トム・フランクリンのレビュー一覧

  • たとえ傾いた世界でも

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    2024年3冊目。
    インガソルがメチャクチャ好きでマジでカッコいい。
    映画化してほしい。

    年齢がだいぶ違うけどインガソルはクリスチャンベイルで想像してました。

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    2024年03月13日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    ネタバレ

    「S」という文字のようにねじれているが、人はねじれをなおす生き方を見つける。変わった題名だが、Mississippiの片田舎の子供たちは「S]をこう習う。

    ロサンゼルス・タイムズ文学賞を受賞

    少年二人の友情と、それが壊れてからの長い年月がある。
    25年後に再びめぐり合った二人の運命が、簡潔に接続詞を省いた文章で積み上がっていく物語。読みやすくひざびさに読後感のいいミステリだった。
    偏狭な田舎町の人々の仕打ちを黙って受け入れるラリーの生き方と、その底辺にある黒人と白人という人種問題も重くなく理解できるもので、ミステリというジャンルを超えて、この物語に人種の違う二人は効果的だった。


    ラリーの家にゾンビの仮面をかぶった男が侵入して至近距離から胸を撃たれた。

    ホラー小説を愛するラリー・オットは41歳になった今、人里はなれた家に住み孤独で静かな一人暮らしをしている。父親から受け継いだ自動車修理工場を持っているが誰も来ない。その理由は過去の事件にあった。

    一方、黒人のサイラス・ジョーンズは極貧状態で母親と逃げていたとき、見つけた小屋に住み着く。母はラリー家の召使になった。彼らは同じ学校に通い親しい遊び友達になった。
    当時サイラスは野球の才能があり学校ではスターで、白人の女の子シンディと付き合っていた。
    誘い合って映画を見に行くのを、ラリーが手伝った。だがその日シンディは帰ってこなかった。現場にいて誘拐したのではないかと疑われたラリーは、それ以後自動車工場に来る客もなく孤独に暮らしてきた。

    サイラスは野球で大学に進学したが肩を痛め、海兵隊に入り、ついに故郷に戻ってきた。いまでは「治安官」とか「32」と呼ばれている。

    ラリーにあうことはなかった、過去にはもう関心がなかった。だが新たな失踪事件がおき、ラリーが撃たれ、二人を結ぶ糸がまた繋がっていく。

    ラリーは命をとりとめたが昏睡状態で、目覚める様子がなかった。

    サイラスはラリーの病室の警護に当たり、過去に少しずつ近づいていく。子供時代サイラスと同じチームにいたM&Mも 川で死体になって見つかっている。

    サイラスが大学に進学してミシシッピの田舎を離れた後は彼らは交わることなくそれぞれに人生を生きてきたのだ。

    ラリーの母親はまだ生きていたが、痴呆が進み、たまに霧が晴れたようなときにだけサイラスを思い出し、サイラスの母のことも思い出す。
    そして過去の事件の糸口はこの母の朧な記憶の中で見つかる。

    このあたりから短い記述が一気に重みを増す。
    サイラスは忘れていたあの頃の思い出や彼らの家族の生活が、次第に甦ってくる。
    ラリーと一緒に過ごした子供時代を振り返ってみる。

    そして過去の事件、新たに発生した事件、現在のラリーの事件が徐々に解決に向かう。

    少年時代は遠くなっていたが、糸はつながっていた、静かに運命を受け入れてきた孤独なラリーの描写がいい、スポットライトを浴びた過去があり運命を切り開いていこうとしたサイラスもいい、この話はミステリだけではなく良質の文学の香りがした。

    題名は小学校で書き方を習うときのSという文字のこと。

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    2020年01月10日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    …小説で泣いたの久しぶりです。
    だいたい、帯や裏表紙に書いてある「感動の~」とか
    あんまり信用しない上に、
    単なる売り文句だと思っているのですが、
    いやー…良かった。これは良かった。
    解説にもありますが、
    余韻を楽しむ作品と云っていい程。

