村瀬秀信のレビュー一覧

  • 止めたバットでツーベース 村瀬秀信 野球短編自撰集

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    主役になれない人たちにもドラマがある。人生、誰でもドラマチックに生きることができる。野球に関わる熱い脇役たちの物語がバカバカしくも羨ましく思えてくる。

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    2020年03月30日
  • 止めたバットでツーベース 村瀬秀信 野球短編自撰集

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    野球そのものというよりは、取り巻く人々を丹念に取材した内容。どのエピソードも野球愛に溢れ、読むだけで微笑ましくなる。まったりと読めて、この時期だからこそ、読んでほしい一冊

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    2020年03月24日
  • 止めたバットでツーベース 村瀬秀信 野球短編自撰集

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    プロ野球、パリーグが好きでよかったと改めて感じる。筆者は横浜ファンのようだけど、パの熱い部分をうまくくみ取ってくれてる。白球のファンタジー歌いたい

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    2019年06月08日
  • 止めたバットでツーベース 村瀬秀信 野球短編自撰集

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    タイトルと帯のコピー(雑文書き)から、ゆるいコラムを連想して読み始めましたがガチです!
    十人十色、いろんな野球バカが愛くるしく描かれてます。
    トメツーの由来も面白く、捨て章なしで楽しめました!

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    2019年04月20日
  • 気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている

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    作者は僕の1歳下なのでほぼ同じ遊びをして、同じものを食べていた可能性が高いです。物心つくかつかないかの辺りで周囲にチェーン店が出来始めました。生まれが中野区なのでそう意味では最先端にいたと思います。幼児から小学生にかけてはレストランでもなんでも個人店が多かったと思います。ジョナサンが近所に出来た時にはカルチャーショックでした、誕生日はジョナサンでしたね。それまではサカイヤというお高めのレストランに行っていたと思います。牛丼も一般的ではなかったので初めて食べたのは高校生くらいかもしれません、吉野家の牛丼食べてみたいと思っていましたが、小学校中学校の時は食べた記憶が無いです。マックは小学校の時にたまに食べましたが結構高かったのでぜいたく品でした。うーんこうやって遍歴挙げると若いと思っていましたが何気におっさんなんですねえ。
    この本は主だったチェーン店が沢山出てくるので、記憶の底にしまわれていた店舗情報が引っ張り出されてきます。みんな多かれ少なかれ結構行っているはずなので思わずうなずきながら読んでしまう事でしょう。

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    2017年11月06日
  • プロ野球最期の言葉 平成編

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    1番活躍したチームではなく、日本で最後に所属したチームの個所で紹介されるので、この人がこのチーム?という事も多かったが、仕方ないところだろう。
    これで、どのチームにいつからいつまでいたかとか、最後の年の成績が載っていれば、どのような状態(余力ありとか燃え尽きたとか)でその言葉が出てきたのかがわかってなお面白かったと思う。

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    2015年05月26日
  • プロ野球最期の言葉 平成編

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    名言も迷言も紹介されています。プロ野球は様々な選手たちが個性を発揮するから面白いということを改めて感じた

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    2012年09月14日
  • プロ野球最期の言葉 平成編

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    ネタバレ

    往年の名選手から、無名の選手、昨年引退した選手などの、引退時に残した言葉をまとめた本。プロで活躍できた選手も、できなかった選手も、学生時代からずっと必死にやってきた野球を離れるときの遺言。淋しい現実を受け入れる選手たちの言葉が感慨深い。

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    2011年01月11日
  • 令和になっても気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている

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    タイトル通り、チェーン店ばかりでメシを食べている話。
    時節の話とそれに絡めたチェーン店に関しての作者の思い入れが語られる作品でした。
    普段あまりこういったものは読まないのですが、タイトルに惹かれて購入しました。
    しかし作者の方と世代が違うからかあまりこれといった共感を感じることはなく、「ふーん。こういうもんなのか」と思いました。
    チェーン店と言っても地方住みの自分にはあまり馴染みのない店も多かったです。
    でも、知らない店だからこそこんな店があるのかとか縁があったら行ってみたいかも、と思うことができました。

