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「創造」と「狂気」には切っても切れない深い結びつきがある──ビジネスの世界でも知られるこの問題は、実に2500年にも及ぶ壮大な歴史をもっている。プラトン、アリストテレスに始まり、デカルト、カント、ヘーゲルを経て、ラカン、デリダ、ドゥルーズまで。未曾有の思想史を大胆に、そして明快に描いていく本書は、気鋭の著者がついに解き放つ「主著」の名にふさわしい1冊である。まさに待望の書がここに堂々完成!
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Posted by ブクログ
古代から現代に至るまでに「狂気」はどう扱われてきたかを解説,統合失調症やうつ病,ASDなどの比較。思想史を知る上でとっつきやすい見方だと思う。
否定神学的な思考によって生まれる直接アクセスできないモノに特権的な意味を持たせる考え方ついてドゥルーズがどのような側面から批判しているかがわかり、参考になった。
理性を持つ人間とは、どういう存在か? 理性があるからこそ、反対の狂気が存在するとカントは言う。狂気を常に内包しているのが人間であると。だからこそ、世の哲人たちは狂気に魅せられ、その解読を試みる。 狂気とは何か? 内に住む自分以外の誰かか? はたまた神の吹き込みか? 狂気こそが常人にはない創造を...続きを読む生み、歴史を動かしてきたのかもしれない。 狂気なくして人類の進化はなかったのかもしれない。
狂気を通して、西洋哲学のこれまでと今とこれからを描く。人間観を確立するにあたって、理性がある種、近代哲学のテーマだったのだから、裏返せば、狂気がそれよりも深い射程を持っているのは当然なのかもしれないが、この切り口は新鮮だった。 分裂病から自閉症へというパラダイムの移行は分かるが、ある病や障害に特権...続きを読む的な地位を与える傾向は、思弁的なレベルでのみ許されるだろう。
創造と狂気の関係がどのように考えられてきたのか、各年代の考察をまとめた本だと言えます。クリエイティブとは常軌を逸した行為の成果なのか、それともそうでないのか、考えたいときに読んでみると参考になると思います。
「創造力が病にもかかわらず現れたのか、それとも病のためにこそ現れたのか」ー ヤスパースはかつて創造と狂気の関係についての問いをこのように立てた。本書は、およそこの問いに対する哲学者たちの解釈と理解を通して、狂気の歴史を辿るものである。それは、いわゆる「病跡学」と呼ばれるものの成果でもある。「病跡学」...続きを読むとは初耳だが、本書の中でも紹介されているヤスパースによる次の定義の通りだ。 「病跡学とは、精神病理学者に興味のある精神生活の側面を述べ、かような人間の創造の原因に対してこの精神生活の諸現象諸過程がどんな意義をもつかを明らかにする目標を追求する生活記録である」 病跡学の対象は芸術家や哲学者であり、注意深くその作品や日記を追っていくことで、精神病理と創造的活動との間の関係をみることができるのである。例としては、クレッチェマーの『天才の心理学』などを挙げることができる。 「統合失調症」はその中でも特権的な位置を与えられてきたという。統合失調症がはっきりと確認できるのは十九世紀以降だという。本書ではデカルトやカントが取り上げられているが、著者によると「統合失調症が近代的主体とともに登場した、と推測できる」という。近代的自我を人間の条件であるとすると、「狂気になる可能性をもつことが、人間の条件である」といえる。 フーコーの『狂気の歴史』によると、狂気に対して寛容で社会の機能として組み込んでいたものが、十七世紀の中頃以降に次第に社会から排除され、不可視なものとされ、沈黙させられたとされる。近代的自我の成立と、狂気の歴史は密接に結びついているというのが、共通する理解でもある。そこから近代的自我に組み入れられないものが創造性として立ち上ってくるときに、それは統合失調症とともに発現する、というのが主張でもある。 さて、それはどういうものであったか。 著名な芸術家の統合失調症の事例としては、ヘルダーリンが有名である。本書でもヘルダーリンにまつわるフィヒテとのやりとりなどが創造と狂気の関係の新しい現れとして解釈される。また、時代を進めて、梅毒による進行性麻痺だったニーチェの創作活動に関しても、その病歴との関係を論じたヤスパースやランゲ=アイヒバウムが紹介される。 やがて狂気にまつわる言説は、「詩の否定神学」として論じたハイデガー、正しく『狂気の歴史』を世に問うたフーコー、そこからフランス思想の潮流に沿ってラカン、アルトー、デリダ、レーモン・ルーセル、ドゥルーズによる「狂気と創造」への比較的ポジティブな評価を述べる。 現在、統合失調症は早晩理性の崩壊に至る不治の病ではなく、脳生理学的な薬物療法が効果的で対応が可能な病気になりつつある。統合失調症がかつて持っていた悲劇的ではあるが、それゆえに一層一瞬の輝きをまとうという特権を剥がされつつある。かつて「狂気」は隠されつつ、不可侵なものとして扱われていたが、現在は近代医学の中で可視化され、医学的分析の対象となってしまっているのだ。統合失調症がその特権をはく奪されるとともに、鬱やASDなどの症状はその範囲を貪欲なまでに広げようとしている。そして、およそ同時にこれ以上言葉を紡ぐことに自制を求めるような自発的な圧力を感じるのである。 本書の意図は届いたのだろうか。この本の対象となる読者はどのような読者なのだろうか、と気になる。「狂気」に直接的に対面することなく、言葉だけで「狂気の歴史」を語り、それを相手に伝えることの不可能なまでの難しさを感じる。本という媒体での限界を感じつつ、『狂気の歴史』の方をいまいちど読んでみるべきなのかもしれないと思うのである(そして、おそらく当分はそうしないのだが)。
「創造と狂気には深い結びつきがあることを、先端で活躍する人たちは、誰もがよく理解している。」 確かにその通りだが単純な因果の話ではないので、通読するのも大変難しかったが、切り口がとても興味深かった。 本書の本筋とは違う部分かもしれないが、個人的には草間彌生氏と横尾忠則氏の違いが印象深い。
創造と狂気の関係性を歴史的な観点から説いていく。精神・哲学・病理・芸術を統合した傑作で、じっくり読みたい
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創造と狂気の歴史 プラトンからドゥルーズまで
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松本卓也
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