ブッツァーティは、『タタール人の砂漠』と『待っていたのは』を以前に読んだ。
あまりにも『タタール人の砂漠』が名作で、ブッツァーティの深い思索の集積をみた気がした。
『待っていたのは』は、河出書房新社から出ている短編集で、光文社から出ている本書と重複している短篇もいくつかある。
本書はブッツァー
...続きを読むティの残した膨大な短篇のなかから代表的なものを選び二十二篇を編んでいるもの。
そのうち、十篇は未邦訳である。
『タタール人の砂漠』は、いつ攻めてくるやもしれぬタタール人の襲撃に備え、辺境の砦でそのときを待ち続ける兵士を細かい筆致で丹念に描く。
兵士とともに読み手をこれでもかこれでもかと待たされ、、終盤に落涙必至のエピローグが用意されていた。
本書におさめられた短篇の中で、傑作なのはいくつかあるが、私が特に心惹かれたのは、「神を見た犬」「コロンブレ」「七階」「護送大隊襲撃」
「神を見た犬」は、まず、短篇といえどもその奥行きの深さに驚かされ、偶然以上の必然をこの小説のなかに見出すことが出来る。
一匹の白い犬が神格化されてゆく不思議な光景を読者は目撃する。
ブッツァーティの筆は、小説を見事にビジュアル化させる魔法を持っているのだ。
「神を見た犬」はこの短編集のなかで一番優れた作品だと感じる。
「コロンブレ」
船乗りの父とはじめて出た海で、餌食にするまでターゲットと決めた人物を付け狙うコロンブレを見てしまう。コロンブレは謎に包まれた恐ろしい鮫。
いくら狙われているとはいえ海にでなければ主人公が襲われることはない。
しかし、海から遠ざかった主人公は海への憧憬をおさえられず、危険を承知で海にでる。
コロンブレから逃げ回り世界中の海を航海した主人公は、ついにコロンブレと対決することにした。年老いた主人公の前に現れた年老いたコロンブレが差し出す真実とは?
絶対に近づいてはいけないといわれるものに近づいてしまう人の心理や、恐怖を感じながらも抗がうことのできない運命を巧妙に描いている。
「七階」は、イヤな予感がどんどん真実になっていく恐怖が充溢している短篇。
「護送大隊襲撃」は、用なしになった山賊の親分が主人公。
昔の威厳を漲らせるための花道とは?
ブッツァーティの短編は長編とはまた違った引力を持っている。
ブッツァーティの作品のうち、『ある愛』『七階(映画タイトル 「鼻の鳴る音」)』『タタール人の砂漠』が映画化されているとのこと。『七階』は戯曲化もされているという。
ブッツァーティの作品は演劇にも向いているかもしれない。
「ブッツァーティ流」と称される痛烈なアイロニーは、舞台ではさぞや映えることだろう。