奥山俊宏のレビュー一覧
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経済の知識もなく、バブル経済事件と言われても、何のことか具体的に思い起こされることもない経済オンチである。しかし、この本を読んで、複雑で難解な事件の一端を知ることとなり、時代の大きなうねりの中で人生を狂わされ、大きな代償を払うことになった人々の人間ドラマに大きく感情を揺さぶられた。バブル絶頂期に放漫経営で銀行に多くの損失を積み重ねた経営陣は、巨大な利益を手に逃げおおせ、たまたま悪い時に、いるべきでない場所にいたと言うだけで、多大な犠牲を強いられる理不尽に、怒りが収まらない。
ひとつ新鮮に感じたのは、大蔵省や政権の腐敗と失政に国民が怒り、為政者の決断に変更を迫っていたということだ。不正を怒り告発するジャーナリストがいて、それに反応して正義を求め声を上げる民衆がいる。彼らの非難や糾弾が大きな力を持っているため、為政者は民意を無視しては公費投入などの処理することができない。公文書改ざんのような民主主義の根幹を揺るがす不正をしてなお、政権中枢で権力を保つことができる現在から見ると、いろいろなことがまだ健全だったのだなと思わずにはいられない。 -
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僕は記者会見の映像を見ていないので詳しいことはなんとも言えないんですけれど、一つ言えるのはあの場で言ったことを家や仕事や故郷を失った福島県の人の目の前で同じことを繰り返せますか?ということです。
この本が朝日新聞の記者が東京電力のすべての会見現場に立会い、東電側の社員と自分を含め貴社との一ヶ月のやり取りをつぶさに記録したものでございます。何の本からは忘れましたが
「東電の人間は官僚以上に官僚的だ」
という言葉が、この本を読んでなるほどなと納得するにいたりました。
僕は朝日新聞を読まないので、いま、震災から一ヶ月間の縮刷版を読んで事件および震災の足取りをたどっていますけれど、震災および原発事故の一ヶ月間とここに記録させている一ヶ月間の東電側と記者とのやり取りを照合して読んでいくと、彼らの持つ「体質」というのが浮き彫りにされてきて、なんともいえない気持ちになりました。一連のことはおそらく私よりも皆様のほうがよくご存知かと思います。僕はほとんどテレビを見ていませんので。この本に書かれているやり取りはおそらく映像として流れたであろうと推察されます。
動画サイトで見る、という選択肢もないではありませんでしたが、ここに活字で記されてあることを映像で確認するのは非常に苦痛を伴う作業でしたので。申し訳ありませんが、断念させていただきました。この本を読むと現場の混乱と追及する記者。そしていかに責任を逃れようとする東電側の答弁がカオスとなって、読んでいる人間に迫ってきます。今回の震災および原発事故が日本人の美徳と醜悪な部分を同時に晒したのだということを実感するにはいい本だと思いますよ。 -
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タイトル通り、これを読めば兵庫県告発文書問題がなぜ問題なのかがよくわかった。
正論中のド正論。
というか、これを読んでなお、斎藤元彦を支持する方がいたら、なぜなのかを論理的に教えてもらいたい(支持者は読まないだろうけど)。
私が個人的に最初に問題だと思ったのは、告発者の県民局長が懲戒処分されたというニュースを読んだときだった。当時、私自身が職場で総務の内部告発やハラスメント対策などを担当していたから、知事が告発者探しをして懲戒処分という、ありえないニュースにびっくり仰天したのだ。
いろんなことがあったけれど、まずそこに立ち戻るべきだと思う。
そして、原点に帰って整理するのに、本書は最適。
奥山氏が繰り返し書いている内部告発の重要性を兵庫県民、日本国民全体が理解するべきだ。
だって、ひいてはそれが世の中全体を改善することだから。
斎藤元彦が再選されたことで、支持者はまるで罪が許されたかのように言い、斎藤元彦はどんどん傍若無人になっている。
けれど、「デマや印象操作で選挙に勝ったら罪もなかったことにできる」状況を許していては日本が無法地帯になってしまう。
やったことを反省して改善するならまだしも、斎藤元彦は今も「文書問題は適切適法だった」と言い張って、元県民局長の名誉回復もしていないし、改善もしていない。
加えて、本書23章にあった、兵庫県は内部通報制度を改正してもまだ不備があるというのは全然知らなかったので、あきれ返ってしまった。
2度改正しても、まだ制度に不備!!