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    2026年08月11日
  • 虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督

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    【感想】
    令和7年9月7日。阪神タイガースが史上最速でのリーグ優勝を決めた。これで阪神は令和に入ってから全てAクラスでシーズンを終えており、3位2回、2位3回、1位2回、日本一1回というまさに「令和最強球団」となっている。
    しかし、阪神が常勝軍団となったのはつい最近のことだ。昭和~平成時代(特にクライマックスシリーズが導入される前)に至っては、巨人の後塵を拝し続ける「勝てない球団」であった。いったい昔の阪神と今の阪神は何が違うのか。巨人の次に歴史がある球団が何十年も弱小チームであり続けたのは、何が原因だったのか。

    本書『虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督』は、そんなタイガースにかつて監督として在籍した「岸一郎」という人物にスポットを当て、彼の生涯と監督生活、そして阪神という球団の深淵を探る一冊となっている。

    岸はかつて大学野球で目覚ましい成績を残したエース級ピッチャーだったが、30歳手前で野球から退いた後、長らく農業をして暮らしていた。もちろんプロ野球経験は無いのだが、そんな彼が突如60歳にしてタイガースの監督に抜擢されたのだ。
    そんなアマチュア上がりの岸が監督して活躍できたのかというと、もちろん無理な話だった。岸は物腰柔らかであり印象は悪くないのだが、いかんせん軽口が目立ち、選手との関係を上手く構築できていなかった。タイガースのスターである藤村に対して「藤村だろうと成績が伴わなければ容赦なく外す」と言ったり、巨人の大打者である川上・千葉に対しても「往年の打者としてたいしたことはない」と言ったりと、軋轢を生むような発言が散見される。当時は選手間の縄張り意識が強く、成績と同じぐらい人と人との信頼関係が重要であった時代だ。そうした中でプロ野球経験無しの素人が大口を叩いているとあっては、やはり選手もいい顔はしなかったであろう。

    本書ではそうした「岸一郎の人物像」を掘り下げていくことを主軸としているのだが、もう一つ柱がある。それは岸監督という不可解な人事から見る「タイガースの構造的な問題点」である。
    岸を監督に据えるという人事は本社が決定した事項なのだが、何ら現場の事情を考慮していない。結果として選手が監督の言うことを聞かなくなり、チームの力が削がれている。この一連のいざこざが、タイガースが弱小球団のままであった理由につながってくる。つまり、選手、監督、本社といった球団を取り巻く人物達の目指す方向が全てバラバラであり、互いに協力しようという姿勢を全く見せていなかったからなのだ。
    特に酷かったのが、デイリースポーツなどタイガースを中心に扱うマスコミである。スポーツ新聞は売上第一主義なのだが、阪神のお家騒動を記事にした日は売上が目に見えて増えるのだ。そのため、内紛状態のチームを焚き付けるような記事を書いたり、選手からの球団批判や監督批判を記事にしてしまうという行動をしきりに行っていた。例えそれが信ぴょう性の低い、捏造に近い情報であってもだ。タイガース史に残る大事件「藤村排斥事件」については、もとは選手たちによる「チームを今後どうしていくか」という話し合いが、スポーツ新聞に「藤村排斥のための集会である」と書き立てられてしまったことが発端であったという。

    阪神タイガースは、究極の選手ファースト球団なのだ。プロ野球はファンを喜ばせる選手が主役で、監督は負けの責任をすべてかぶるためにいる。野球はスポーツである以前に興行であり、それがタイガースを長年勝利から遠ざけていた要因だったのだ。

    ――不満という火薬を徐々に蓄えていったのが藤村であるならば、導火線を作ったのは、岸一郎か。岸が監督の時分に、藤村はその采配に従わず、選手たちの前で「年寄り」「こら、オイボレ」と悪しざまに罵るなど、監督としての尊厳をないものにしていた。この時の藤村の姿勢を選手たちは見ていたのである。

