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「この工場が死んだら、日本の出版は終わる……」絶望的状況から、奇跡の復興を果たした職人たちの知られざる闘い「8号(出版用紙を製造する巨大マシン)が止まるときは、この国の出版が倒れる時です」――2011年3月11日、宮城県石巻市の日本製紙石巻工場は津波に呑みこまれ、完全に機能停止した。製紙工場には「何があっても絶対に紙を供給し続ける」という出版社との約束がある。しかし状況は、従業員の誰もが「工場は死んだ」と口にするほど絶望的だった。にもかかわらず、工場長は半年での復興を宣言。その日から、従業員たちの闘いが始まった。食料を入手するのも容易ではなく、電気もガスも水道も復旧していない状態での作業は、困難を極めた。東京の本社営業部と石巻工場の間の意見の対立さえ生まれた。だが、従業員はみな、工場のため、石巻のため、そして、出版社と本を待つ読者のために力を尽くした。震災の絶望から、工場の復興までを徹底取材した傑作ノンフィクションが待望の電子書籍化! 解説/池上彰
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Posted by ブクログ
大学時代バイトしていた書店を学校卒業と同時に辞めることになり、最後に社割でとんでもない量の本を買った。これはそのうちの1冊で、長いこと読まずに本棚で眠らせてしまっていたのだった。奥付を見ると文庫の初版は2017年2月。あのときの新刊を9年越しにようやく読んだ。
2011年3月11日、そしてそのあとの混乱の日々は関東に暮らす高校生だった私もよく覚えている。帰宅しようと学校最寄りの駅で大きな揺れを感じ、友人と半泣きで学校へ戻ったこと。道中、友人のワンセグケータイで被災地を津波が襲う様子を見て言葉を失ったこと。
震災から1年が経った2012年3月11日、家で購読していた新聞には震災で亡くなった方の顔写真と名前、年齢が掲載されており、その中に自分と同い年の少年の写真を見つけて思わず声を上げて泣いたこともある。
当時高校生だった自分には、あのとき大人たちがどんな想いでどのように闘い会社や産業を守ってきたのか思い至らなかった。
社会人になり10年経つ今この本を読むと、未曾有の事態のなかで会社を守るということは単に利益、経済の話だけじゃないということがはっきりと分かる。社員一人ひとりの誇り、取引先や協力会社との信頼関係、生み出される商品やサービスを待つ人々、その企業のある地域に暮らす人たち…
自分は書店でバイトしていたほど本が好きな人間だ。でも本の命でもある紙が、東北で作られ印刷されていることなんて知りもしなかった。15年前の震災でその主要な工場が壊滅的な被害を受け、印刷・出版業界が危機的状況にあったことも。
私の知らないところで社員や関係の方々が覚悟と誇りを持ち、自分の仕事をして、ただひたすらに紙をつなぐために日々を生きてくださったこと。
読んでいる間は終始胸が熱く、関わられたお一人おひとりにお礼を言って周りたい気持ちになった。
この出来事をこうして本にして私たちに届けてくださった著書の佐々さん。亡くなられたのはご本人やご家族が1番無念だったのではないかと思うけれど、佐々さんには本を通してまだまだ私の知らないことを教えて欲しかった。
本書エピローグ、運転手菅原さんと佐々さんのやりとり。またお会いしましょう、次は楽しい話を…と言葉を交わされていて、それが叶っていたらいいなと思いながら読み終えた。
Posted by ブクログ
私は震災をきっかけに石巻に就職し、数年間生活していました。震災から4年後のことでした。私は日和大橋を通りながら見る工場夜景が好きでした。そんな景色に、様々な人の思いが詰まっていることを、この本を読んで今更初めて知りました。
震災当時を知らない者として、色々な場所に行ったり、人の話を聞いたりしましたが、残念なことに記憶は薄れていきます。また、実際に震災を経験していないので、残念ながら他人事のようにも思っていたのでしょう。
この本を読んでいる時に、地震が来ました。普段の地震より、恐ろしく、自分事に感じました。幸い被害はありませんでした。もしもの時のために防災グッズを見直しています。
こうして、震災の記憶を残してくださったことに感謝し、定期的に触れることが大切だと思いました。
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