兵庫県民としては暗澹たる気持ち。
どうか、他県の皆さんは本書を参考に、兵庫県と同じ轍を踏まないようにしてください。
ちなみに、斎藤元彦はパワハラや文書問題だけじゃなく問題のオンパレード。最初、財政のプロと称して知事になったのに、どんどん財政が悪化して、借金がふくらみ、現在は起債許可団体に陥っている。
支持者が誹謗中傷や差別発言をしていても、止めもしない。
斎藤元彦の「人の話を聞いていない」「都合の悪いことは覚えていない」「絶対に謝らない、反省しない」という人格の異常が今の困難を招いている。そして自己愛YouTubeの垂れ流し。
そんな人間が権力を握るとこんなことになる、という地獄の典型が兵庫県です。 -
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角さんは確かに「虎の尾」を踏んだのだと思う。問題はその虎が誰なのか?一般的にはアメリカと言われているが、アメリカにしてみれば貿易不均衡是正に尽力してくれているわけだから、逮捕させるよりも泳がせておいたほうが都合がいい。だとするとアメリカという国家規模で見るのではなく、個人レベルの恨みと見るのが自然。個人といえばやはりキッシンジャー。前半の件で見るキッシンジャーの人間像は、「戦勝国よろしく上から圧力」は微塵も感じない。むしろ角さんをリスペクトするような言動が散見された。なのに機密事項を平然と漏らされたら当然「憎さ100倍」。まあ想像ですけどね。でも機密解除というからこれぐらいのレベルの真相は期待してた。このモヤモヤ感は・・・まさか著者の虎の尾を踏んだか?
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経済記者による、バブルを象徴する事件の当事者たちへのヒアリングをまとめた本。
事件後に当事者に取材を当てているだけでなく、事件時・あるいは事件前から接触をしているケースもあり、他の経済事件本とは臨場感が違う。
一番面白いのは終章で、定期的に昼食会を開くほど仲睦まじかった大蔵省と特捜部のキャリア組が次第に険悪になっていく様が淡々と描かれるところ。
その昼食会にずっと参加していた著者でしか書けない。
この章だけ具体的な単独の事件を追った内容ではないので浮いた感じになっているが、この部分だけでもこの本を読む価値がある。
著者らにとってはバブル崩壊は人生をかけたテーマだという。
何らの解答もまだ得られていないのでは、と。
その事自体にケチをつけるつもりは毛頭ない。
個人としてはそういう人生もあろう。
問題は、日本経済がその後の30年、迷走を続けていることだろう。
その後、アメリカではドットコムバブルもサブプライムバブルも弾けたが、さっさと経済は回復し、平均株価はゼロが一つ違うまでに伸展し。
また、その間バブルだバブルだと言われ続けながら、隣の大陸の経済は膨張を続け、アメリカに覇権を挑むまでになって。
一方で未だに日本はそのときのことにこだわり続け、デフレに苦しみ、人口は減り続け、技術は奪われ、ようやく株価はピーク時の半分くらいまできたところか。
どこかで間違えたからこの結果があるのだろうし、それを知りたいがゆえの著者らのテーマ設定だが、本書でもどこまでいっても決定的な悪人は出てこない。
巨額な賄賂が動いて私腹を肥やしたヤツがいて、とかならわかりやすいがそんなこともない。
当事者に通じた著者らが内側を切り取って現在の視点から見直してみてもなお、皆、それぞれに真面目に仕事をした結果がこれなんです、としか導き出せない。
これはこれで頭を抱える。
強いて言うならば、日債銀の処理や大和銀行の処理などに顕著に見られるが、特捜にせよ監督官庁にせよ、国益よりも正義感が勝る判断をしがちだったのかな、と。
ナイーブさに付け込まれての経済敗戦みたいな総括で自分でも癪だし、それじゃ勝手にブチ切れて国際連盟を脱退してきてからの70年前の敗戦と変わらないじゃないか、という気もするが、案外そういうことかもしれないな、とも思ったり。
国益というと右翼じみた解釈をされるが、そういうところから変えていかないと変わらないんじゃないか、と思うにいたり、
だとしたら朝日の記者だという著者には解けないテーマじゃん、というオチでした。
いや、すべての朝日記者がアサヒると考えてはいけませんが・・・。 -