    冒頭から憂鬱な気持ちに蹴落とされ、
    そのほの暗いローテンションのまま淡々と進んでいきます。
    ので、挫折しがちな文体かも知れませんが、
    其処を超えて此のラストは味わっていただきたく。

    こないだまで読んでいた東江さんの邦訳に比べたら、
    あんまり技巧的さを感じない
    訳文なのかもしれませんが、
    その堅さもかえって良かった気がします。

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    2016年12月16日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    ネタバレ

    風変わりなタイトルは、ミシシッピー(Mississippi)の綴りを覚える時に、アメリカの子供が歌う歌詞の一部だということ。
    アメリカ南部を舞台に殺人容疑をかけられている白人と、野球の夢を諦め地元に帰ってきた黒人下っ端警察官の、元同級生がおりなす物語

    最後のあっと驚く仕掛けもあり、ミステリーとしても評価できるが、どちらかというと人間ドラマとしての読み方をしてしまう。二人の主人公と周囲の人間たちの悲哀と少しばかりの癒しが、ジワジワ心にしみてくる。読み終わった後の余韻がたまらなくいい。

    友情、人間の信頼関係って簡単に崩れるけど、時間をかけてじっくり癒せるものでもあるんだなぁ。
    主人公の一人ラリー・オットの生き様を読むにつけ、優しく正しく生きねばなぁ。と子供みたいなことを切々と思ってしまう。

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    2016年11月04日
  • たとえ傾いた世界でも

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     1927年にミシシッピ川流域でアメリカ史上最大の洪水が起こったことはとても有名な史実であるにも関わらず、米国民の大方からは忘れられているという。その時代、その災害のさなかで密造酒作りを稼業に選んだ夫を持ったディキシー・クレイは、幼い子を洪水で失い、今では自ら密造酒作りの日々を送っている。

     そこに一家惨殺の生存者である赤ん坊をひょんなことから連れ歩いていた密造酒取締官インガソルが現れ、ディキシー・クレイのもとに神の子を授ける。それが皮肉な運命の出逢い。水は方々で土手を決壊させ、多くの街を水底に呑み込んでゆく。この世の終わりとも言うべき1927年の世界の中で葛藤する男と女の出逢いを描く、南部の叙事詩が本書である。

     この骨太の愛の物語を書き綴った語り部は、衝撃の短編集『密猟者たち』で、凄まじくぼくの心臓を打ち抜いたトム・フランクリン。ただし、今回は夫人との共同名義であり、その婦人は詩人であるという。そう言われてみれば、このフランクリンの初めて目にする長編作品、とても骨太でありながらたまらなく叙情的だ。映像で言うならばサム・ペキンパの世界。

     常に轟轟と流れる大量の水の重低音をバック・ミュージックにして、時折り流れる硝煙の匂い。そこに生き抜こうとする大自然と戦う人間たちの姿。命を玩具のようにジャグルする非情な悪党たちと、南部男を象徴するような圧倒的存在感を見せる先輩取締官ハム・ジョンソン。

     アメリカの歴史と時間とその世界の空気をまでも包括して表現しようとする作家の意気込みに溢れたペンワーク。これぞ小説! と言いたいくらいに印象的で、セピア色したノスタルジー・カラーいっぱいの力作活劇であり、大仕掛けな恋愛物語なのである。モルト・ウイスキーのストレートみたいな作品をお求めの方に!

