三浦健太のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
昔、まだ実家にいた頃に秋田犬を飼っていました。
その頃私は部活と遊びにかまけて、父がほぼ犬のお世話をしてくれていました。凄く人懐こくて、誰かに吠えたりするところは見たことがなく、吠えられたり齧られたこともありますが、一切吠え返したり、齧り返したりすることもなく、大人しいメス犬でした。
最後を迎えるとき、私は他県の大学に通っており、お看取りも火葬も行けませんでした。ほぼお世話をすることもなく、都合のいい時だけ可愛がっていたくせに、亡くなったと聞いた時に泣いている自分がズルい、と思ったのは覚えています。そして、自分勝手ですがお骨を分けてもらいました。今でも大切に取っておいてます。
犬を飼っていたのに、お世話もしていなかったからか、知らない情報が多々ありました。あの時こうしていたら、もっとこうしてあげてたら、と自己満足の為の後悔でしかありません。そのせいか、文章にもありましたが、ペットロスの重さは犬に対する愛情の深さよりも、その時に感じている後悔の多さこそが比例するのかもしれません、という言葉が印象に残りました。
もう犬は飼わないと話していた両親が数年後に違う種類の犬を飼い始め、時々帰る私やパートナーにしっぽを降ってくれるのはとても有難く、素直に嬉しいです。
今は猫を飼っていますが、少しでも良い思い出をみんなで作っていこう、後悔しないことは絶対ないけど、少しでも少なくなるように出来る努力はしよう、と思えました。 -
Posted by ブクログ
もうさ、題名が「伝えたかった」って過去形なもんだから犬はもうこの世にいないんだ…って悲しい気持ちになりながら読み始めた。
20の飼い主と犬の話で、この世にもういない犬もいれば、飼い主と幸せに暮らしている犬もおり、ほっと一安心。
犬が生きていれば、まだ間に合う。たくさん一緒に遊んだり散歩したりすることも。
でも、犬がこの世を去った後ではもう遅い。もっと一緒にいてあげれば良かったという思いは悔やんでも悔やみきれないだろう。
私は犬を飼ったことがないが、飼わないのは犬に自分の生活を捧げる覚悟ができていないことと、別れに耐えられる自信がないからである。
犬と暮らすなら、ちゃんと犬の特性を理解し、リーダーとなって犬を守り育てないといけないと思う。
最も印象に残ったのは、交番勤務の男性の元に「落し物」として届けられた大型犬の話。
この人、すごいよ。確かに保健所の職員が言っていることは正論だ。でも、大型犬とこの男性の間にはもう縁ができていた。全ての不幸な犬を救うことはできない、けれど、目の前の犬だけでも救うと思うことは偽善ではないと思う。
犬にとって本当に幸せなことは、格別美味しいご飯を食べることではなく、最高級の寝床で寝ることでもなく、信頼できる飼い主と暮らすことなんだと思うと、愛しくてしょうがない。