まずは表紙の絵を見てほしい。
少し細かいので見にくいかもしれないが、これは営団地下鉄(当時)大手町駅の案内図で、著者が関わったプロジェクトで作られたものだという。
駅の入り口から電車に乗るまでの一連のサインが白と(千代田線のカラーである)緑を基調としているのに対し、電車から降りてから駅の出口までは黄
...続きを読む色を基調としたサインとなっており、分かりやすい。
私は普段から東京メトロのサインは他の鉄道会社よりも分かりやすいと感じていた。特に、ホームに続くエスカレーターの上に掲げられている停車駅案内図は、ホームの左右どちらの電車に乗ればいずれの方角に向かうのかがすぐに分かって便利だし、また路線ごとのカラー分けも明確だ。
初めて駅を利用する人にも分かりやすいようにデザインすることの重要性は普段から感じていたが、この本の第1章を読んでそれを再認識させられた。
第2章第1節では、その営団地下鉄大手町駅のプロジェクトについて書かれている。このプロジェクトは成功を収め、その後、著者がデザインしたサインは営団・都営地下鉄のすべての駅で採用されることとなった(また他社のサインにも影響を与えている)。しかし2004年の民営化以降は、案内図の中で広告料を支払った花屋や書店の名前が赤字で強調されるなど、ユーザーにとって分かりにくいデザインに「改悪」されたようである(第5章第4節で分かりにくくなったデザインについて書かれている)。
私にとって新たな発見だったのは、望ましいデザインとは分かりやすい案内図すらも必要としないということ。千代田線国会議事堂前駅は自然光が地上から下層階まで差し込む吹き抜け空間となっており、遠くからでもすぐにどちらが移動方向か分かるため、移動方向を示すサインを一台も必要としていないという(p.105)。駅のデザインとは、単にこの本の表紙にあるような案内図などのデザインにとどまらず、駅の空間も非常に重要であることが分かった。
この本では空間のデザインが悪い例として、半蔵門駅が紹介されている。改札階からホームに降りる階段が壁で覆われており視界が開けず、そのためホームの様子が上からは全く見えない。ゆえに「ゴーッという電車が入ってくる音がしたので慌てて駆け下りたところ、逆方向の電車だった、などとのことが日常的に起きている」(p.209)という。これは日常生活の中でもよく経験しているので、思わず納得させられた。
第4章では海外の各都市の駅のデザインが紹介されている。ここでは、各都市の駅の様子を順に少しずつ紹介し、写真を並べて掲載しているだけで、結局全体として著者が何が言いたいのかが分かりづらい。それぞれの説明も少なく、やや不満が残る内容であった。
都市別に分けて書くのではなく、良いデザインや悪いデザインの要素について説明した上で、その具体例として各都市の写真を紹介したほうが分かりやすかったのではないかと思う。
新書ながらカラーで写真も多く掲載されており、デザインについて新たに知ったこともあり、ある程度は満足している。ただ、この本はすべてカラーというわけではなく、白黒のページも少なくない。ゆえに写真が見づらいページもあったのが非常に残念であった。また、議論が少し色んなところに飛びがちな気もした。著者が全体を通して何を伝えたいのかがやや分かりづらかったのも少し残念である。個々の話題が面白かっただけに、もう少し全体の構成を工夫すれば著者の主張がより読者に伝わりやすい本になっていたと思う。
それにしても、デザインは面白い。
この本を読んだ後、街を歩きながら色んなデザインに注目するようになった。そして街のデザインをどのように変えていけば良いのか考えるようになった。このような視点を持ち合わせる人が増えれば、自分の住んでいる街はもっと良くなっていくであろう。