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    2014年10月28日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    『そのあとは、野原の向こうの林から昼が流れ果て、夜が居つくまで、フロントポーチにつくねんと座っている。どの日もちがう、どの日もおなじ』
    s
    テキサスの大都会の一番の通りといえども、最も賑わうショッピングエリアから西へ15分も行けば、「町はずれ」の雰囲気が漂い始めるほどに建物と建物の間隔は広がり、駐車場に車が疎らなショッピングモールも出現し始める。そんなエリアに建つホテルにて「ねじれた文字、ねじれた路」を読む。

    もちろん、ミシシッピ川はテキサスを横切ってはいない。隣のルイジアナからメキシコ湾に注ぐ泥の河。しかし、ここもディープサウスと並ぶ保守の州。白人のみが不動産を購入できる元大統領の住む一角があり、厳然とした社会的ヒエラルキーが「機会平等」という原則の下で形成され、その階層の違いと皮膚の色の違いが寄り添うように並び、5分と行かない場所で発砲事件が起こる街である。否応なしに、本の世界が頁から溢れて現実との境を曖昧にする。

    そんな風に本に寄り添って文字を読む必要はないのだが、置かれた場所の雰囲気を身体は脳以上に敏感に感じ取る。理屈ではない、そこはかとない恐怖心が、窓の外の闇の方から忍び寄って来ては取り憑こうとする。ここは安全な場所だと脳がいくら諭しても身体は既に緊張感に縛られている。

    ミステリー風の体裁を保ちながら、この本の描くところは社会派のルポルタージュのようでもある。「評決のとき」「ペリカン文書」を連想させる雰囲気である。最後は「スタンドバイミー」のようなヒューマンドラマの要素が濃くなりはするが、そこに至る間に「羊たちの沈黙」のようなサイコパスの要素も入ってくる。そんな風に書くと何だか如何にも陳腐なハリウッド映画のようないいとこ取りのごった煮のようなものと受け止められてしまいかねないけれど、社会的な抑圧の下に粛々と生きることの描写が読むものをずっと捉えて離さず、深々とした雰囲気の中で頁をめくり続けていくことのできる本であることは間違いない。

    タイトルの言葉は、ミシシッピの綴りを教えるための言い回しということだが、そこにはどこかマザーグース風の響きが伴い、そのリドルの裏に隠されたものは何だろうという思いが常に頭の片隅に棲みつづける。そこにある筈もないアナログ時計の秒針のカチッ、カチッ、と進む響きが脳の中を満たす。ワン・ミシシッピ、ツー・ミシシッピ。頁と伴に時差で痺れた身体は夜の闇へ一歩ずつ引き込まれてゆく。

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    2013年02月02日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    世間は噂に弱い、実態も知らず他人の言葉でも信じることが現代でもある。「風評」も拡散すればするほど真実かのように思えてくるからだ。殺人罪の容疑で20年以上周りから疑われ続けた一人の孤独で初心な男が最後まで重んじたのは「友達」だった。警察も先入観を持ち犯人扱いする、だが、結末はその「友達」で事態が急変するミステリ小説だ。気になる言葉「解って貰えないかも知れないけど、僕にはあまり選べなかった」と孤独生活で唯一「友達」として信じたのは二人だけだった。

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    2026年05月07日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    アメリカの作家トム・フランクリンの長篇ミステリ小説『ねじれた文字、ねじれた路(原題:Crooked Letter, Crooked Letter)』を読みました。
    ここのところミステリ小説はアメリカの作家の作品が続いています。

    -----story-------------
    デニス・ルヘイン、ジョージ・ペレケーノス、デイヴィッド・ロブレスキー絶賛。
    アメリカ探偵作家クラブ賞受賞作家が贈る感動のミステリ

    ホラー小説を愛する内気なラリーと、野球好きで大人びたサイラス。
    1970年代末の米南部でふたりの少年が育んだ友情は、あるきっかけで無残に崩れ去る。
    それから25年後。
    自動車整備士となったラリーは、少女失踪事件に関与したのではないかと周囲に疑われながら、孤独に暮らす。
    そして、大学野球で活躍したサイラスは治安官となった。
    だが、町で起きた新たな失踪事件が、すべてを変えた。
    過去から目を背けて生きてきたふたりの運命は、いやおうなく絡まりあう――。

