小川勝のレビュー一覧

  • 東京オリンピック 「問題」の核心は何か

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    今から大いに議論しなければいけないことたくさん。
    政府(内閣)の出した方針が、オリンピック憲章の掲げるオリンピック的な価値(オリンピズム)と正反対であると。

    オリンピックとは主催国のものではないし、そこの経済効果を狙ってはいけないと。
    国家間同士の争いにしてはならず、むしろナショナリズムを掲げてたのは当初は東側諸国だったと。

    オリンピックのためという名目でお金をその強化のために突っ込むとそのスポーツ全体の土壌が育たないので、結局は意味がなくなる。

    そしてスポーツとは、高額スポンサーによって決勝時間やルールが変更されたり、親子の物語が強調されるべきものではない。
    その場一瞬に見える、人間業とは思えないカオティックな瞬間を共有することであると。

    いやぁ、本当に議論すべきことが盛りだくさん。

    どうして新国立競技場があんなに問題だらけなのか、どこかオリンピックというのに冷めた気持ちになるのか、1964年の東京オリンピックとはどう違うのか。
    そして、それから56年後にもう一度東京でオリンピックをやることの意味は何か。どういうオリンピックにすべきなのか。
    とことん考えることが、4年後の主催国として求められているのだなと、考えるいいきっかけになる1冊。

    ぜひ、ご一読あれ!

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    2016年09月23日
  • オリンピックと商業主義

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    オリンピックと「金」の歴史を紐解きながら、「オリンピックにおける商業主義とは何なのか」、「オリンピックは、なぜ商業主義を必要としたのか」、「商業主義による弊害とは、具体的にどういうことなのか」といったことを問い直している。
    本書では、「オリンピックが商業主義に陥る」とは、オリンピック開催資金として「企業の金」が大きく入り込んだ結果、企業がオリンピックの運営に口を出し始め、オリンピックの価値や質(選手たちが、最高のパフォーマンスを発揮できる環境をつくることなど)が損なわれるという現象だと定義する。一般にオリンピックが商業主義化したのは1984年のロサンゼルス大会だといわれるが、本書では、確かにロサンゼルス大会で「企業の金」が大きく入り込むようになったという意味でオリンピックの「商業化」が進んだことは事実だが、明確な「弊害」はなかったとし、1988年のソウル大会でテレビ中継のために競技時間が変更されたことが「商業主義による弊害」の発端になったとする。そして、現在のオリンピックにおける「商業化の弊害」とは、営利団体ではないはずのIOCが、収入を極大化しようとしているところにあると指摘する。
    本書の内容で興味深かったのは、1984年のロサンゼルス大会が空前の黒字になった要因は、徹底した商業化の成果というよりも支出の抑制であったという指摘である。そして、支出を抑制できたポイントとしては、国際競技連盟からの要求に対して一線を引いて屈しなかったことがあったという。一方、モントリオール大会は、当初は質素な大会にすると言っていたのが、当時の市長が自分の任期中に歴史的な建造物を残したいと望んだがために、豪華な施設を濫造し、巨額の赤字を計上することとなったということである。これらのエピソードは、今後のオリンピックをはじめとするメガイベントの開催に当たって大きな教訓となるものだと感じた。
    本筋とは離れるが、よく言われるオリンピックの「アマチュアリズム」は、スポーツをジェントルマンの嗜みとみなしていた英国貴族層(草創期のオリンピックの運営に関与)の考えに由来しており、オリンピック草創期には工場労働者等もアマチュアから除外されていたという事実は興味深かった。

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    2020年05月20日
  • 東京オリンピック 「問題」の核心は何か

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    オリンピックに経済効果を求めてはいけないのだそうです。
    1964年東京オリンピックが、日本に経済効果を与えたのは事実ですが、今の日本の状況、肥大化した現代のオリンピックでは、経済効果を上げようとしても極めて難しいようです。

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    2018年11月25日
  • オリンピックと商業主義

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    ゆくオリンピックの流れは絶えずして、しかももとの祭典ならず。自分が知っているオリンピックもどんどん在り様を変えているのだと知りました。まるで誰もコントロールに効かない巨大生命体のよう。

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    2014年02月06日
  • 10秒の壁――「人類最速」をめぐる百年の物語

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    [ 内容 ]
    陸上競技100m。
    かつて、この種目で「10秒」を突破することは世界中の夢であり目標だった。
    では、10秒の壁は、いかにして破られたのか。
    そこには、天才アスリートの出現、テクノロジーの進歩、競技環境の変化など、様々な要素が存在した。
    そして、時代背景に翻弄され、「記録」に残らなかった意外な事実も隠されている。
    本書は、一瞬の勝負の裏に潜む幾多のドラマを発掘するとともに、この先、「人種最速」はどのレベルまで進化するのかを考察する。