    ――「この時から、ずっとそうなんや。最終的な決定権は本社にあるという権力の所在が明らかになった。結局、歴史を見返しても、本社・球団・現場が三位一体、一枚岩になれないと勝つことは難しいんやろな」

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    【まとめ】
    1 謎の老人監督
    岸一郎。大阪タイガース(現・阪神)の第8代監督を務めた。1955年に60歳でタイガースの監督に就任するも、わずか2カ月で退任した。
    岸は60歳までプロ野球経験のない老人であり、30年近く農業をして暮らしていた。タイガースの大ファンで、腹案のタイガース再建論と「自分を監督にしてほしい」という手紙をオーナーに投書していたら、それが目に留まり監督に採用されてしまった。しかし、選手たちから反発されわずか33試合で監督生活は終焉した。

    1980年に、日本のスポーツライターの草分け的存在である大和球士が『真説日本野球史』において、岸一郎のことを次のように書いている。
    ――昭和30年の阪神のオーダーは優勝を狙うに十分な布陣であったが、内紛があってチームは和を欠いた。思うに阪神はその後も小型内紛、大型内紛を繰り返し、常に実力兼備のチームでありながら昭和55年に至るまでに優勝わずか2度に過ぎぬ。情けない限りである。チームの和を欠く阪神の悪伝統の原点が、30年の岸退陣事件にあったと断定しても差し支えあるまい。

    ここに、阪神タイガースという底なし沼の深淵がある。


    2 人事介入
    阪神で3度の監督を務めた吉田義男は語る。「タイガースは、歴史はあるけど伝統がない、ということをよぉ言われるんです。巨人と同じような歴史があるのに、中身が違うんですよ。特にフロントと現場との一体感というものが希薄なのかなと思わされますね。そういうところから綻びが出て、内紛やお家騒動が起こってしまうのでしょう」
    優勝した1985年、2003年、2005年を見ると、フロントと現場が同じ方向を向いて歩んでいたことが分かる。だが、そうしたことは容易くできるものではない。

    吉田はそうした内紛やお家騒動の原点として、1956年オフに起こった「藤村排斥騒動」を語る。大スターであり兼任監督だった藤村富美男に対し、主力選手たちが反藤村の旗を掲げ、権力の座から追い落としたこの事件で、吉田は排斥派の若手筆頭として名前を連ねている。この藤村排斥事件によって、タイガースにおけるフロントと選手の闘争の歴史が幕を開けた。そして、事件の顛末を連日詳細に報じたスポーツ紙が軒並み売り上げを伸ばしたことで今日に続く過剰な報道合戦が始まったともいわれている。

    岸の監督就任が発表されたのは1954年11月24日。前任の松木謙治郎の正式な監督辞任が発表されてからわずか1週間のことであった。記者会見に集まった記者たちは、聞き慣れない名前に騒然としていた。しかし、岸本人は質疑応答で温厚な性格をのぞかせ、聞かれた質問に真摯に答えるなど、これまでのタイガースの監督では考えられない取材対応を見せていた。

    この人事決定に関わったのは、タイガースオーナーの野田誠三である。本社とトップが自ら球団人事に乗り出してきたのだ。前身の松木謙治郎が大阪球団事件の責任を取って監督を退任し、後継にミスタータイガース藤村富美男を据えようと水面下で動きがあった中、「タイガースの古い血を入れ替えるため監督をやらせてくれ」という岸のラブレターに食いついてしまったのだ。


    3 ベテランを殺す
    岸一郎の入団前の前評判は散々であった。30年近く野球を離れている老人には、「時代感覚にズレがある」という評価が下っていた。岸自身には野田オーナーより「若い投手の育成」「古い血の入れ替え」がミッションとして与えられており、それを完遂することだけが生き残る手段となっていた。

    しかし、岸の就任を快く思っていなかった人物がいる。この時選手として下り坂に差し掛かっていた藤村富美男である。
    岸の監督登用は、表向きは藤村富美男に監督として土をつけないための配慮であり、
    投手力を整備し、勝てるチームができるまでのお膳立てをするためのつなぎという名目があった。
    しかし、裏の狙いとしては「力が落ちてきた藤村をスタメンから落とせ」といくら言っても誰も手をくだせなかったアンタッチャブルな存在を、プロ野球界のしがらみの外ゆえに平気でクビを斬れる、処刑人としての登用という意図もあったのだろう。
    岸が成功できるかどうかは、藤村との関係を上手く築けるかどうかにかかっていた。


