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天皇の権威と統治についてその由来と実態を検証し独自の学問的見地から民主国家との親和性を説く。元号の由来と改元の意義を再考する。 日本の皇室 元号の問題について 「建国記念の日」を設けたい 菊と刀のくに―外国人の日本研究について 教育に関する勅語について 日本歴史の取扱いかたについて 天皇考 建国の事情と万世一系の思想 八月十五日のおもいで 神代史のカミについて 君臣関係を基礎とする道義観念
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Posted by ブクログ
天皇についての本の感想。途中でニーチェやカントやベルクソンといった哲学者の話にもなるので注意。あと長い。 ブレない歴史学者、津田左右吉博士の皇室に対する論考集。『日本の皇室』は博士の明確な意図のもと編集されたもので、後世の人間がまとめたものではない。博士は何が主張したかったかというと、終戦後から...続きを読む一部の人達が日本の歴史には多くの虚偽があり真実が覆われているのでそれを暴露してやる、と意気込んでいるが、そのような人達の方こそ偏った恣意的な主張であり、虚偽を含むものであって、学問を装っているが全く科学的なものでもない。そんなものが声高に叫ばれ、世を動かすようなことがあればそれは恐るべきことだ。何よりも、自国の歴史を嘲笑的態度で扱い、過去の日本人の生活を醜悪に満ちたもの、無価値なものとみなすように説くことは、一人の日本人として深い心の痛みを感じる。よって、歴史学者である自分の心情を伝える為にこの本を編んだというのである。ここで博士に論難されてる相手とは「一つの主張がまずあって、それに適合するように歴史を解釈する」ような人達。ヘーゲルを発展させたマルクスが有名だろうが、発展段階論のことで、文明や経済は未開の状態から常に発展し続け現在が発展の最高段階という考えで、一つの主張がまずあって、それに適合するように歴史を解釈する。これが博士には乱暴であり稚拙であり間違っていると思われた。この考えは西洋で革命が起きたのだから日本でも起きるはずだと独断的に飛躍したり、いまだに革命が起きない日本は遅れてるといった差別的な見方になる(文明の発展は何らかの法則により自動的に進んでいくことなどありえず、人間の責任で発展する。よって発展どころか退行することがある)。このような流行が吹き荒れた歴史学界隈への注意喚起としてこの本を編んだ。 津田左右吉といえば戦前に『古事記』と『日本書紀』を非科学的と批判し、神話や神武天皇までもを実在しないと断言し、不敬罪で起訴され発禁処分の上禁固三年の判決まで受けた反天皇の人じゃないの?と思うかもしれない。ここが博士のブレなさで、天皇・皇室が国民から尊崇されるのは、神話と歴史が繋がってるからだとか天皇が神そのものだからとか、はたまた神権政治を行っていたからとかそういうことが理由ではないという。だから『古事記』と『日本書紀』を史料的に批判することは皇室の尊厳を傷つけるものではないし、むしろ虚偽をなくすことで皇室をさらに輝かせることになるだろう、というのが博士の主張。この方は反天皇どころかとんでもない皇室マニアだったのである。博士は尊崇と言った。天皇とは国民から崇拝されてるというより、尊敬されてるのである。力で押さえつけて支配してる専制君主は恐れられることはあっても尊敬されることはない。そして尊敬されない支配者は王朝として長続きしない。ヨーロッパの「特殊の主張」は日本の天皇と国民の関係には当てはまらないとした。戦後になって博士を称賛するマルクス主義史観がトレンドとして一気に吹き荒れたのに、その時流に全く乗らず、むしろ批判したのはブレないとしか言いようがない。これについてマルクス主義者からは津田は転向したと言われたが、ブレなかっただけだ。歴史の法則を見つけろといったような流れに潜む非学問性を見抜いたのはさすがとしか言いようがない。 ●天皇が尊敬されるとはどういうことか そこで天皇への尊敬の念とはどういうことか考えてみると、ドイツの哲学者I.カントは尊敬という感情を考察し、これが特別な感情だと気づいた。