ジェラルド・G・ジャンポルスキーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ強い言葉が平気で飛び交い、復讐心に囚われやすい現代社会を生きてるからこそ、読めて良かったと思った本。
電車でぼーっとしてる時とか、あの人の許せなかった言動や過去が蘇っては、心に怒りが燻る。そんな日常を変えたかった時に見つけました。
スピリチュアルな要素が入るので、身近じゃなかった自分には最初スルーしながら読んだ所もあったけど、逆に人間にもスピリチュアルな要素があることを受け入れながら読むと、違う世界が開けて、ゆるすということがやり易くなるように思った。「ゆるしの原則」はシンプルなのに自分にも出来るようか気が湧いてきて、定期的に読み直したいと思った。「ゆるせないという否定的な思いに執着しない」というのが、仏教に似てると思った。 -
Posted by ブクログ
時々、そして最近(2020年)になって何度も、読み返している本。
昨年度、たぶんサイコパス系の人に、心理的な苦境(ターゲット)に何度も陥れられる体験をしました。今は無事に、関係を断つことが出来ています。
サイコパス系の本で、今後の対応を学び、今まで気付かなかったタイプの人間理解を深めながらも、自分の心の持ち方や感情を救うために、改めて読み返しています。
自分自身が、いまでも不意に不快な感情に縛られてしまうことから解放するために、不快な出来事が起こったこと自体を、認めて、自分の学びとして受け入れて、ゆるす...
ゆるし、という「生き方」「道」なんですね。
苦しい経験のおかげで「ゆるし」への理解が、一層深まりました。
それから、何冊もサイコパス関係の本を読んでいると、更にぞっとする内容も多く、自分の感覚が不安定になるのですが、この本の持つエネルギーに触れることで、ニュートラルに戻れる感覚があり、とても癒されています。
人生の途上なので、今の私が理解して言えることは、ここまでです。 -
Posted by ブクログ
ゆるすことについて知りたくて読書。
『鏡の法則』の原書のような内容。ゆるることは自分自身のための行為である。他人をゆるせないのは、実は自分自身がゆるせないこと。
後半のヘンリー・ランドワースさんの話は、本田健さんの本でも紹介されている普通の人が像像もできないようなことをゆるすことで人生がどれだけ変わったかの事例。
憎しみや怒りを手放すことができれば、世界や人々はもっと幸せになると思う。しかし、現実的には実践するのは難しい。だから、世界はまだ戦争や偏見、差別が根絶できないのだと思う。まずは自分自身をゆるすことから始めることが第一歩だと思う。
続編ともいえる『ゆるしのレッスン』も購入してきたので、並行して読み学びたい。
読書時間:約30分 -
Posted by ブクログ
ネタバレ最後に記された、『完全版・鏡の法則』の著者である野口嘉則さんの『解説にかえて』より
『博士は、「人を裁く気持ちは、自分自身を裁く気持ちの投影である」と述べています。人に対して「ゆるせない」という思いを持つとき、実は私たちは自分自身のことをゆるしていないのです。』
本文のプロローグより、
『・・・さらに、裁きの思いとは、自分自身に対する裁きであることがわかりました。空き缶を捨てた人をゆるすプロセスによって、私自身、過去の行動について引きずっていた感情から解放されたのです。
その瞬間、ゆるしが癒しになるのだと、私はつくづく実感しました。・・・』
これが全てだと感じます。
そして、『第7章 ゆるすためのステップ』も大いに役に立ちます。 実践しやすい。
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Posted by ブクログ
野口嘉則『鏡の法則』(64頁,総合法令出版,2006年)で紹介された参考図書の中から、こちらの一冊を選んで読んでみた。
内容は、
ゆるすとはどういうことか?
ゆるせないと思うのはどうしてなのか?
ゆるすためにはどうすればいいのか?――等々。
著者自身の体験や、ゆるしを実践して安らぎを得た人たちの実話を例に挙げつつ、丁寧に説いてくれている。
人が、ゆるせない!と思うときに、いちばん心に引っ掛かるものって…
①ゆるしたら、(相手の)その行為/不行為が正しいと認めることになってしまうのではないか?相手もまたそう受け取って、勝ち誇り、同じ過ちを繰り返すのではないか?
②こちらがゆるしても、相手が何も変わらない(変わる必要がない)のであれば、意味がない!→自分の気持ちをわかってほしい、自分の価値観の方が正しいのだと相手に認めさせたい!~という、一種の復讐願望?
③自分をゆるすなんて、責任逃れではないか?
たぶん、こういった気持ちが大きいんじゃないかなと。
けれども、ゆるしとは、自分の心を過去の傷から解放すること。自分の心を、自分の思いによってのみ、自由にできること。
ゆるすということは、一見 相手ありきの話のようでいて、その実、自分の心の中だけで決着をつけられるものらしい。
すべては自分の思い次第。
それでもやはり、ゆるすということは難しい。
現実問題、ゆるし/ゆるされることだけで、すべてなんとかなるわけじゃないかもしれない。
ゆるすと決めたうえで、相手を叱らなければいけないこともあるし、諌めなければいけない場面もあるだろう。
とくに最近思うのは、自分をゆるすことの難しさについて。
基本的に、人は自分に甘くて他者に厳しいものだと思う。でも、こと「ゆるし」の話になると、自分で自分をゆるすのは、とても困難なことだと感じる。
誰かにゆるされてはじめて、ようやく自分でも自分をゆるせるような気がする~ということもあるかもしれないが、それだと相手ありき、相手の支配のもとでしか成し得ないことになってしまうのではないだろうか?…と不安になる。
そんなわけで、やっぱりゆるすということは難しい。
こんなにも心を込めて「ゆるすということ」について力説されても、結局まだまだ自分ではその本質を掴めない。
自分なりに考えて、今のところ実践できていることは、せめて仕返しをしないことと,なるべく怒りを心の隅っこに追いやること~くらいだ。
だけど、人の“思い”の力は大きい、と私は思う。
だからどんなに時間がかかったとしても、自分は誰かをゆるせる人間だと信じたい。そしてまた、自分も誰かにゆるしてもらえる人間なんだと信じたい…。
本書を読んで、そう思った。