    4 ペナントレース開幕
    岸政権のもとでのペナントレースが開幕した。序盤は期待以上の滑り出しであり、大洋・国鉄・広島・中日とのカード終了13試合時点で9勝4敗と首位をキープしていた。
    いよいよ巨人との伝統の一戦を迎えるのだが、それを前に巨人軍の親会社である読売新聞から「岸(阪神)監督のひとりごと」と称した捏造記事が掲載された。内容は助監督の藤村に対する苦言だったのだが、この内容を真実と誤認した藤村は岸を批判するコメントを残してしまう。

    当時18歳で投手としてベンチ入りしていた梅本は、岸のチーム内での孤立ぶりをこう語る。
    「あの人が、藤村さんや御園生さん、金田さんと話しているところなんて一度たりとも見たことがないですわ。そりゃ、藤村さんいうたら神様や。素人のじいさん相手に何を話すことがあるんや。主将の金田さん、田宮さんら主戦級の選手だって、バカにして言うこと聞くわけないやん。吉田さんらも若手とはいえ一軍の試合に出とったスタープレイヤーやし接点は少なかったはず」
    「サインも一応は出していたみたいやけど、誰と相談するでもなく、誰に何を言われるでもなく。ずっとひとりやった。あれは、ちょっと異様な光景やったと思うで」

    5月になると岸一郎の顔から生気が失われていた。監督就任以来、一日も絶やすことがなかった好々爺たる穏やかな笑みは貼り付いたような無表情へと変わっていた。鈍感すぎるまでに選手の感情をキャッチできないといわれた岸も、やっとチーム内に張り巡らされた「岸監督不信」の空気を悟ったようだ。
    ベンチ内では岸の言うことを聞く人は誰もおらず、藤村からは「オイボレ」「年寄り」と悪態を突かれる。スポーツ新聞をはじめとするメディアも「ボケ老人」「夏までの監督」「大正野球の遺物」「ブランク30年の無能」などなど、岸一郎へのあることないことを並べ立て、藤村や主要選手との対決姿勢を煽り立てた。

    そして5月21日、岸は「体調不良のための休養」という名目でベンチを離れ、二度と戻ることはなかった。わずか33試合の監督だった。


    5 揉める阪神
    しかし、タイガースの問題はここからだった。主力選手が監督を無視、反抗し、ついにその座から追い落としてしまった事実は重い。選手に勝利感を与えてしまったこの処置が「揉める阪神」の導火線になっていたことは、球団も選手もまだ気がついていなかった。

    1954年を3位で終えたタイガースは、1955年には藤村を正式に監督に据える。しかし、監督一本で行くのか、選手兼任監督で行くのかは不透明のままであり、チーム内には兼任監督に対する不満の空気が滞留していた。

    岸から指揮官を譲り受けた昨年の5月後半以降、藤村は「ファイトを燃やして全員を引っ張る」の言葉通り、選手たちに激しい叱咤を飛ばして戦った。それはチームを鼓舞したといえば聞こえがいいが、実際の現場ではミスを犯した選手に対しては大声で怒鳴りつけ、自分が活躍した時には「こうやって打つんや」と得意満面に振る舞うこともあったという。
    当時のある中堅選手が回想している。
    「藤村さんはスーパースターであるがゆえに、自分以外の選手が活躍すると嫉妬心を露わにしました。プレイヤーとしての対抗心は大事なことなのかもしれないけど、他人の殊勲を自分の手柄に横取りしてしまうようなことを、監督になってからもやっていては選手の心は離れていきますよ」

    この年タイガースは、8月11日に貯金28と2位巨人に5ゲーム差をつける首位だったものの、チーム内は藤村富美男vsベテラン主力選手で真っ二つであり、結局4.5ゲーム差の2位で終わってしまった。

