エリナー・ファージョンのレビュー一覧
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新しいおとぎ話という印象をもった。
繰り返しの技法など、昔話が持つ特徴をいかしつつも、型にはまりきってはいないように思う。
また、登場人物たちの感情も書かれているところが多々あり、昔話よりも個性があり生き生きとしている。
いくつもの異なった話が一冊の中に入っているので、いろんな雰囲気を楽しむことができた。
<小学校上級から中学校向き>
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リストに入っていたのは、文庫の方ではないのですが……!
よくよく考えるとどれも深い話ばかりでした。でも、あっさりと読んだ方が楽しめる気がします。
「小さな仕立て屋さん」が特にかわいかったです。ただ単に結婚してハッピーエンドではなくて、その過程できちんと恋をしてるなーという。おとぎ話チックな話しながらも、さみしさとかがにじみ出てて好きでした。人間っぽいのです。
でも印象的だったのは「七ばんめの王女」と「名のない花」 -
Posted by ブクログ
ネタバレあなたも小部屋で物語を読み耽った日を思い出す。
子どもの頃に読んだものの再読。気に入ったお話は覚えていた。それまでに読んでいたグリムやペローの童話と少し違った着地点だったことが印象的で、その印象は今でも変わらない。しかし、今ならばもっと新しい童話が出てくるのではないかと思う。それはきっと本の小部屋でファージョンを読み耽った人が生み出すのだ。
「西ノ森」ちょっとヘタレキャラの若い王さまと、気の強い小間使いのシライナのやりとりが楽しい。思ったことが素直に出てしまった王さまの詩でくすりと笑ってしまう。とても失礼なことを言っているけれど、戦争にはならないところが、またひとつのおとぎ話。
「小さな仕立屋さん」腕の良い仕立屋のロタは若い王さまのお妃選びの仮面舞踏会に出席することになった令嬢たちのドレスを作る。令嬢にドレスの説明をするために、そのドレスを着て王家の馬車に乗る。控えの間で若い従僕と仲良くなり一緒に踊ったロタだったが——。こういうお話は王さまが従僕に変装していたというのが定石だが、従僕は従僕であった。そこがまた味わい深い。 -
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岩波少年文庫2071~ムギと王様,次がほしいと王女様が泣いた,ヤング・ケート,金魚,レモン色の子犬,モモの木をたすけた女の子,小さな仕立屋さん,天国を出ていく,ティム一家,十円ぶん,《ねんねこはおどる》~ 一番わからないのが最初の「ムギと王様」,次が2番目に出てくる「月がほしいと王女様が泣いた」,最後の短編に《》が付いているのかもよくわからないし「こ」が小さい理由も分からない。表紙の絵の説明も原本である"The Little Bookroom"にしないと理解できないぞ。自選短編集でカーネギー賞と第1回クリスチャン・アンデルセン賞をとったものらしいけど,良さが理解できません。何しろ,その頃生まれた赤ん坊がおじいさんになるくらいの年月を経ていますのでね。おっと,作者まえがきを読むのを忘れていたから,理解に苦しんだのかも知れないね
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おとぎ話の日常
児童文学にはあまり縁が無いが、良い児童文学は説教くささを隠した美しい物語のことだろうと勝手に思っていた。でも、その抽象的な「児童文学」が実際のものになったときどのような物語になるのか考えたことはなかった。実際どんなものであっただろう? エリナー・ファージョンの物語は、確かに王さまや王女さまがでて来て、木こりや言葉をしゃべる鳥達のいる世界を描いていて、おとぎ話の枠に入っている。しかしその物語自体は、村外れの忘れられた納屋にある秘密基地のように、楽しい場所である一方で何か見えないものが隠れているような不安感を与える。物語は密やかで無邪気なきれいさを持っているのだが、それは目をそらした隙にどこかに消えてしまいそうな気がするのだ。おとぎ話の日常、と言えばいいだろうか。不思議な世界の一日を切り取ったかのような短編なのだ。
あるいは、私のような大人にとっては、おとぎ話は昔の思い出を想起させるトリガーであり、この感覚はその思い出自体の儚さのせいなのかもしれない。懐かしい祖母のテーブルにのった紙風船や、父と馬に揺られて歩いた不思議な山道は、もはや何処とも知れない。つまり、子ども達のものは子ども達のところにあるべきであって、大人が紐解くものでは無いということだろう。