    ロサンゼルス・タイムズ文学賞受賞。MWA賞最優秀長篇賞、ハメット賞、バリー賞、アンソニー賞候補。
    英国推理作家協会(CWA)賞ゴールド・ダガー(最優秀長篇賞)にノミネート中の傑作ミステリ。
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    2010年(平成22年)に刊行された作品です……小口と天・地が黄色に染めてある、懐かしく、心ときめく装丁のハヤカワポケミス(ハヤカワ・ミステリ、HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOK)版で読みました。

    ホラー小説好きの内気な少年ラリー・オットと野球選手になれそうなほど才能ある少年サイラス・ジョーンズ……まったくちがう二人が育んだ確かな友情、、、

    が、ある出来事を境に関係は断絶した……25年後、自動車整備士になったラリーは、住人から疎外され、孤独の中で暮らしていた。

    そんな時、町の有力者の娘が失踪……ラリーに疑惑の目が向けられ、治安官になったサイラスは事件の捜査に関係していく、、、

    かつての友との再会がもたらすその先には……。

    25年前に未解決となった少女失踪事件と新たに起きた町の有力者の娘の失踪事件巧みに結びつけ、登場人物たちの複雑な人間関係と心理を深く掘り下げた物語……人種差別や貧困、冤罪といった社会的な問題を背景に、友情や希望、そして再生の可能性が描き出されていました、、、

    少年時代の友情、過去から目を背けてきたふたりの運命……ラリーとサイラスの成長過程を丁寧に描写していることに感動しましたねー ミステリとしてのスリルとサスペンスを愉しみつつ、人間の弱さと強さ、そして運命の不思議さ、そして人生の選択や運命について深く考えさせられるヒューマンドラマとしても愉しめる作品でした。

    深い満足感を与えてくれ結末も心地良く、好みの作品でしたね。

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    2024年04月03日
  • たとえ傾いた世界でも

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    「自分は通り過ぎていく人間だと思っていた。
    上を通り、下を通り、通り過ぎる。」
    孤児で第一次大戦で兵役を経て、密造酒取締官を業としている主人公インガソルは、自分の人生をそう考えていた……一人の赤ちゃんを拾い、一人の女性と出会うまでは。

    1926年から27年夏までに幾度も発生したミシシッピ川流域の記録的な洪水。
    いつ終わるともしれない長い雨によって、繰り返しミシシッピ川とその支流が氾濫し、人人の生活を壊していった。
    特に、農業労働力であるアフリカ系アメリカ人の被害は甚大で、直接被害がなくても農場が駄目になり職を失うことにもなった。

    物語は1927年4月、アメリカは有名な「禁酒法」の時代、弱弱しい太陽と刻々と高まる川の水位のなか、インガソルは相棒のハムとともに行方不明になった同僚の調査のために潜入捜査にはいる。
    そこで偶然拾うことになる孤児の赤ん坊が縁で、密造酒作りの女性と出会う。

    ハヤカワ・ミステリ新書版の帯にあるように「これは、愛の物語」。

    特に、終盤は息をつかせない展開で、パニック映画さながらのアクションシーンが満載。
    少し表現が気になったり描写がくどく感じるかもしれないけど、エンディングがとてもよいので、すべて許される……そんな物語でした。

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    2023年06月09日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    しかしアメリカ人はこういうのが好きだなぁ~。
    デニス・ルヘイン、ジョン・ハート……
    閉鎖的な田舎町、貧困、人種差別、レイプ、銃、酒、麻薬、家庭内暴力……。

    ミシシッピの田舎で友人だった二人
    白人でホラー好きで人付き合いの苦手な子と、黒人で母と二人シカゴから流れてきた野球好きの子。仲が良かったはずの二人がいつの間にか離れていく。
    二人の距離が広がった少女の失踪から25年、再び事件が起こり二人は……。

    25年前と現在が二人それぞれの視点で描かれ、最初の100ページは苦労した。
    ミステリーではなく文芸小説だと思って、唐突に切り替わる時間と視点に慣れ始めると、独特の雰囲気の中、ドーンと沈み込み浸ることに……。