    そんな中、藤村排斥事件が起こる。事件のもとを辿れば藤村と不仲であった金田を筆頭に、給料問題や会社への不信を含めて「ただ明朗に野球をやりたい」という不満が選手間から表れた結果だったのだが、メディアと世間を巻き込んで変な方向へ転がってしまった。
    各方面からの介入によって最終的には排斥派と藤村は和解したのだが、この事件によって、スポーツ新聞のタイガース報道は事件以前と以後に分かれるといわれるぐらい、世間の関心と売り上げで急成長を遂げる契機となった。
    それはすなわち「タイガースのお家騒動は売れる」という世紀の大発見でもあった。これ以来、毎年のようにシーズンが終われば季節の便りのように醜聞が届き、タイガースは球界のスキャンダルメーカーとしての地位を確実なものにしていった。


    6 虎の血
    岸が監督だったあの2ヵ月間。采配には従わず、ベンチで公然と悪口を言うなどいわば監督批判の急先鋒となっていた行動の背景を、のちに大井廣介がこう書いている。
    「(就任会見当初から)岸の暗君ぐあいに頭を抱えた田中義一は、シーズン前に藤村と金田を個別に呼び出していた。『すっかりご存じだと思うが、あの岸老人は監督としてはあまりにも頼りない。シーズン中は二人でチームを引っ張って行ってくれないか。』この言葉に藤村が奮い立ち、行き過ぎと見えるような節々の行動を招いたのが真相だという」

    結局いつも同じことなのだ。オーナーも、会社も、球団も。監督も選手も誰もがタイガースを愛してはいる。ゆえに誰もが疑心暗鬼になって自滅する。
    最初に落とされた異物が岸一郎だった。球団創立以来、石本秀一であり、若林忠志であり、松木謙治郎が守ってきたタイガースという球団の魂を、受け継ぐべき人が受け継がず、よそから来た何も知らない人間が、ずけずけと「古い血は入れ替える」などと放言されては、家を守ってきた人間が黙っていられるわけがないのだ。

    1985年、阪神タイガースが21年ぶりの優勝を目前としていたある日、川藤幸三はOBの藤村にこう言われた。
    「監督がおかしいと思うたら、選手は言うこと聞かんでええ。ワシらもそうやってきた。その代わり、自分のことは自分で責任を持つ。それがタイガースや。監督の顔色をうかがっているようではあかんのや」「今、タイガースが久しぶりに優勝争いをしているやろ。新聞を見れば、阪神タイガースやなくて『吉田阪神』と書いてある。なんやねんこれは。ええか。タイガースの監督は吉田や。
    せやけどタイガースは吉田のもんではない。タイガースがあるから吉田がおるんや。ワシらは監督やコーチに認められたくてやってきたわけやない。ファンに認められるために必死になれたんや。それが諸先輩方が作ってきたタイガースであり、虎の血なんや。これを後輩たちに繋いでいけ」

    お家騒動ばかりで、シーズンに入ったらちっとも巨人に勝てない。チームの功労者は成績が落ちれば追い出され、いつの間にかバラバラになっている。選手、フロント、ファンが一緒の方向をなかなか向かず、喧々諤々主張をぶつけ合い、結果として責任者たる監督がすり潰されていく。

    それでもタイガースは「虎の血」を分けた人々から愛され続けている。裏切られても、踏みつけられても、ドアホと笑われても、
    貫き通せるタイガースへの愛。それだけが、この球団と、そこに魅かれた人々を衝き動かしている。

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    2025年09月10日
  • 虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督

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    おんどりゃああと怒り狂ってベンチを飛びだす藤村富美男。その華のあるプレーに長嶋茂雄は憧れを抱き、水島新司は彼をモデルに『ドカベン』の岩鬼正美を着想したというオーバーアクションが持ち味の千両役者。プロ野球経験なしの爺さん岸一郎が監督との猛虎達の衝突、騒動へと。当たり前だよー

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    2025年08月02日
  • 虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督

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    戦後間もない時代のことをよく今調べたもんだというのが第一の感想。

