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男は危機的な状況にある。愛人と暮しながら、妻子のほうにも週に一度帰る、そんな状態が会社の取引先社員の失踪によって、明るみに出かねない。自分にも他人にも誠実であろうとする彼が、ふと立ち返るのは、おのれの愛の初源の場……。35歳、中間管理職の、真摯な宙ぶらりんの生。芸術選奨新人賞受賞の野心的長編。
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Posted by ブクログ
古井由吉、後藤明生とともに「内向の世代」と呼ばれる作家である著者の長編作品です。 35歳の黒瀬二郎は、妻の比呂子と子どもの慎太郎との生活を捨てて、愛人のマサ子と同居しています。一方、彼の務める会社では、取引先の社員である土井が失踪し、彼の上司の占部と折衝をおこない、問題の解決を図ります。他方で二郎...続きを読む自身も、人員整理と組織の再編の仕事を引き受けることになります。 「それじゃ、何故、僕と一緒になったんだ」という二郎の問いかけに対して、比呂子は「あなたの言葉を信じたからよ。あなたは、わたしが別れてもいい、と言ったとき、別れれば自分が駄目になる、とおっしゃったからよ」とこたえます。比呂子は、二郎の嘆願にこたえて結婚したのであり、二人の結婚生活は「愛」が成就したものではなかったといわなければなりません。 したがって二郎の「最初の愛」は、愛人であるマサ子とのあいだに存在していることになるのですが、この「愛」は、比呂子との結婚生活や、会社で中間管理職としての役割を果たす二郎の「生活」と対比されるような、ロマンティックな輝きを帯びたものではありません。むしろマサ子との「愛」は、そうした彼の「生活」の道に生じた窪みのようなものであり、本作の二郎は彼の「生活」をあゆんでいくなかで、その窪みに落ち込んでしまったかのような振る舞いに終始しています。本作は、そうした彼の「生活」が、カタルシスを感じさせない「私小説」的なスタイルでつづられている作品であるように思います。
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