    だからこそ、エンディングにちょっといいものがあれば、それで読書が救われる。

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    2022年09月15日
  • たとえ傾いた世界でも

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    1920年代のアメリカ
    ミシシッピ川大洪水 洪水のシーンは凄い迫力。二百人以上の犠牲者と記録にはあるが、本当はもっとかもしれないらしい。黒人の労働者は記録に残っていなかったのだろう。
    赤ちゃんの愛らしさと、母になりたい切実な女の気持ちがリアル。

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    2018年08月23日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    「ラザフォード家の娘の行方がわからなくなってから八日が過ぎて、ラリー・オットが家に帰ると、モンスターがなかで待ち構えていた」

    いかにもミステリらしい謎めいた書き出しに興味は募るが、正直なところ犯人はすぐわかってしまう。なにしろ<おもな登場人物>に名前が出ているのが11人。ミステリのお約束として、犯人は必ずこの中にいるはず。そのうち二人の被害者は除外して、残りは九人。その中の三人が捜査関係者で一人は視点人物のサイラス。警察官が犯人というのもあるが、ここは南部のスモールタウン。みな顔見知りだ。仕事以外につきあいのない都会とは訳がちがう。

    もう一人、ラリーという視点人物がいる。登場するなり何者かに撃たれて昏睡状態ということでやはり除外。これで残りは五人。ラリーの父親とサイラスの母親はすでに故人なので、当然除外。ラリーの母親は施設で寝たきりだから物理的に不可能。これで残るはサイラスの恋人とラリーの友人の二人だ。つまり、犯人あてミステリとして読むのは構わないが、はじめから、その種の読み物として書かれてはいない、と言いたいのだ。

    ラリーは、自動車整備工場をやっているが、毎日工場まで足を運んでも客は誰も来ない。十代のころ、デートに誘った少女がその晩から行方不明となり、その容疑者と考えられたことがあるからだ。自白も取れず証拠も挙がらなかったので釈放されたが、狭い町のことだ。それ以来、おっかない(スケアリー)ラリーと陰で呼ばれるようになり、家にも工場にも人が寄り付かなくなった。

    二十五年たった今、また別の少女が行方不明になる事件が起きた。ラリーの仕業と考えた者がいたとしても不思議ではない。ずっと家に石を投げられたり、郵便箱を叩き壊されたりされてきた。父が死に、母が施設に入ってからは、独りで生きてきた。朝起きると鶏に餌をやり、作業着に着替えて工場へいき、ブック・クラブから送られてくる本を相手に時間をつぶし、また家に帰ってくる。マクドナルドかフライドチキンを食べたら、「フロントポーチにつくねんと座っている。どの日もちがう、どの日もおなじ」。

    サイラス・ジョーンズは人口五百人前後のミシシッピ州シャボットのたった一人の法執行官。かつては名遊撃手として鳴らしたが、肩を壊して引退。当時の背番号から、今もみなに32と呼ばれている。この日、パトロールの最中、いつも工場に止まっているラリーの赤いフォード・ピックアップがないことに気づき、救命救急士のアンジーに様子を見に行ってもらう。自分は別件で身動きが取れなかったからだが、顔を出したくなかったからだ。

    十代のころ、シカゴから転校してきたサイラスと母は、ラリーの父カールの土地に建つ狩猟小屋に住んでいた。ラリーとサイラスは、よく一緒にインディアンごっこをやって遊んだが、二人きりで遊ぶ場所はカール所有の森や草地に限られていた。ラリーは白人で、サイラスは黒人。学校では黒人と白人は別のグループに属していたし、何より二人が一緒に遊ぶことをカールは喜ばなかった。