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本書は、朝日新聞報道局に所属する記者が東京電力の原発事故の取材をリアルタイムでネットで配信した内容を中心に加筆したものであるが、その2011年3月11日から4月13日の記録には驚愕するものである。その迫真迫る危機の様相と迫力ある内容は、当時の新聞報道を大きくしのぐすごいものだ。
福島原発における危機が、まるでタワーリングインフェルノのようなパニック映画を大きく上回る想像を絶した危機であったことがよくわかる。そして、この危機が決して一過性のものではなく、周辺住民の避難、放射性物質の除染、廃炉などまだまだ続くことを考えると、危機はまだ終わっていないことを痛感させるものである。
本書を読んで感じるのは、人間の不完全性である。原発所長、東電本店の幹部、政府首脳のドタバタぶりは、このような人間達に原子力発電と言う不完全な巨大技術の管理を任せられるのかという思いを痛感するものである。犠牲をかえりみずに奮闘する現場の所員達と比べて、幹部達のだらしなさが浮き彫りになっている。本書を読んで、「ほんとうに危機のコントロールができているのか」という思いが浮かび上がってくる。
危機のさなかに体調を崩して途中入院した東電社長のだらしなさをみると、本書の「自分の体調管理もできないような人間に、暴走する原発の管理など任せられるだろうか?」との疑問は説得力がある。
本書は、優れたドキュメンタリーだと思う。原子力発電の是非もあるだろうが、それ以前に東電社長をはじめとした人間達に、巨大科学の運営と舵取りを任せることは危なすぎると痛感させる良書であると思った。 -
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以前、真山仁による「ロッキード」を読んだ。本書のサブタイトルには「田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか」とあり、こちらは陰謀説の視点か?と思い読んでみた。しかし本書では陰謀が原因ではないが「そういう見方が日本で流布した」ことによる影響は残ったとしている。ちなみに真山氏は本書に解説を寄せている。
時を経て公開されるようになった膨大な公文書から当時の関係者たちの思惑と政財界の動きを掘り下げている。真山氏の著書は日本側の世論形勢を中心に据えていた印象だが、本書は主にアメリカ側の動向と視点を中心にしている。
サブタイトルの「アメリカに嫌われた」は、本書の主役の一人であるヘンリー・キッシンジャーが田中角栄が「あることないこと」を日本の報道陣にリークする気遣いのなさを嫌っていて、立場上うやむやにしておきたかった日米双方の政局に影響するロッキード事件の追求による田中氏への追求を黙認した可能性はある、と結んでいる。 -
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自行が発行した債券(金融債)を顧客に買わせ、それを担保とした融資を「ノーリスク」と表現し資金使途も確認せず過剰に貸し出す。破綻の危機にある融資先に自行職員を送り込み、自行に有利な偏頗弁済をさせる。大蔵省(当時)担当局長の意を忖度するあまり、海外当局への事故報告を怠ることのリスクを見失う。不良債権の早期処理を標榜しながら、個別の銀行の問題では資産査定のエンピツを舐める弥縫策に終始する…
ひどい話だと思うが、これらがバブル期特有の奇特な症状であるとも言い難いのが虚しいところ。おそらく今後金融システムに異常が起こるたび、似たようなことは起こるだろうし、今現在も程度の差はあれ密かに行われているはず。たとえなんらかのリーダーシップが発動し大鉈が振るわれるとしても、問題はその時、何を守るべきものとして優先するかを明確にしない限り、やはり本書に紹介されているのと同じ茶番が繰り返されるだろう。もはや本書のように役人や大銀行のメンツが優先順位の上位には来ないだろうが、なんだかんだといっても本書で紹介される4銀行は今も形を変えて存続しているのだ。バブル期の金融行政の不条理の記憶を、この令和の時代でも蘇らせることの意義は大きい。当時、特捜検事と大蔵省キャリアのエースにパイプを持っていた元記者ならではの記述が生々しく、読ませる。
ところで257ページ、他のところでは伏せられている大手生保の実名がここだけ出てしまっているが、いいのだろうか。