他ではあまり見ない特徴があると思う。

    あれこれ言い出すときりがないが、一つだけ、最近になってよく聞くようになった「なので」という接続詞について思うこと。著者はあまり抵抗がないというけれど、うーん、私は感覚的にどうもダメだなあ。NHKのアナウンサーが使ってたりすると、なんだかガックリくる。何で読んだのか忘れたが、なぜ「なので」が広まってきたか考察されていて、これは「だから」という接続詞が時にちょっと嫌な語感を持つからだとしてあった。確かに「だーかーらー(言ったでしょ!)」っていう風に使うよなあ。これには納得。でも私は「なので」は使わないよ。

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    2017年09月11日
  • 悩ましい国語辞典 ー辞書編集者だけが知っていることばの深層

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    「読み終わって」はいない辞典。
    項目のひらい読みでも十分楽しめる。
    帯に「人一倍がんばる」とは何倍?と書かれていたので、早速調べてみた。(いつもはすぐに帯を捨ててしまうのだが、こういう辞典には帯はありがたい)
    ”倍”そのものに”2倍”の意味があるので、”一倍”が”2倍”の意味で使われているそうだ。うん、納得。

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    2017年03月21日
  • 悩ましい国語辞典 ー辞書編集者だけが知っていることばの深層

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    いやあ、これは読みごたえがあった。新聞広告にあった「人一倍って何倍?」というコピーが面白かったので、言葉についての軽い読み物かと思って読み出したのだが、著者はあの「日本国語大辞典」の編集者、実にみっちり濃い内容であった。

    言葉の誤用や揺れについて書かれた本はよくあるが、ここまで多くの語や成句が挙げてあるものはあまりないだろう。また、「これこれしかじかの理由でこれは誤用です」と指摘するだけでなく、どの程度そうした使われ方が一般的になっているか、なぜそのように使われるかなどについても考察されていて、そこが面白かった。

    著者は仕事柄か、「言葉は変化していくもの」といたって柔軟な考え方をされているが、一方で、明らかな誤用についてはきちんと対処すべきだとしている。世の中で使われている言葉はできるだけ載せていくのが辞書の務めではあるが、辞書は言葉の「鏡」であると同時に「鑑」でもある(このあたりのことは、本書でも言及されている「辞書になった男」に詳しい。あれは本当に面白かった)。節操なく現実の後追いばかりすべきではないという考えが繰り返し述べられている。同感だ。

    引用するとキリがないのでやめておくが、そうだったのか!ということの連続。自分自身間違って使っていたり、誤用だとばかり思っていたのがそんなに単純な話ではなかったり。特に、従来はなかった意味で使われている語がいろいろあることに驚いた。自分も何の抵抗もなく口にしていた言葉もあって、ついエラソーに「その言葉遣い間違ってるよ!」と言いがちな身としては、反省しきりでありました。

    ・「人一倍」の説明はとてもわかりやすく、「人よりちょっとだけ頑張る1.1倍くらいでいい」そうだ。二倍じゃないんだなあ。
    ・辞書みたいに、「あいうえお順」に語句が挙げられている。あれどうだったかなあ、と探すときにとても便利。ナイスです。
    ・巻末にある「辞書編集者の仕事」という文章も興味深い。三浦しをん「舟を編む」などにもふれながら、実際の仕事内容について述べられている。「舟を編む」はやはり傑作だなあとあらためて思った。

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    2016年01月25日
  • 悩ましい国語辞典 ー辞書編集者だけが知っていることばの深層

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    「がたい」はいまだに語源が不明
    「ぐっすり」=good sleepが語源、はウソ。江戸時代に「十分な、すっかり」の意で使われている
    「ざっくり」も語源不明。セーターなどの目の粗い様子が転じたか
    「松竹梅」は等級を表す語でなく、「歳寒の三友」=めでたいものという意味だった
    「少年老いやすく学成りがたし」は朱熹の作品でなく、室町時代の僧によるもの。辞書の思い込み
    「滾る」は水と関連し、火や炎とは結びつかない
    「谷」の漢字に「や」という読みはない。江戸近辺の方言
    「堪能」は「たんのう」とも「かんのう」とも読めるが、この2つはまったく別の言葉から生まれた
    「ずくめ」=その物事ばかり、「づくし」=同種類の物の羅列
    「土下座」に謝罪の意味合いが加わったのは、ドラマ『水戸黄門』の影響かも
    「悲喜こもごも」は1人の人間の心境の表現
    「人一倍」の「一倍」は、「ある数量にそれと同じだけのものを加えること」。つまり2倍

    ……などなど、今さらながらに「知らなかった!」とひざを打つことの多い本。ことばの深層はひたすら深い……。

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    2016年01月12日
  • 意味変語彙力帳

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    ・意味を理解してきちんと使える
    ・意味を理解しているが使いこなせない
    ・意味を理解していると思って誤解していた
    ・そもそも初めて聞いた言葉
    が、ざっくり2:3:4:1って感じ?