    二人は皮膚の色だけでなく対照的だった。夜逃げ同然に家を出てきたサイラスは住む家だけでなく着る物もラリーのお古をもらうほど貧しかったが、運動神経は抜群で野球の力で進学しようとしていた。対するラリーは、幼い頃から病弱で、吃音や喘息のせいで遊び友だちもなく、一人で本を読んだり、虫や蛇を集めて遊んだりする子だったが、整備工場を営む父のところにはいつも人が集まってきて賑やかだった。

    ある日、サイラスに打ち据えられたラリーは、つい「二ガー」と言ってしまう。その日を最後に、サイラスはラリーと口をきかなくなり、やがて別の学校へ進学し、シャボットを去る。肩を壊して野球人生に見切りをつけたサイラスは、軍隊を経て警察学校に進み、治安官となって町に戻ってきたが、ラリーの家にも工場にも顔を出さなかった。サイラスはラリーに会いたくなかったのだ。

    現在の事件と二十五年前の過去の出来事が、交互に当事者二人の視点で語られる。『ねじれた文字、ねじれた路』という表題は、直接的にはサイラスの頭文字<S>を指すが、アメリカ南部の子どもがミシシッピ(Mississippi)の綴りを覚えるときに教わる言葉遊びの文句からきている。「エム、アイ、ねじれ文字、ねじれ文字、アイ/ねじれ文字、ねじれ文字、アイひとつ/こぶの文字、こぶの文字、アイひとつ」。二人の男の関係をねじれた形を持つ字で表したのだろう。クリスティーやヴァン・ダイン以来、ミステリとマザーグースのようなナーサリー・ライムは相性がいい。

    南部のミシシッピ州を舞台に、小さな町の濃密な関係の中で、誘拐殺人犯の疑いをかけられ、たった一人の友だちにも見捨てられたラリーの二十五年間の来る日も来る日も変わらない生活が冒頭に描写されている。小さな町の中で無視され続けているのに、誰を責めるでもなく、自暴自棄に陥るでもなく、実直に誠実に日々を過ごしている。責められるべきは自分だと思い込んでいるのだ。

    一方、サイラスは仕事上での付き合いも、毎日食事に立ちよるダイナーでの付き合いも卒なくこなし、誰からも愛され、信用されている。アンジーという恋人とも相性はぴったりのようだし、愛車のポンコツのジープだけはいただけないが、町にとって欠くことのできない人物と見なされている。

    この二人の関係が、娘の死体が狩猟小屋の床下から発見されることで大きく揺らぐ。二十五年前、少年だった二人が目にした事実の中にすべては明らかにされていた。ピューリタニズムに抑圧された性的情動のはけ口。支配被支配の関係からくる性的関係の強要。人種差別、とどれも今でも残る社会悪だが、当時のそれは男性優位の支配的な社会にあって、今とは比べようもなく強かった。二人がねじれた路を歩くようになったのは、それらが複雑に絡んでいる。

    小さな町だけに登場人物の数は知れている。それだけに、端役に至るまで、性格付けがしっかりされていて読みごたえがある。一つ一つの描写がリアルで手を抜くことがない。だから、出来事が生き生きと立ち上がってきて、読む者の五感を刺激する。それは南部ならではの土地や動植物の描写でも同じだ。「背後の山は熱帯のようで、雨とミミズのにおいがして、木から水が滴り、雷が落ちた直後のように空気が電気を帯びていた。樹幹の隙間の空をリスたちが跳び、頭上の木の虚でキツツキがスネアロールを打つ。サンカノゴイが叫ぶ」ディープサウスへようこそ。

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    2017年04月25日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    回想によって現在までをゆっくり再構成していく思い出ミステリ。ただの友達だった二人の辿る路が次第にねじれていくのを追体験するのは面白い読み応え。主人公の一人が読書中毒でえらく感情移入しやすい…。
    途中まで、マッチョイズムというかオッサンミステリだなと辟易しかけていたけど、そういう脂ぎったものの水面下でひっそり、だけどしぶとく生き続けていた、あんまりにも繊細な思い出たちの話だった。いい。少年少女冒険文学オッサンリミックスみたいなやつ。