人が他人を尊敬するのは、その人が人類の普遍法則である道徳法則を具現化してるように見えるから尊敬するという。道徳的完全体になるのはこの地上では不可能だが、それに近づくことを人間は究極の命令として義務付けられている。そして、日本人の中で一番この完全体に肉薄してるのは、日々道徳を磨き、道徳性(あなたの隣人を愛せ)を研鑽しているのは私を顧みず公の祈りを実践してる天皇なので、人々が尊敬の念を覚えるのはおかしいことではない。カントは道徳性(あなたの隣人を愛せ)は極めると主観的に神聖性へ移行し、もはや徳でなくなるという『実践理性批判』。まさに天皇は神聖にして侵すべからず、だ。これは江戸時代の御所千度参りが参考になるだろう。飢饉で幕府のお膝元ですら打ち毀しが発生したのに、京都御所では毎日数万人の人が御所の周りを巡り、紫宸殿に向かって祈ったという。当時は天皇が現実政治に関与しなくなって久しい、それなのに民衆は行政機構には頼らず天皇を頼った。高森明勅氏によると、当時の人々は俗権の頂点にある幕府を超えた、より権威ある聖なる存在として天皇を仰ぎ、天皇こそ民衆の窮境に対して深い仁慈をお示し下さるものと信じていたのであった『天皇から読みとく日本』。御所周囲の溝は清掃され水が流された。またリンゴが配られた。また露天商も登場したという。そして光格天皇は飢饉を救えないものかと関白にしきりに指示を与えていた。そして朝廷は天皇意向のもと幕府に申し入れをした。これは政治に関わらない天皇が幕府に物申し、実際幕府を動かしたという異例の事態だった。幕府は救い米の放出を決定(藤田覚『天皇の歴史6 江戸時代の天皇』)博士の意見は、「菊と刀 ――外国人の日本研究について――」によると、「天皇がおのれらの心のうちの存在であるかの如く思った」から人々は尊敬したという。「教育に関する勅語について」では、天皇とは国民に対して立てられているものではなく、精神的統一の象徴であると述べられている。要するに対立するものではなく、己の心の中に存在する、己のようなもの、という見解で一致している。これは自分の心のうちに仁慈を示してくれる絶対無私の道徳的体現者が存在するかのようにその心に祈る民衆という高森氏の見解に通ずるものがある。カントの話に戻すと、道徳法則というのは自己愛を棄損し続け、己のプライドは完全に破壊するという。身分の上下など関係なく、私達が優れた人格者を目に見たとき、尊敬の念が芽生えるのはそういうことだと。あれは要するに自分のプライドが破壊されているのである。しかしそれは人間にとって不快であり苦痛であるともカントは言っている。もしかしたら天皇に反抗的なる人物の一部は、天皇によって己のプライドが粉々に破壊されるその危機的状況において反動から逆に天皇を破壊してやろうという自己防衛本能に基づく心理が働いている人間なのかもしれない)。それはさておいて、このように天皇と国民の関係は、政治家と国民との関係のようではない。支配する者される者というヒエラルキーや階級間の闘争のような考えは天皇と国民には当てはまらない。これは「菊と刀 ――外国人の日本研究について――」に述べられている。 ●万世一系の意味と天壌無窮の神勅 天皇・皇室とは国民の外部にあり日本人を支配するものではなく、国民の内部にいるものである。天皇が万世一系というのは、天皇が国民と全く関係ない所で万世一系なのではなく、「国民と共に」万世一系という意味。それは、政治権力者や政治体制がどう変化しようと不変であり永久にそうだという意味である。つまり、皇室とは「日本人が美しくもりたてた芸術的創造」だと(建国の事情と万世一系の思想)。これは本当に見事な表現だと思う。こうなると、博士は確かに神話と歴史を峻別したけれど、神話の精神自体は否定してないように思える。正直博士の言ってることは『日本書紀』の天壌無窮の神勅と変わらないし、この神勅に新たな解釈を与えて再生させたように思える。『日本書紀』の天壌無窮の神勅をそのまま信じると、天皇・皇室が今存在するのは天照大神という神の意志とその加護のおかげということになるが、博士は神のおかげとかその他の超自然的な力のおかげではなく、今までの全ての日本人のおかげ、だと言っている。天皇というのは神が作りあげたのではなく、日本人が数百年、数千年の年月をかけて盛り上げてきた芸術的創造に等しいと。