    言葉は生き物だしね。
    使って間違えて、間違えたと思ったら時代が追いついたりして、それもまた楽しいのかも。
    使わなきゃ使えないから、これからもアウトプットは大切にしよう。恥をかくのは承知の上で。

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    2025年07月21日
  • 意味変語彙力帳

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    今まで3冊読んできた『悩ましい国語辞典』(シリーズ)の神永曉さんが監修者でした。

    30代までの若者が多く使っている意味と、40代以上の人の多くが認識している意味、の2つに分けている。
    確かに「あれっ、□◇▼〇って言ったのに、何かおかしいな」ということはある。

    例えば、こんな言葉。

    ・煮詰まる
     30代まで:行き詰って、これ以上新たな展開が望めない状態。
     40代以上:十分に議論がなされて、結論が出る状態。

    ・潮時
     30代まで:引き際。諦め時。
     40代以上:ちょうどいい時。チャンス。

    私の感覚だと線引きする年令は、30代までと40代以上でなく、40代までと50代以上かもっと上にシフトしてきているように思う。
    自身も30代までが多く使うとされている意味で使っている言葉も多いと感じた。
    例に挙げた「潮時」にしてもネガティブな「引き際(やめ時)」の意識で使うことが多い。

    意味が変わってきた(と知っている)言葉はなるべく使わないようにするのがいいと思う。
    対面で話をしている時は、話の流れやその時の状況で、どちらの意味でその言葉を使っているのか分かるが、
    小説などの文章中に出てくると、どちらの意味で使っているか分からない時がある。

    あまり使わない言葉や、どっちの意味でもあまり相違がないものもあるが、一度チェックしてみてもいいかも。

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    2023年11月23日
  • やっぱり悩ましい国語辞典

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    コロナの流行で注目された言葉「収束」と「終息」、漢字を見るとなんとなく違いが分かる。
    「収束したが終息はしていない」とは言えても「終息したが収束はしていない」とは言えない。

    口頭で述べられるとどちらも「シュウソク」か「シューソク」でどちらか分からない。
    国会での発言を速記者が記録したものを調べたら「収束」と「終息」がほぼ半々になっていたそうだ。
    漢字がどちらかに関わらず、3年経ってもコロナは収束も終息もしていないですね。

    「ちちんぷいぷい」は使わなくなった。
    「チャンネルを回す」「テープを回す」はどれくらいの認知度?
    「チンする」はいつまでもつか?「ゼロックスする」は使わなくなったしね。
    「パーマ屋」は死語?

    「普通に」の意味?「普通に」はプラスの意味での「とても」に近づいている?
    「普通においしい」「普通にかわいい」とかいう。
    「普通にまずい」「普通にぶさいく」とはいわない。

    キヤノンはキャノンではないことは電機メーカーで働いていれば常識だが、
    キユーピーとシヤチハタもキューピーやシャチハタではないとは知らなかった。
    調べてみたら、富士フイルム、三和シヤッター、味の素ゼネラルフーヅ、ブルドックソース、ブリヂストンなども間違えそう。
    仕事で付き合いのある社会人は要注意ですね。

    いろいろと面白い話題がありました。
    「すっとこどっこい」「すっぴん」「はたん(破綻をハジョーと読み間違える)」
    「お返事・ご返事」「ミーハー・みいはあ」「領収書・領収証」「練習・稽古」など。

    「恋愛」の項目では、kuma0504さんがレビューされていた「新明解国語辞典」を読む話題にも触れられていました。

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    2023年02月01日
  • 悩ましい国語辞典 ー辞書編集者だけが知っていることばの深層

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     日本を代表する国語辞典の編集者である神永さんが、現代に見られる日本語のさまざまな誤用・変容の実態を取り上げ解説してくれます。
     予想どおり、私もたくさんの間違った理解や誤った使い方をしていました。例えば、「君子豹変」「姑息」「にやける(若気る)」「憮然」「谷」「松竹梅」・・・。
     言葉も未来永劫不変というわけではなく、その使い方が変化していくことは当然ではありますが、できればその変化には“確信犯”で追随していければと思いますね。(ちなみに、この“確信犯”の使い方も「確信犯」です)

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    2020年12月04日
  • 悩ましい国語辞典 ー辞書編集者だけが知っていることばの深層

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    「悲喜交々」悲しみと喜びが入り混じることだが、あくまでも一人の人間の心境を表現する言葉。「天地無用」は上下を逆にしてはならないという意味、これは問答無用、立ち入り無用、開放無用と同じ使い方で、無用は行為を禁止するということ。愛嬌は雰囲気だし、愛想は行為。言葉の意味や用法が揺れ変化していくのにはそれ相応の理由がある。辞書編集者ならではの切り口で言葉の深層に迫る。文化庁が実施している「国語に関する世論調査」からの引用が多く「文化庁国語課の勘違いしやすい日本語」を読んだ後では、かなりの既視感もあったが、辞書編集者の視点で新たなスポットを照らしており、また違った興があった。あいうえお順の辞書形式もなかなかおもしろい作りこみ。

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    2016年03月17日