    [ 目次 ]
    第1章 壁に挑んだ男たち(10秒3/5~10秒2/5の時代 10秒4~10秒3の時代 ほか)
    第2章 壁を破った男たち(初の9秒台は「手動計時」だった 電動計時初の9秒台は、メキシコ五輪 ほか)
    第3章 記録はどこまで伸びるのか(“流した”走りで9秒74 「風」と「フライング」の判定精度 ほか)
    第4章 日本人にとっての「10秒の壁」(初めての10秒台は大正一四年 日本人唯一の「世界タイ記録」を達成した吉岡隆徳 ほか)

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

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    2014年10月26日
  • イチローは「天才」ではない

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    イチローはいつのまにか特別な存在になった。
    数々の記録を塗り替えて、メジャーでも成功している。
    その言動も、他の選手とは異なる何かを感じさせる。

    イチローはどうやって特別な存在になったのか?

    この本はイチロー本人の声はないが、
    彼を取り巻いたコーチらの証言がある。
    それぞれ非常に興味深い。

    それにしてもイチローの動作一つひとつには、
    科学的にきちんと意味があるらしい。
    たとえば振り子打法。
    足をゆったりと上げる動作でリラックスを作ることが、
    次の鋭い動きの準備になっている。
    たとえば構える前に、バットを立てて投手方向を見る動作。
    それは効き目である右目をこれから使うぞという準備になっているという。
    イチローが科学的裏付けをどこまで持っているかは定かではないが、
    経験的裏付けを持ってはいるのだろう。
    それによって無駄のない、そして変わらないルールを作ったのではないか。

    そういう特別な域に到達できたのは、
    そうなりたいという意志とたゆまぬ努力だったのだろうと想像する。
    でも、それができるのが「天才」ということだと思う。

    さて、この本はイチローの本なのだが、
    僕が購入に至ったのは、実は第二章にある長谷川滋利の章が読みたかったから。
    オリックス時代の長谷川については、そんな選手がいることなど僕は全く知らなかった。
    だけど、マリナーズで、英語で話し、チームメートに溶け込んでる姿が印象的で、長谷川のファンになった。
    メジャーリーグに通用するのか?という問いに彼はこう答えたそうだ。

    「問題は、通用するかどうかじゃない。適応できるかどうかなんですよ」

    別にメジャーで活躍するのに英語がなくてもいい。
    野球が上手ければ。
    でも、長谷川は英語で話し、アメリカに生活拠点を移し、その場所に適応している。
    そんな姿が魅力的だった。
    引退したときはもう少しやってほしいと思ったなあ。

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    2010年03月25日
  • 東京オリンピック 「問題」の核心は何か

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    著者の小川勝はジャーナリストでありスポーツライターである。1964年の東京五輪は日本にとって極めて重要なイベントであった。このオリンピックで日本人の意識が変わったといっても過言ではない。
    本書に「東京五輪を、政治家や官僚や大企業が利権の内部調整に終始するだけの巨大イベントにしてはならない」とあるが、いま振り返ってみればまさにこの指摘通りの「利権の巨大イベント」で終わった感がある。
    そもそも日本はその準備段階から「いかにして五輪から恩恵を得るか」という欲望を恥ずかしげもなく語り、基本方針として公表した。

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    2022年12月14日
  • 東京オリンピック 「問題」の核心は何か

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    東京オリンピックはコロナ前から開催費用やエンブレムなど色んな問題に直面していたなと思い出した。

    本来スポーツは政治と分離されるべきとされているが、オリンピックとなると国が主導して運営をしていくから、どうしても政治マターになってしまう部分はある。さらに近年はスポーツが商業的な要素をどんどん増やしてることから、スポンサーへの配慮が求められアスリートの視点が軽視されがちになる。

    もう一度スポーツの本質を考え直さなければいけないと思うし、特に組織にはそれを考える責任があるのだと思った。

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    2021年06月10日
  • イチローは「天才」ではない

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    改めて、イチローのすごさがわかる。
    しかし、努力をひたむきにできることも、天才の一種ではないのかと感じた。
    今読んでも色褪せない著作。

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    2020年10月27日
  • オリンピックと商業主義