このことに日本国民は誇りを持つべきで、皇室をさらに盛り上げていくべきだ仰る。博士が神話を否定したのはこのような文脈でなされたのであり、決して皇室を廃止する意図でなされたのではないということは強調されるべきだと思う。(神が感性界に作用しその現象(この場合は天皇)の原因となると、神が時間に束縛されるようになり、本来絶対的存在である神と矛盾してしまう、という哲学的な問題が発生する。感性界に超自然的な力を原因として設定してはいけないというカントの説とリンクしている)。「私達が現実の事物や空想の事物に貸与してきた美や崇高のすべてを、私は、人の所有するもの産出したものとして返却を要求したいと思う」「人間が驚嘆し崇拝し、また人間が驚嘆するものを創造したのはほかならぬ人間であるということをおのれに隠しえたということ、これこそこれまで人間の最も偉大な没我であった――」(『権力への意志 上 ニーチェ全集12、ちくま学芸文庫 145ページ』)ニーチェのこの言葉を思い出すが、日本人とは何て気前がいいんだ、自分達で皇室を生み出し、記紀編纂時には既に数百年が経過していたと思われるが、それは神様のおかげで存在してると神に献上したのだ。私としては、上記のような問題を孕みつつも、それでも日本人は「神話に起源を持つ超越者」としての天皇も望んだのではないかと思われる。 ●天皇は制度ではない さらに博士は戦後になって流行しだした「天皇制」という単語を嫌い流行させたくないと仰る。この後は意味があいまいなため恣意的に使用され、明治以降の天皇制は資本主義の経済機構と離れがたい存在とかその支柱になってるとか、一体何の根拠もないのにこのように言われるのも恣意の一例。国の象徴で国民統一の象徴である天皇は、社会組織や経済機構がどう変化しようがそれには関係ない地位にいるので、律令制の時代でも封建時代でも王政復古でも戦後でもその地位は同じだった。こういったことはあらゆることが経済機構によって支配されるという偏見から出たものだとも仰る。前書きと合わせて読めば、天皇制という語は間違ってるどころか天皇をまるで制度のように考える悪意ある単語だと博士は見抜いているように思える。御所千度参りもどこかの時点で誰かが制定した天皇制のおかげなのだろうか。とてもじゃないが信じられない。戦後に天皇・皇室について自由に研究されるようになっても、天皇という制度は何故かくも長続きしてるのか、という現実的で物質的な制度という観点からのみ見る視野搾取で、天皇制などは近世で革命が起きて廃止されてるべきなのに、これを未だに存続させてる日本人の迷妄たるや不条理の極みであるとマルクス主義に合致しない日本の歴史に悶絶するだけで、津田博士が戦後すぐに述べた精神的な観点と尊崇という感情の重要さは顧みられなかった。マルクス主義という思想が現実に大きな影響を及ぼしたように、天皇に関する民の精神的な面と感情の面も重要だと思われる。カントが重要視した尊敬の念という道徳感情を言い当てられたのは慧眼としか言いようがない。人が他人から尊敬されるにはかなり厳しい条件がいる。天皇とは優れた制度だから存続してるのではなく、人々から多大な尊敬を常に受けていたから存続してる、という津田博士の仮説の方が真に近いと思う。天皇はなぜいつの時代も尊敬を集め長く存続してきたのかという問いは歴史学だけでは解き明かせないだろう。制度ではなく芸術的創造に近いのだから。さらにベルクソンのモラリストという視点も天皇の解明に役立つかもしれない。日本人の中で天皇ほど歴史を背負いそのことを強く意識しながら行動してる人物はいないが、天皇は二千年の歴史を背負い、一心不乱に道徳を極め、全国民の安寧を祈り、全身全霊をかけて日本の象徴を務めとして果たしているが、これがベルクソンのいう絶えず自らの過去の全体を支えとし、力強く未来に身を重ね、それが生命活動であり、自分自身だけでなく、多くの人々をも献身の炉に火を点じることができる人物、という『精神のエネルギー』で描写された人物と天皇が私の中で重なっていった。あの話を考えるのに、天皇程相応しい人間はいない。昭和天皇の戦後巡幸を見てみよう。あの国見は敗戦に打ちひしがれていた国民に多大な希望と勇気ををもたらした壮挙と一般的には言われているけど、戦後の急速な復興の要因は様々あれど、昭和天皇の巡幸が、天皇自身が、日本人の生命活動、創造する力、精神に内包する力を引き出したのだと私は信じたい。