「アフリカ文学の父」と言われるチヌア・アチェベの作。
アチェベはナイジェリア・イボ族出身で、ロンドン大学のカレッジにあたるイバダン大学(ナイジェリア最古の大学)で学んでいる。
アチェベはコンラッドの『闇の奥』を批判したことで知られる。アフリカの人間性に目を向けず「ヨーロッパすなわち文明のアンチテーゼ
...続きを読む」としたというものである。アフリカ人を「野蛮」としか見ていなかったというわけだ。
アフリカを描写する「異なる物語が必要」として、実際に創作したのが「アフリカ三部作」と呼ばれる作品群で、この『崩れゆく絆』が最もよく知られる(他の2編、『もう安らぎは得られない』『神の矢』に関しては、少なくとも入手しやすい邦訳は出ていないようである)。本作は別の出版社から数十年前に旧訳が出ていたようだが、この版は2013年刊行と新しい。原著は1958年初版。
物語は1900年前後のナイジェリアが舞台。
呪術や慣習に支配される地で、「男らしく」畑を耕し、勇猛に戦って名を築いていたオコンクウォ。強き男、頼りになる夫、恐い父である彼は、古くからのやり方で、精霊や祖先を崇め、一族の秩序を脅かすものと戦ってきた。役立たずだった父親からは多くのものを受け継ぐことは出来なかったが、彼は強い心で働き、自力で名声や財産を勝ち取ってきた。
妻は3人、広い屋敷も出来た。一族の最高位に登り詰める日も遠くないはずだったが、不運に見舞われ、村を追われた。
村に戻れる日を待つオコンクウォは、よからぬ噂を耳にする。得体の知れない白い男たちがやってきて、禍をもたらしているようなのだ。
時が満ち、ようやく故郷の地を踏んだオコンクウォ。凱旋さながら華々しい帰郷を祝うはずだったが、白い男たちのせいで、村はすっかり変わってしまっていた。
やがて、強い男、オコンクウォは悲劇に見舞われることになる。
前半は伝説や言い伝えに支配される呪術社会を鮮やかに描き出す。
動物たちが登場する昔話は想像力豊かで美しいが、こうしたお話は女向けとされている。
オコンクウォの息子、ンウォイェは実のところ、こうしたお話の方が、父の武勇伝より好きなのだが、男らしくあれと期待する父に背かぬようにそれを隠している。
世が世ならば、父と子の小さな齟齬は表に出ぬまま、世代が引き継がれていくはずだった。
この社会はこの社会として秩序を保ち、この社会の論理で物事を解決し、幾分の揺らぎを含みながらも大きくは平穏に過ぎていくはずだった。
そこに突如、白い人々の論理が持ち込まれた。
論理と論理がぶつかり合ったとき、そこに武力も加わったとき、社会はがらがらと轟音を立てて崩れ去る。
軋みの中で、オコンクウォは滅びへと転がり落ちていく。
残酷なまでの鮮烈さで。
物語の時代設定は、アチェベ本人が生まれるより前のことである。アチェベ自身は言うなれば欧州流の教育を受けている。
本作に関しては、「村」の描写が正確でないという批判もあったという。確かに幾分か「鮮やかすぎる」ような印象は受ける。しかし、「村」の「空気」やオコンクウォの「気質」は如実に描き出されているのではないか。それがフィクションというものだろう。
原作には一切の注がないという。訳者には注を付すことにいささかの躊躇いもあったようだが、本文に添えられた詳細な注と解説が作品のよい導き手となっていることは間違いないように思う。あとがきに記された訳者の真摯さに敬意を表したい。
読み通してみると、三部作の残りの2作品が読めないのは残念なことに思う。なかなか困難なことなのかもしれないが、もしも訳書が出るようであれば手に取ってみたいものだ。