粗筋に惹かれて手に取ったので、作者さまが『零の記憶』シリーズの方だと後から知りびっくり。
『零の記憶』好きだったので、別レーベルでまたお会いできるとは思わず。
これは嬉しい再会!
日本茶を楽しめるカフェを舞台にした日常ミステリもので、帯には「路地から出られない探偵」とあったが、彼は絶対的な「探偵」
...続きを読むではないなと思った。
大体は彼が謎解きをするのだが、彼は一から十全て分かる訳でもないし、彼がまるっと全てを解決する訳でもない。
この作品、探偵役が必ず彼だとは限らない。
彼に救われた少女、萌が気付いてくれたり、彼女が推理をして見せたり。
彼の兄がお茶の力で心を癒したり、弟をアシストしたりする。
この三人が揃って初めて「探偵」として謎解きが成立する話かなと思った。
誰か一人でも欠けたら、どこかで停滞してしまう。
そんな危うい中で不器用ながら、失敗もしながら、光を掴もうともがいて、どうにか手を伸ばして引き寄せる、そんな探偵で、そんな謎解き。
特に「路地から出られない」という謎は、探偵役となっている彼自身では解決できない話。
そのことに自分自身で苦しんでいて、どうにかしたいと思っていても、どうにもならない。
探偵は自分自身を救わない。
そんな彼に光を差してくれるのが萌だ。
萌がいなければ、きっと彼はそのきっかけすら掴めずにいた。
そういう意味で、彼は絶対的な「探偵」にはなり得ない。
弱い部分も抱えた、人間臭い少年である。
彼以外にも、心に何かを抱えた人たちが多数登場するお話。
『零の記憶』の時にも思ったけれど、作者さまは心の奥のネガティブな、普通は表に出したくない部分を描くのが上手い方だと思う。
掘り下げが丁寧で、かつそこまで曝け出すかと心配になるほど。
何しろ路地を出られない彼が抱えている問題が特に重いので。
(故に、この話で完全解決にはならない。でも希望の見えるラストで、それがまた強烈に記憶に残る)
だからどの話も心が震える。
特に泣けたのが、隠された暗号の話。
あれは展開もずるいし、内容もずるいしで、読みながら号泣しそうになった。
ああいう展開に自分は非常に弱い。
何度読んでも泣く気がする。
メインの三人は京都人ではないので、京都弁を喋らないが(探偵役を仰せつかっている彼は時折無意識に京都弁が出る、そこがまた可愛い)他のキャラは京都弁なので、京都の雰囲気も十分味わえる。
住民の人たちがまたいい人たちなのだ(そして、そこもまた路地から出られない彼を救うカギになる)
出てくるお茶の蘊蓄も楽しく、萌が意外に食レポ上手なので、お茶がどれも美味しそうでたまらない。
そういう意味でもポイント高いし、前述通りキャラの掘り下げも丁寧なので、より深みを増しているお話。
冒頭とラストが、ずっと見守ってきたお兄ちゃん目線なのがまたにくい演出。
一杯のお茶から味以外に伝わるものも、そして救えるものもあるのだと信じられるお話だった。