    全くプロ野球経験が無い素人・岸一郎が阪神タイガースの監督にかつぎあげられわずか2ヶ月で排斥されるまでの物語。

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    2025年06月08日
  • 虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督

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    波瀾万丈なわけでもないけど、無念と胸熱が入り混じった1人の人生の物語
    タイガース、されどタイガース。

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    2025年02月19日
  • 虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督

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    ありゃあ、面白かった。

    タイトルからして、虎ファンの爺さんが外野からやいのやいの口出しして、と言う話かと思ってたんだが、第八代タイガース監督を務めた、岸一郎という人だった。
    何が謎って、それまでタイガースに全く関係がなく、どうもあっちこっちに自分を売り込む手紙を書いていて、その、タイガース改革論みたいなんに感銘を受けたオーナーが一本釣りで突然連れて来た、正真正銘の爺さんだった。
    当時もう、荒くればっかりやった藤村富美男を始めとするスーパースターがソッポを向き、監督経験も何もない爺さんの采配が振うこともなく、2ヶ月で馘首。その時球団が発表した理由が「痔瘻の手術」という。

    なんやこの爺さん、と思ったのだが、実際、大戦前の早稲田の大エース、満州で剛腕で鳴らした大スターだったという過去を、著者は尋ねていく。

    なんか切ないものも感じた。
    爺さんが本当は何をしたかったのか、何を考えていたのかが事実として分からない。

    そうして、この時に選手が監督の指示を受け入れず、逆に放逐した事実が、この後のタイガースのお家騒動の始まりになったという。
    監督をボロボロにして放り出すことの繰り返し。
    だがそれも、みんながみんななりにタイガースを愛するからこそという、なんか美談的な話になるウルトラC。
    「ファンのためだけ」にある球団ということか。
    ま、大阪では「環境」やったけどな。

    それにしてもこの作家さん、上手い。文章の構成というか。
    脱線もあるが、し過ぎないで上手く文章の流れに取り込んで、読ませてれている。読みやすい。

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    2025年02月11日
  • 虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督

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    阪神ファンではないが、阪神への強い愛を感じさせてくれる1冊。ただ、やや表現が大げさなところがあり、読んでいて疲れを感じたことは確か。

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    2024年03月07日
  • 地方に行っても気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている

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    面白いとかじゃないな、なんだろ、興味深いって感じ?
    ローカル番組見てるような感じ。
    文体はさすが、面白い。
    SNSの投稿でこんなセンスある文章書く人いるよなーとか思いながら読んでた。
    地元のページは特に頷きながら読んでた。

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    2023年07月01日
  • ドラフト最下位

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    ドラフト最下位指名された元選手達のインタビューと評伝。実力評価され続ける世界の厳しさ、華々しいデビューを飾る同期のスター達をよそ目にもがく視点が生々しい。
    プロに入れば、指名順は関係ない。その言葉を信じて頑張るも、王道を行くスターと比べれば実力を試すチャンスの数と猶予の数に、大きな差があるという現実。
    掲載された選手たちの中でも、シンデレラストーリーは元ロッテ福浦くらいだった。

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    2023年03月19日
  • それでも気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている

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    二番煎じなのは否めないけれど、前作と同様に生活風俗の記録として価値は残る。にしても、すっかり中年ライターに堕してる感が強く、この調子で第三弾も続くというのはさすがにどうかしら?

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    2022年10月16日
  • それでも気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている

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    散歩の達人で連載されているコラムお書籍化第二弾。日頃よく行くお店が他の人はどう思っているのか、よく分かって面白い。

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    2020年12月29日
  • それでも気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている

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    ホントは、こだわりの料理人が腕を揮った逸品や愛妻が心を込めて作った料理に舌鼓を打ちたい。でも気がつけば、チェーン店に入ってしまう。それは気軽で便利で美味しいから。長年の取材で蓄えた人気の36店の醍醐味を、愛情&ユーモア満載に綴った人気エッセイ第2弾。

    お世話になっているチェーンもあるが、コロナ禍でどうなるのか心配。

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    2020年08月12日