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    TOKYO2020の開催まで1年を切り、いよいよ準備も佳境に入ってきたのではないでしょうか。
    一方で、間近に迫るイベントとはいえ、国民全体の関心はそこまで高くないようにも感じます。東京で五輪を開催するよりもほかに税金をかけるべきことはあるのではないか、という意見も度々聞かれます。
    そもそも、近代オリンピックはいつから、これほど巨大な(そして巨額な経費の掛かる)イベントになったのでしょうか。
    同地での開催となったロンドンオリンピックで比較すると、最初の1904年大会と2008年大会で、6,385倍の経費が掛かる大会へと変貌していることがわかります(p.12)。
    これはもちろん、飛行機等の発明により多くの国々から選手が参加するようになったことや、テレビやインターネットなどのツールの発達による放送設備の整備、テロなどに対応するための警備費用などが増えたことに加え、競技種目の拡大により新しいスタジアム(競技施設)の建設が必要になることも要因の一つです(競技施設の建築費用は税金が投入される場合もあれば、オリンピック委員会の負担となる場合もあります)。
    現在のオリンピック開催資金としては、①税金(国や開催都市からの補助金、②企業の金(放送権料やスポンサー料)、③個人の金(入場料、記念硬貨、寄付など)の3つがありますが、この割合の変化が「オリンピックの商業化」や「商業主義へ堕した」と言われることにつながった、というのが本書の主な分析です。
    特に、「巨大化するオリンピックの経費を賄うには、開催国の税金をこれまで以上に注ぎ込むか、オリンピックの商業的価値を金に変える「商業化」以外に道はなかった。税金の投入には議会の承認が必要だが、商業化は、IOCの決断だけで可能になる(p.101)」ことにより、一部では商業化(利益の追求)を第一義としたことによる負の側面も露呈しました。
    その一つが、放映権料と試合開催時程の兼ね合いです(p.147~)。放映権を確保するため、複数大会の権利を一括で確保する、という契約方法が1996アトランタ・2000シドニー大会においてはじまります。その後、テレビの放映権料は右肩上がりに上昇することになりました。一方で、インターネットの発達により、それまでは録画でも視聴率が取れていたのに対し、生中継でなければ視聴率が取れない(=CMなどの放送利益を得られない)という事情もあり、放映権料を多く払っている国のゴールデンタイムに視聴率の取れる協議を実施するという「忖度」がなされる場面が出てきたのです。
    特に顕著だったのが2008北京大会で、体操や水泳の決勝が午前中、予選が午後という通常とは逆転した試合スケジュールが組まれました。結果として、32種目中19種目で世界記録が更新されるなど、記録レベルの高い結果には終わったものの、逆転した大会運営が正当であったという証左にはならないし、この前例が、北京とほぼ同じ時差の日本で開催されるTOKYO2020に引き継がれないこと(アスリートファーストを確保すること)が大事なのではないかと思います。

    オリンピックの歴史を、大会収支を中心に振り返りながら、それぞれの時代(大会)の特徴を理解することができました。
    一方で記述が単調な部分もあり、刺激には乏しかったと感じます。
    これからのオリンピックをどのように開催し運営していくのか(利益をどこまで追求するのか(大会を黒字化させることが目的か/赤字にしないことが目的か),税金の投入の可否 など)をしっかりと考えることが必要だと思いますし、開催する都市や開催国のなかで、一丸となって(あるいは一定の支持を得て)オリンピック大会を支える体制を確保することが大切なのだろうと改めて感じます。
    これからのTOKYO2020大会においても、すでに支出してしまっている経費についてはしょうがないとしても(今後につなげるための反省は必要でしょうが)、実際の大会運営に際してどこまで経費を削減できるか、ということをもっと国民にアピールして理解を求め、全体としてオリンピックを日本で開催することに意義がある、という雰囲気を醸成する必要があるのではと感じます。戦後の復興をテーマとした1964東京大会のように、国を挙げて支援できる体制/環境が必要なのだと思います。

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    2019年08月09日
  • イチローは「天才」ではない

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    イチロー選手をデータによる分析、コーチによる証言、他選手との比較を行い、多方面にてその偉大さを述べた本。

    表面だけでは知ることのないイチロー選手の業績の偉大さを知った。

    なんといっても当時の上司に反対してまでスタイルを貫いたこと、圧倒的な努力を継続していること、常に備えてる姿勢に感動した。

    やはり尊敬する人物である。

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    2013年05月10日
  • イチローは「天才」ではない

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    イチローが稀代の一流打者であることを分析した一冊。

    「天才は努力を発明する」と文中にあるが、イチローが稀代の努力家であることがうかがえる。
    そして、常人にはマネのできない孤高の天才だと改めて感じた。

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    2013年03月30日