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    2016年08月23日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    読んだ後、しばらく余韻に浸っていたかった本だ。
    陰惨な話かなと思ったけど、そっちはそんなにあからさまではない。人物描写が素晴らしい。グリーンマイルを思い出した。二人の男の心の旅路に、そっと寄り添って読み進んだ。
    人はひどい所も一杯あるけど、捨てたもんじゃないとほのかな明かりを感じさせてくれるラストが大好き。

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    2014年06月03日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    ミステリとして読むと、途中で犯人が分かってしまうし、意外性というものは乏しい。

    しかしそれを補う文章の美しさ、描写のこまやかさ。ミステリというよりも25年間身に覚えのない罪を着せられ、小さな町から村八分にされて生きてきた男と、南部の小さな町で父のわからない黒人として生きることとは何かを幼いころから否応なしに刻み込まれた男の抱える古い傷の話。

    T.H.クックと比較する評も読んだ。たしかにちょっとしたはき違えから孤独な人生を送らざるを得なくなった人の物語として、類似点はあるかもしれない。

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    2013年06月27日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    自分が選んで読む米国の本は湿度の低いものが多いような気がするけど、この作品もまた圧倒的に乾いてた。読後のし〜んとした感じが心地いい作品。
    残念なのは、ミシシッピ州の小さな町が舞台で白人と黒人、二人の男が主人公の話しが故に細かい機微が掴み切れないとこ。こればっかりは「文化がちがーう(by ヒストリエ)」で逃げるしかないんかな。

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    2012年06月29日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    ミステリと言うより文学作品。
    南部アメリカ小説。娯楽作と言うより、じっくり読ませる端正な作品。
    物語はつらく、悲しく、息苦しいが、文章、描写は美しく見事だ。
    最期に少しだけ希望が持てる点がいい。

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    2012年06月14日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    白人より黒人有利の社会で暮らしている白人男性と黒人男性の物語。アメリカの闇の部分が描かれていて、そこがまたいい。と~っても暗いお話しだけど、最期は希望が持てる終わり方で良かったと読み終わったときつくづく思った。

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    2012年05月22日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    ネタバレ

    ミシシッピ州の田舎町で40代の自動車修理工が銃で撃たれる事件が起きた。被害者のラリーは瀕死の重傷。しかし、ラリーはちょっと特殊な人物だった。というのも彼がまだティーンエージャーだった25年前。同級生のシンディが行方不明になり、ラリーはその事情を知っている重要参考人だったのだ。
    そして、つい最近も女子大学生が行方不明になり、ラリーは再び容疑者とされていたのだ。
    その街で治安官をしているサイラスはラリーと幼馴染だった。一度街を出て、治安官として戻ってきた彼は、疎遠になっていた筈のラリーの身辺を調べ始めるうちに、少年時代のラリーとの記憶が徐々に蘇り始める。そこには、当時は気づかなかったサイラスとラリーの以外な関係が隠されていた…。

    ミステリーではあるが、読後感の気持ちよさはミステリーとはまた異なるものを感じさせる。40代の青春小説という感じか…。いやぁ、ポケミスは面白い!

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    2012年05月20日
  • ねじれた文字、ねじれた路

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    どんでん返しがあるようなミステリじゃなかったけど。

    読み解かれるのは登場人物たちの人生だったという事。
    二人の男がどう出会い、どう離れ、どう、もう一度近づいていくのか。
    その丁寧な描写がとても良かった。

    終盤、主人公の1人のサイラスが、もう1人の主人公、ラリーの母を尋ねたくだり。
    彼らが共に過ごしたほんの少しの瞬間、
    その子供であることの無敵さと輝きが、ある一説で語られる。
    その部分に胸を打たれた。

    この人の書く文章は美しいと思った。

    そして最後の最後の一文を読んで、私は苦しくなって暫くその余韻に浸った。
    よい本だった。

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    2012年04月30日