そのしるしは歓喜という感情。勇気と希望を与えたというより、国民一人一人の、一億の悲しみを喜びに大転換させたのだ(別にこれが天皇の専売特許だと言ってるわけではない。このようなことができる人物が極たまに世界のどこかに出現する)。これは、天皇ほどの歴史とこれまでの過去の全国民を意識してそれを背負い極限にまで迫ろうとする人物でないとできないことだから。そして、それは国民がそう望んでることでもあった、ということである。もしかしたら君主というのはそういうときのために世界中に存在しているのかもしれない。しかしそれは一歩間違えれば専制君主やグロテスクな独裁制となる危険があるが。戦後の歴史学は、生産力の発展に伴う社会の進歩・発展の過程をとらえ、その法則を追及するという立場だった。それは物質だけに着目し、精神の働きは社会を発展させるものではないとされ切り捨てられてきた(当のマルクスとエンゲルスは自由の王国という理念、一種の天国に人間を導こうとしたのだが)。力を持つものだけの歴史を追っていた。つまり権力の流れを追うことが歴史と同等になった。しかし、国民とは違う生活、俗にまみれず聖域で生まれ育つことを宿命づけられ、ひらすら私を捨て公のために祈り、徳の研鑽を積み続ける人物を頂いたとき、国民はその人物にどのような感情を持つだろうか、という視点が抜け落ちてるのは片手落ちだ。天皇制とは誰が作ったのか何から作られたのか、という問いは不正確であり、皇室とは誰がそれを利用すべきなのか、何のために作られたのか、と問う方が正確だと思う。そもそも打倒してやるために研究するというその態度が疑問に思える。研究というのは憎しみや嘲りの感情で行うものなのか?万世一系というよく天皇批判のやり玉に挙げられる思想からの博士の仮説は、神秘主義でも国粋主義でもない。むしろそれらによって歪まされた天皇を克服した非常に合理的な仮説であるといえる。象徴天皇というのは戦後になって新たに始まったのではなく、昔から天皇は日本の象徴だったというのは同意。また悲しみと喜びはスピノザが解明した感情でもある。スピノザによると、喜びとは人間がより小さな完全性からより大きな完全性へ移行する感情『エチカ』 ●私情が入り込まない歴史などあるのか? もう一つ、津田博士といったら、歴史と神話を峻別し、事実に基づいた客観的な歴史の構築を目指した日本の第一人者として名高い。ところが、本書の前文に寄稿している早稲田大学のまなべ・まさゆき教授によると、博士の『日本の皇室』には博士の「こういう天皇観の日本になって欲しい」という政治的な思惑、価値観が存在するという。それは博士が学問的研究の結果としてそう記述したのだろうが、やはり何を記述し何を省くかの選択の問題が歴史には常にある。でこれを読んだときの私の考えとしては、完璧に客観的な歴史、完全にあったがままの歴史の編纂など不可能だと思っているので、博士の編纂した歴史に博士の価値観や私情が混入してることは当然のことであり、何も問題ないと思われる。これは、記紀から始まって戦後の歴史学に至るまで同じことで、誰が編纂しようと歴史というのはそうなる。マルクス主義史観というのも全然客観的じゃない、その史観を好む人達の私情から成り立っている(何しろ社会の発展に寄与しないとされるものは研究する価値もないとして容赦なく切り捨てられるのだから。網野善彦氏が研究した非農業民など)。もし戦後の歴史学だけが科学的で本当に客観的な歴史だと思ってるならそれはうぬぼれであり、とんでもない思い上がりということになる。いままでの全日本人の過去を研究した歴史ではないと客観的にならないが、そんなものは不可能。だからといって銘々が好きな歴史を編纂してそれでいいのかというとそれも違って、それはその歴史観が人々を自由で安全な方向に進ませることができる場合にのみ、私達が歴史の授業などで学ぶ価値のある歴史となる。そしてそれこそが人類の真の発展なのではないか。このあたりの話はカール・ポパーの『開かれた社会とその敵』に詳しい。これを説明していたらまた長くなるのでしない。
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