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Posted by ブクログ
道元の正法眼蔵を解説した入門書。かなり難解であり、一回で理解できるようなものではないものの、有名な現成公案の以下の一節を何度も読み返してみた。
“仏道をならふといふは、自己をならふ也
自己をならふとふは、自己をわするるなり。
自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。
万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。”
聞いたことはあったものの、いつもなんだかわからないなと思っていた。仏教の縁起、無自性、空の思想がわかると、そこまで難しいことを言っているわけではないとわかる。
仏教は己事究明と言われるように、自己や世界の正しい認識を重んじるもの、そのためには自分を忘れる必要がある。これはもちろん、自分の存在を忘れるのではなく、他者と自己は縁起(因縁生起)によって繋がっている、自他不二であることを認識することにある。だからこそ、自分と他者などという区分けは本来存在しない。
そう考えると、自分は他者によって悟らされているし、同時に自分は他者を悟らせる存在でもあることになる。
この考えに則るのであれば、自分探しや、常に利己的に生きることがバカバカしいことがわかる。もっと仏教や道元の思想を理解したいと思った。
Posted by ブクログ
道元の「思想」に焦点をあてて、わかりやすく解説した本です。
著者はまず、「一切衆生悉有仏性」に代表される、道元の言語戦略について考察をおこなっています。とりあげられるのは「青山常運歩」ということばで、これによって道元が日常的なことばとものの結びつきに対する疑いへと読者を突き放し、世界のありようそのものに対して目を向けるようにせまっていることが明らかにされます。
ついで、「修証一等」や「身心脱落」などにかんする考察がおこなわれており、世界のありようを道元がどのようにとらえていたのかが解明されています。自己や世界の諸存在は固定的な要素ではなく関係のなかで成り立っており、「空」を体得することでこうした世界の真相に眼を見開かれることになると論じられています。同時に、こうした「解脱」は「解脱」のままに終わることなく、世界のあるがままの「現成」へとつながっていくと著者はいい、「身心脱落」の体験はやがて「脱落身心」というしかたで世界と歩み出ていくことにつながっていきます。
さらに、こうした道元の思想が時間論として展開されている『正法眼蔵』の「有時」巻の解説がおこなわれます。そのままでは流れ去り断片化してしまうものを「排列」し、相互に関係づけることで、存在は「時」化されると道元は考えます。そのような「時」は、流れて消えてしまう「去来」の相の「時」ではなく、「而今」、すなわち現在のこの一瞬として考えられなければならないと著者はいいます。非連続的な「而今」において、意味をもった諸存在から成る「尽界」が現成するのであり、こうした「非連続の連続」が、道元の「有時」の考えだと著者は論じています。
文庫化に際して付加された「補論」では、『正法眼蔵』における「仏性」の概念について、文献学的な検討もまじえつつ、その意味を解明する試みがなされています。
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